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二十七

 お島が不断から目をかけてやっている銀さんと云う年取った車夫が、誰の 指図 ( さしず ) とも知れず、 ( くるま ) を持って迎いに来たのは、お島たちが ( やっ ) と床に就こうとしている頃であった。

「何だ今時分......」玄関わきの部屋に寝ていたお島は、その声を聞つけると、 寝衣 ( ねまき ) に着替えたまま、門の ( くぐ ) りを開けに出たが、盆暮にお島が子供に着物や下駄を買ってくれたり、 ( もち ) をついてやったりしていた銀さんは、どうでも今夜中に帰ってくれないと、家の首尾がわるいと言って、門の外に立ったまま動かなかった。

「きっと青柳と御母さんと相談ずくで、寄越したんだよ」お島は一応その事を父親に告げながら笑った。

 父親は、お島から養家の色々の事情を聞いて、七分通り ( あきら ) めているようであったが、 矢張 ( やっぱり ) このまま引取って ( しま ) う気にはなっていなかった。作太郎と表向き夫婦にさえなってくれれば、少しくらいの 気儘 ( きまま ) や道楽はしても、大目に見ていようと云ったと云う養母の弱味なども、父親には初耳であった。

「芸人を買おうと 情人 ( おとこ ) ( こしら ) えようとお前の腕ですることなら、 ( ちっ ) とも 介意 ( かま ) やしないなんて、そこは自分にも覚えがあるもんだから、お察しがいいと見えて、よくそう言いましたよ。どうして、あの御母さんは、若い時分はもっと悪いことをしたでしょうよ」お島は頑固な父親をおひゃらかすように、そうも言った。

 そんな 連中 ( れんじゅう ) のなかにお島をおくことの危険なことが、今夜の事実と 照合 ( てりあわ ) せて、一層 明白 ( はっきり ) して来るように思えた父親は、 ( いよいよ ) お島を引取ることに、決心したのであったが、迎いが来たことが知れると、矢張心が動かずにはいなかった。

「作さんを嫌って、お島さんが逃げたって云うんで、近所じゃ大評判さ」とにかく今夜は帰ることにして、銀さんは、 ( ようよ ) うお島を俥に載せると、 梶棒 ( かじぼう ) につかまりながら話しはじめた。

「だが今あすこを出ちゃ損だよ。あの身 ( だい ) を人に取られちゃつまらないよ」

「作の馬鹿はどんな顔している」お島は車のうえから笑った。

 家へ入っても、いつものように父親の前へ出て 謝罪 ( あやま ) ったり、お 叩頭 ( じぎ ) をしたりする気になれなかったお島は、自分の部屋へ入ると、急いで寝支度に取かかった。

「帰ったら帰ったと、なぜ ( おれ ) んとこへ来て挨拶をしねえんだ」養母にささえられながら、 疳癪声 ( かんしゃくごえ ) を立てている養父の声が、お島の方へ手に取るように聞えた。

「お前がまたわるいよ」おとらは、 寝衣 ( ねまき ) のまま呼つけられて 枕頭 ( まくらもと ) に坐っているお島を ( たしな ) めた。

「それに自分の着物を畳みもせずに、 ( ぬぎ ) っぱなしで寝て了うなんて、それだから御父さんも、この 身上 ( しんしょう ) は譲られないと言うんじゃないか」

 剛情なお島は、到頭 麺棒 ( めんぼう ) ( なぐ ) られたり 足蹴 ( あしげ ) にされたりするまでに、養父の怒を募らせてしまった。