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十一

 おとらと青柳との間に成立っていたお島と青柳の弟との縁談が、養父の不同意によって、立消えになった頃には、おとらも段々青柳から遠ざかっていた。一つはお島などの口から、自分と青柳との関係が、うすうす良人の耳に入ったことが、その様子で感づかれたのに厭気がさしたからであったが、一つは青柳夫婦がぐるになって、慾一方でかかっていることが余りに見えすいて来たからであった。

 お島が十七の暮から春へかけて、作の相続問題が、また養父母のあいだに持あがって来た。お島はそのことで、養父母の機嫌をそこねてから、一度生みの親達の傍へ帰っていた。お島はその頃、誰が自分の婿であるかを 明白 ( はっきり ) 知らずにいた。そして婚礼支度の自分の 衣裳 ( いしょう ) などを縫いながら、時々青柳の弟のことなどを、ぼんやり考えていた。東京の学校で、機械の方をやっていたその弟と、お島はついこれまで口を ( ) いたこともなかったし、自分をどう思っているかをも知らなかったが、深川の方に勤め口が見つかってから、毎朝はやく、 詰襟 ( つめえり ) の洋服を着て、鳥打をかぶって出て行く姿をちょいちょい見かけた。途中で逢うおりなどには、双方でお辞儀ぐらいはしたが、お島自身は彼について深く考えて見たこともなかった。そして青柳とおとらとの間に、その話の出るとき 毎時 ( いつも ) 避けるようにしていた。

 ある時そんな事については、から薄ぼんやりなお花の手を通して、 綺麗 ( きれい ) な横封に入った手紙を受取ったが、洋紙にペンで書いた ( こまか ) い文字が、何を書いてあるのかお花にはよくも解らなかったが、双方の家庭に対する不満らしいことの意味が、お島にもぼんやり 頭脳 ( あたま ) に入った。お島のそんな家庭に縛られている不幸に同情しているような心持も、 ( かすか ) に受取れたが、お島は何だか 厭味 ( いやみ ) なような、 ( くすぐ ) ったいような気がして、後で ( もみ ) くしゃにして ( すて ) てしまった。その事を、多少は誇りたい心で、おとらに話すと、おとらも笑っていた。

「あれも妙な男さ。養子なんかに行くのは厭だといって置きながら、そんな物をくれるなんて、厭だね」

 お島は養父母が、すっかり作に取決めていることを感づいてから、仕事も手につかないほど不快を感じて来た。おとらは不機嫌なお島の顔を見ると、お島が七つのとき初めて、人につれられて貰われて来た時の ( みじめ ) なさまを掘返して聞せた。

「あの時お前のお ( とっ ) さんは、お前の 遣場 ( やりば ) に困って、 阿母 ( おっか ) さんへの ( つら ) あてに川へでも棄ててしまおうかと思ったくらいだったと云う話だよ。あの阿母さんの手にかかっていたら、お前は産れもつかぬ 不具 ( かたわ ) になっていたかも知れないよ」おとらはそう言って、生みの親の無情なことを語り聞かせた。