七十七
そんなような仕事が、少しばかり続くあいだ、例の金で
身装
(
みなり
)
のできたお島は、暮のせわしいなかを、昼間は
顧客
(
とくい
)
まわりをして、夜になると
能
(
よ
)
く小野田と一緒に浮々した気分で、年の市などに景気づいた町を出歩いたり、友達のようになった顧客先の細君連と、芝居へ入ったり浅草辺をぶらついたりして調子づいていたが、それもまたぱったり火の消えたように
閑
(
ひま
)
になって、
肆
(
ほしいま
)
まに浪費した金の
行方
(
ゆくえ
)
も目にみえずに、物足りないような寂しい日が毎日々々続いた。
定
(
きま
)
りだけの仕事をすると、職人は夫婦の外を出歩いているあいだ、この頃ふとした事から思いついた
翫具
(
おもちゃ
)
の工夫に
頭脳
(
あたま
)
を浸して、飯を食うのも忘れているような事が多かった。
仕事の断え間になると、彼は昼間でも一心になってそれに耽っていた。時とすると
夜
(
よる
)
夫婦が寝しずまってからも、彼はこつこつ何かやっていた。
「この人は何をしているの」
隅
(
すみ
)
の方へ入って、ボール紙を切刻んだり、穴を明けたり、絵具をさしたりして、夢中になっている彼の傍へ来て、お島は
可笑
(
おかし
)
そうに
訊
(
たず
)
ねた。
「こう云う
悪戯
(
いたずら
)
をしているんです」
彼は
細
(
こまか
)
く切ったその紙片を、
賽
(
さい
)
の
目
(
め
)
なりに筋をひいて紙のうえに
駢
(
なら
)
べていながら、
振顧
(
ふりむ
)
きもしないで応えた。
「何だねその切符のようなものは......」
「これですか」木村はやっぱりその方に気を
褫
(
と
)
られていた。
「これは軍艦ですよ」
「軍艦をどうするの」
「これでもって海軍将棋を
拵
(
こさ
)
えようというんです」
「海軍将棋だって? へえ。そしてそれを
何
(
なん
)
にするの」
「高尚な翫具を
拵
(
こさ
)
えて、一儲けしようってんですがね......この
小
(
ちいさ
)
いのが
水雷艇
(
すいらいてい
)
です」
「へえ、妙なことを考えたんだね。戦争あて込みなんだね」
「まあそうですね。これが当ると、お上さんにもうんと
資本
(
もと
)
を貸しますよ。どうせ
私
(
あっし
)
は金の
要
(
い
)
らない男ですからね」
「はは」と、お島は笑いだした。
「
可
(
よ
)
かったね」
「こればかりじゃないんです」職人はこの頃夜もろくろく眠らずに凝り考えた、色々の考案が
頭脳
(
あたま
)
のなかに渦のように描かれていた。新しい仕事の興味が、彼の小さい心臓をわくわくさせていた。
「
私
(
あっし
)
ゃ子供の時分から、こんな事が好きだったんですから、この外にまだ
幾箇
(
いくつ
)
も考えてるんですが、その中には一つ二つ成功するのが
急度
(
きっと
)
ありますよ」
「じゃ木村さんは発明家になろうというんだわね。発明家ってどんな
豪
(
えら
)
い人かと思っていたら、木村さんのような人でもやれるような事なら、
有難
(
ありがた
)
くもないね」
「笑談言っちゃ
可
(
い
)
けませんよ」
「まあ発明もいいけれど、仕事の方もやって下さいね、どしどし仕事を出しますからね」