二十五
お島が
数度
(
すど
)
の交渉の後、到頭また養家へ帰ることになって、青柳につれられて家を出たのは、或日の晩方であった。
お島はそれまでに、幾度となく父親や母親に
逆
(
さから
)
って、彼等を怒らせたり悲しませたり、絶望させたりした。滅多に手荒なことをしたことのなかった父親をして、
終
(
しまい
)
にお島の
頭髪
(
たぶさ
)
を
掴
(
つか
)
んで、彼女をそこに
捻伏
(
ねじふ
)
せて
打
(
ぶち
)
のめすような憤怒を激発せしめた。お島を懲しておかなければならぬような報告が、この数日のあいだに養家から交渉に来た二三の顔
利
(
き
)
きの口から、父親の耳へも入っていた。それらの人の話によると、安心して
世帯
(
しょたい
)
を譲りかねるような
挙動
(
ふるまい
)
がお島に少くなかった。金遣いの荒いことや、気前の好過ぎることなどもその一つであった。おとらと青柳との秘密を、養父に
言告
(
いいつ
)
けて、内輪揉めをさせるというのもその一つであったが、総てを
引括
(
ひっくる
)
めて、養家に辛抱しようと云う堅い決心がないと云うのが、養父等のお島に対する不満であるらしかった。
「だから言わんこっちゃない。
稚
(
ちいさ
)
い時分から私が黒い目でちゃんと
睨
(
にら
)
んでおいたんだ。此方から出なくたって、先じゃ
疾
(
とう
)
の昔に
愛相
(
あいそ
)
をつかしているのだよ」母親はまた
意地張
(
いじっぱり
)
なお島の
幼
(
ちいさ
)
い時分のことを言出して、まだ娘に愛着を持とうとしている未練げな父親を
詛
(
のろ
)
った。
「こんなやくざものに、五万十万と云う
身上
(
しんしょう
)
を渡すような
莫迦
(
ばか
)
が、どこの世界にあるものか」
太
(
ふ
)
てていて、飯にも出て来ようとしないお島を、妹や弟の前で口汚く
嘲
(
あざけ
)
るのが、この場合母親に取って、自分に隠して長いあいだお島を
庇護
(
かばい
)
だてして来た父親に対する何よりの気持いい
復讎
(
ふくしゅう
)
であるらしく見えた。
お島も負けていなかった。母親が、角張った
度強
(
どづよ
)
い顔に、青い筋を立てて、わなわな
顫
(
ふる
)
えるまでに、毒々しい言葉を浴せかけて、幼いおりの自分に対する無慈悲を数えたてた。目からぽろぽろ涙が流れて、抑えきれない悲しみが、
遣瀬
(
やるせ
)
なく
涌
(
わき
)
立って来た。
「
手前
(
てめえ
)
」とか、「くたばってしまえ」とか、「親不孝」とか、「鬼婆」とか、「子殺し」とか云うような有りたけの暴言が、
激
(
げき
)
しきった二人の無思慮な口から、
連
(
しきり
)
に
迸
(
ほとばし
)
り出た。
そんな争いの後に、お島は言葉巧な青柳につれられて、また
悄々
(
すごすご
)
と家を出て行ったのであった。