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百一

 小野田はそこへ脱ぎっぱなしにしたお島の汗ばんだ 襦袢 ( じゅばん ) や帯が目に入ったり、不断著を取出すために 引掻 ( ひっかき ) まわした押入のどさくさした様子などを見ると、とても世帯は持てない女だといって、自分のために離縁を勧めた父親の ( ことば ) が思い出された。

技倆 ( はたらき ) があるか何だか知らんが、まあ大変なもんだ。とても女とは思えんの」

 そうも言って、荒いお島の調子に驚いていた父親の善良そうな顔も思出された。

「朝から出て、あれは一日どこを何をして歩いてるだい」

 父親はそうも言って、不思議がったが、お島自身に言わせると、朝は誰かが台所働きをしてくれて、気持よく家を出なければ、とても調子よく外で働くことはできないというのであった。帰って来た時にも、自分を迎えてくれる ( みんな ) の好い顔をでも見なければ埋らないと言うのであった。それで小野田は順吉と一緒に、どうかすると七輪に火をおこしたり、 漬物桶 ( つけものおけ ) へ手を入れたりすることを ( ) っているのであったが、お島が一人で面白がってやっている 顧客 ( とくい ) まわりも、集金の段になってくると、やっぱり小野田自身が出て行くより外ないようなことが多かった。

 夕方にお島は機嫌を直して、硝子屋の方へ出て行った。

「この店さえ出来あがれば、少し資本を ( こしら ) えて、夏の末には己が新趣向の広告をまいて、 ( あら ) ゆる中学の制服を取ろうと思っている」

 小野田はそう言って、この頃から考えていた自分の平易で実行し ( やす ) いような 企劃 ( もくろみ ) をお島に話した。

「それには 女唐服 ( めとうふく ) を着て、お前が諸学校へ入込んで行かなければならぬのだがね」

「駄目です駄目です。制服なんかやったって、どれだけ儲かるもんですか」

 そんな 際物 ( きわもの ) 仕事が、自分の顔にでもかかるか何かのように考えているお島は、そう言って反抗したが、好い客を 惹着 ( ひきつ ) けるような立派な場所と店と資本とをもたない自分達に取っては、そうでもして数でこなすより外ないことを小野田は主張した。

 学生相手の ( たしか ) なことはお島も知っていた。洋服姿で、若い学生だちの集りのなかへ入って行く自分の姿を想像するだけでも、彼女は不思議な興味を ( そそ ) られた。

「そうすると、お前の顔は直きに学生仲間に広まってしまうよ」

 小野田はその妻や娘を売物にすることを ( ) く知っている、思附のある興行師か何ぞのような自分の 計劃 ( けいかく ) で、成功と虚栄に ( かわ ) いている彼女を 使嗾 ( しそう ) する術を得たかのように、自信のある目を輝かしていた。

「ふむ」お島は自分がいつからかぼんやり望んでいたことを、小野田が探りあててくれたような興味を感じた。男が頼もしい 悧巧 ( りこう ) もののように思えて来た。

「それは ( たしか ) にあたるね」お島はそういって賛成した。