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九十四

 山で知合になった人達が、四五人誘いあわせて出て来てから、父親は一層お島たちのために邪魔もの扱いにされた。

 連中のうちには、その頃呼吸器の疾患のため、遊覧 ( かたがた ) 博士連の診察を受けに来た浜屋の主人もあった。山の温泉宿や、精米所の主人もいた。精米所の主人は、月に一度くらいは 急度 ( きっと ) 蠣殻町 ( かきがらちょう ) の方へ出て来るのであったが、その時は上さんと子供をつれて来ていた。

 その通知の葉書を受取ったお島は、大きな菓子折などを小僧に持たせて、紋附の夏羽織を着込んで、 丸髷 ( まるまげ ) 姿で挨拶のために、ある晩方その宿屋を訪ねたが、込合っていたので、連中はこの部屋にかたまって、ちょうど晩酌の膳に向いながら、陽気に 高談 ( たかばなし ) をしていた。

「えらい仕揚げたそうだね。そのせいか女振もあがったじゃねえか。好い奥様になったということ」

 精米所の主人は、 浴衣 ( ゆかた ) がけで一座の真中に坐っていながら言った。

「御笑談でしょう」

 お島は ( うぶ ) らしく顔の赤くなるのを覚えた。

「お蔭でどうか ( こう ) かね。でもまだまだ成功というところへは参りません。何しろ資本のいる仕事ですからね。どうか少しお貸しなすって下さいまし。あなた方はみんな好い旦那方じゃありませんか」

 お島はそう言って、自分の来たために一層浮立ったような連中を笑わせた。

 夜景を見に出るという人達の先に立って、お島も混雑しているその宿を出たが、別れるときに家の方角を ( ) く教えておいて、広小路まで連中を送った。

「病気って、どこが悪いんです」

 お島はまさかの時には、多少の資本くらいは引出せそうに思えていた浜屋に、二人並んであるいている時 ( たず ) ねた。浜屋がその後、ちょくちょく手を出していた山林の売買がいくらか当って、融通が利くと云う ( うわさ ) などを、お島はその土地の仲間から聞伝えている兄に聞いて知っていた。

「どこが悪いというでもないが、肺がちっと弱いから用心しろと言われたから、 東京 ( こちら ) で二三専門の博士を 詮議 ( せんぎ ) したが、事によったら当分 逗留 ( とうりゅう ) して、遊び ( かたがた ) 注射でもしてみようかと思う」

「それじゃ奥さんのが移ったのでしょう。私は一緒にならないで ( ) かったね」

 お島は 可怕 ( こわ ) そうに言ったが、やっぱりこの男を肺病患者扱いにする気には 成得 ( なりえ ) なかった。

「あんたが肺病になれば、私が看病しますよ。肺病なんか 可怕 ( おっかな ) くて、どうするもんですか」

「今じゃそうも行かない。これでも山じゃ ( しの ) うとしたことさえあったっけがね」

「おお厭だ」お島は思出してもぞっとするような声を出した。「そんな古いことは ( いい ) っこなし。あなたは 余程 ( よっぽど ) 人が悪くなったよ」