六十七
ミシンや
裁台
(
たちだい
)
などの据えつけに、それでも
尚
(
なお
)
足りない分を、お島の顔で
漸
(
やっ
)
と工面ができたところで、二人の
渡
(
わた
)
り
職人
(
しょくにん
)
と小僧とを傭い入れると、直に小野田が
被服廠
(
ひふくしょう
)
の下請からもらって来た仕事に働きはじめた。
「
大晦日
(
おおみそか
)
にはどんな事があってもお返しするんですがね。仕事は山ほどあって、面白いほど
儲
(
もう
)
かるんですから」
お島はそう言ってそのミシンや
裁板
(
たちいた
)
を買入れるために、小野田の差金で伯母の関係から知合いになった或る
衣裳持
(
いしょうもち
)
の女から、品物で借りて
漸
(
やっ
)
と
調
(
ととの
)
えることのできた
際
(
きわ
)
どい金を、彼女は途中で目についた柱時計や、
掛額
(
かけがく
)
などがほしくなると、ふと手を着けたりした。
「みんな店のためです。商売の
資本
(
もと
)
になるんです」
お島は小野田に文句を言われると、
悧巧
(
りこう
)
ぶって
応
(
こた
)
えた。
まだ自分の店に坐った経験のない小野田の目にも、そうして出来あがった店のさまが物珍しく眺められた。
「うんと働いておくれ。今にお金ができると、お前さんたちだって、私が
放抛
(
うっちゃ
)
っておきやしないよ」
お島はそう言って、のろのろしている職人に声をかけたが、夜おそくまで廻っているミシンの響や、アイロンの音が、自分の腕一つで動いていると思うと、お島は限りない歓喜と
矜
(
ほこり
)
とを感じずにはいられなかった。
劇
(
はげ
)
しい仕事のなかに、朝から薄ら眠いような顔をしている
乱次
(
だらし
)
のない小野田の姿が、時々お島の目についた。
「ちッ、厭になっちまうね」
お島は針の手を休めて、裁板の前にうとうとと
居睡
(
いねむり
)
をはじめている、彼の顔を眺めて
呟
(
つぶや
)
いた。
「どうしてでしょう。こんな病気があるんだろうか」
職人がくすくす笑出した。
「そんなこって善く年季が勤まったと思うね」
「
莫迦
(
ばか
)
いえ」小野田は
性
(
しょう
)
がついて来ると、また手を働かしはじめた。
色々なものの支払いのたまっている、大晦日が
直
(
じき
)
に来た。品物でかりた知合の借金に
店賃
(
たなちん
)
、ミシンの月賦や質の利子もあった。払いのこしてあった大工の賃銀のことも考えなければならなかった。
「こんなことじゃとても
追着
(
おっつ
)
きこはありゃしない」お島は暮に受取るべき賃銀を、胸算用で見積ってみたとき、そう言って火鉢の前に腕をくんで考えこんだ。
「もっともっと稼がなくちゃ」お島はそう言って気をあせった。