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十五

 或日の午後におとらが迎いに来たとき、父親も丁度家に居合せて、ここから二三町先にある 持地 ( もちじ ) で、三四人の若い者を 指図 ( さしず ) して、可也大きな赤松を 一株 ( ひともと ) 、或得意先へ持運ぶべく 根拵 ( ねごしら ) えをしていた。

 お島はおとらを客座敷の方へ案内すると、 ( じき ) に席をはずして了ったが、実母の 吩咐 ( いいつけ ) で父親を呼びに行った。お島はこうして 邪慳 ( じゃけん ) な実母の傍へ来ていると、小さい時分から自分を 可愛 ( かわい ) がって育ててくれた養母の方に、多くの 可懐 ( なつか ) しみのあることが 分明 ( はっきり ) 感ぜられて来た。養家や長い 馴染 ( なじみ ) のその周囲も恋しかった。

「島ちゃん、お前さんそう幾日も幾日もこちらの御厄介になっていても済まないじゃないか。今日は私がつれに来ましたよ」おとらにいきなりそう言って上り込んで来られた時、お島は反抗する張合がぬけたような気がして、何だか涙ぐましくなって来た。

「手前の ( しつけ ) がわりいから、あんな 我儘 ( わがまま ) を言うんだ。この先もあることだから 放抛 ( うっちゃ ) っておけと、宅ではそう言って怒っているんですけれど、私もかかり ( ) にしようと思えばこそ、今日まで面倒を見てきたあの子ですからね」

 おとらのそう言っている 挨拶 ( あいさつ ) を茶の間で茶をいれながら、お島は聞いていたが、お島のことと云うと、誰に向ってもひり出すように言いたい実母も、ただ簡単な 応答 ( うけごたえ ) をしているだけであった。

 こんな出入に口無調法な父親は、さも困ったような顔をしていたが、 ( やが ) て井戸の方へまわって手顔を洗うと、内へ入って来た。お島は母親のいないところで、ついこの一両日前にも、父親が事によったら、母親に秘密で自分に ( ) けてもいいと言った地面の坪数や価格などについて、父親に色々聞されたこともあった。その坪は一千 ( たらず ) で、安く見積っても木ぐるみ一万円が一円でも切れると云うことはなかろうと云うのであった。お島は心強いような気がしたが、母親の目の黒いうちは、滅多にその 分前 ( わけまえ ) に有附けそうにも思えなかった。

「家の地面は、全部でどのくらいあるの」お島は 爾時 ( そのとき ) も父親に訊いてみた。

「そうさな」と、父親は笑っていたが、それが 大見 ( おおけん ) 一万近いものであることは、お島にも考えられた。中には野菜畠や田地も含まれていた。子供が多いのと、この二三年兄の浪費が多かったのとで、借金の ( かた ) へ入っている場所も少くなかった。去年の秋から、家を離れて、田舎へ ( かせ ) ぎにいっている兄の傍には、暫く 係合 ( かかりあ ) っていた 商売人 ( くろうと ) あがりの女が未だに 附絡 ( つきまと ) っていたり、 ( あによめ ) が三つになる子供と一緒に、東京にあるその実家へ引取られていたりした。父親の助けになる 男片 ( おとこきれ ) と云っては、十六になるお島の弟が一人家にいるきりであった。

 家が段々ばたばたになりかかっていると云うことが、そうして五日も六日も見ているお島の心に感ぜられて来た。母親のやきもきしている様子も、見えすいていた。