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「介抱しよう、お下ろしな、と言わっしゃる。

 その位な荒療治で、寝汗一つ取れる奴か。 打棄 うっちゃ っておかっせえ。面倒臭い、と 顱巻 はちまき しめた頭を って云うたれば、どこまで く、と聞かしっけえ。

 途中さまざまの ひま ざえで、 じじい どのもむかっぱらじゃ、秋谷鎮座の明神様、 俺等 わしら 産神 うぶすな へ届け物だ、とずッきり 饒舌 しゃべ ると、

(受取りましょう、ここで いから。)

(お前様は?)

(ああ、明神様の 侍女 こしもと よ。)と言わっしゃった。

 月に浪が かか りますように、さらさらと、風が吹きますと、揺れながらこの 葦簀 よしず の蔭が、格子 じま のように御袖へ映って、雪の はだ まで透通って、 四辺 あたり には影もない。中空を見ますれば、 白鷺 しらさぎ の飛ぶような雲が見えて、ざっと一浪打ちました。

 爺どのは 悚然 ぞっ として、はい、はい、と 柔順 すなお になって、縄を解くと、ずりこけての、嘉吉のあの図体が、どたりと荷車から。 貴女 あなた もた げた手を下へ、地の上へ着けるように、嘉吉の頭を下ろさっせえた。

 足をばたばたの、手によいよい、 やぼね はずしそうに もが きますわの。

(ああ、お前はもう いから。)邪魔もののようにおっしゃったで、爺どのは心外じゃ……

 何の、心外がらずともの、いけずな 親仁 おやじ でござりますがの、ほほ、ほほ。」

「いや、いや、私が聞いただけでも、何か、こうわざと 邪慳 じゃけん に取扱ったようで、 対手 あいて がその 酔漢 よいどれ いたわ るというだけに、黙ってはおられません。何だか 寝覚 ねざめ が悪いようだね。」

「ええ、 串戯 じょうだん にも、 氏神様 うじがみさま 知己 ちかづき じゃと言わっしゃりましたけに、嘉吉を荷車に縛りましたのは、明神様の 同一 おなじ 孫児 まごこ を、 継子 ままこ 扱いにしましたようで、 貴女 あなた へも聞えが悪うござりますので。

 綿の 上積 うわずみ 一件から荷に やっこ を縛ったは、 じい どのが自分したことではない事を、言訳がましく 饒舌 しゃべ りますと、(可いから、お前はあっちへ、)と、こうじゃとの。

かあねえだ。もの、 理合 りあい を言わねえ事にゃ、ハイ気が済みましねえ。お前様も明神様お 知己 ちかづき なら聞かっしゃい。 老耆 おいぼれ てん ぼう じじい に、若いものの 酔漢 よいどれ 介抱 やっかい あに 、出来べい。神様も分らねえ、こんな、くだま野郎を労ってやらっしゃる御慈悲い深い 思召 おぼしめし で、何でこれ、 私等 わしら 婆様の中に、 小児 こども 一人授けちゃくれさっしゃらぬ。それも可い、無い子だねなら 断念 あきら めべいが、 提灯 ちょうちん 火傷 やけど をするのを、何で、黙って見てござった。 わし てん ぼうでせえなくば、おなじ車に ゆわ えるちゅうて、こう、けんどんに、 さかしま にゃ縛らねえだ。初対面のお前様見さっしゃる目に、えら わし が非道なようで、寝覚が悪い、)と 顱巻 はちまき 掉立 ふりた てますと、のう。

(早く、お帰り、)と、継穂がないわの。

(いんにゃ、理を言わねえじゃ、)とまだ早や一概に ねようとしましたら……

(おいでよ、)と、お前様ね。

  団扇 うちわ で顔を隠さしったなり。 背後 うしろ へ雪のような手を のば して、荷車ごと じい どのを、 推遣 おしや るようにさっせえた。お手の指が白々と、こう やぼね の上で、糸車に、はい、綿屑がかかったげに、月の光で動いたらばの、ぐるぐるぐると輪が廻って、 じじい どのの せなか へ、荷車が、 乗被 のっかぶ さるではござりませぬか。」

「おおおお、」

 と、法師は目を

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[22]
みは って 固唾 かたず を呑む。

吃驚 びっくり 亀の子、空へ何と、爺どのは手を泳がせて、自分の いた荷車に、がらがら 背後 うしろ から押出されて、わい、というたぎり、 一呼吸 ひといき に村の 取着 とッつ き、あれから、この街道が なべ づる なり に曲ります、明神様、森の石段まで、ひとりでに駆出しましたげな。

 もっとも見さっしゃります通り、道はなぞえに、 むこう へ低くはなりますが、下り坂と云う程ではなし、その はや いこと。一なだれに すべ ったようで、やっと石段の下で、うむ、とこたえて踏留まりますと、はずみのついた車めは、がたがたと石ころの上を空廻りして、躍ったげにござります。

 見上げる空の森は暗し、爺どのは、身震いをしたと申しますがの。」