草迷宮 泉鏡花 (Kusameikyu) | ||
十二
細道じゃ。
秋谷 邸 ( やしき ) の細道じゃ、
細道じゃ。
少し通して下さんせ、
下さんせ。
誰方 ( どなた ) が見えても通しません、
通しません。)
「あの、こう唄うのではござりませんか。
当節は、もう学校で、かあかあ 鴉 ( からす ) が鳴く事の、池の 鯉 ( こい ) が 麩 ( ふ ) を食う事の、と間違いのないお前様、ちゃんと理の詰んだ歌を教えさっしゃるに、それを皆が唄わいで、今申した――
秋谷邸の細道じゃ。)
とあわれな、寂しい、細い声で、口々に、 小児 ( こども ) 同士、顔さえ見れば唄い連れるでござりますが、近頃は久しい間、打絶えて聞いたこともござりませぬ――この唄を爺どのがその晩聞かしった、という話 以来 ( このかた ) 、――誰云うとなく 流行 ( はや ) りますので。
それも、のう元唄は、
少し通して下さんせ、
御用のない人通しません、)
確か、こうでござりましょう。それを、
誰方が見えても通しません、
通しません。)
とひとりでに唄います、の。まだそればかりではござりません。 小児 ( こども ) たちが日の暮方、そこらを遊びますのに、 厭 ( いや ) な真似を、まあ、どうでござりましょう。
てんでんが
芋※ ( ずいき ) の葉を 捩 ( も ) ぎりまして、目の玉二つ、口一つ、穴を三つ開けたのを、ぬっぺりと、こう顔へ 被 ( かぶ ) ったものでござります。 大 ( おおき ) いのから小さいのから、その 蒼白 ( あおじろ ) い筋のある、細ら長い、狐とも狸とも、 姑獲鳥 ( うぶめ ) 、とも異体の知れぬ、中にも虫喰のござります葉の 汚点 ( しみ ) は、 癩 ( かったい ) か、 痘痕 ( あばた ) の幽霊。 面 ( つら ) を並べて、ひょろひょろと 蔭日向 ( かげひなた ) 、 藪 ( やぶ ) の前だの、 谷戸口 ( やとぐち ) だの、山の根なんぞを練りながら今の唄を唄いますのが、三人と、五人ずつ、一組や二組ではござりませんで。悪戯 ( いたずら ) が 蒿 ( こう ) じて、この節では、 唐黍 ( とうもろこし ) の毛の 尻尾 ( しっぽ ) を下げたり、あけびを口に 啣 ( くわ ) えたり、 茄子提灯 ( なすびぢょうちん ) で 闇路 ( やみじ ) を 辿 ( たど ) って、日が暮れるまでうろつきますわの。
気になるのは小石を合せて、手ん手に四ツ竹を鳴らすように、カイカイカチカチと拍子を取って、唄が段々身に染みますに、 皆 ( みんな ) が 家 ( うち ) へ 散際 ( ちりぎわ ) には、一人がカチカチ石を鳴らして、
(今打つ鐘は、)
と申しますと、
(四ツの鐘じゃ、)
と一人がカチカチ、五ツ、六ツ、九ツ、八ツと数えまして……
(今打つ鐘は、
七ツの鐘じゃ。)
と云うのを合図に、
(そりゃ魔が 魅 ( さ ) すぞ!)
と 哄 ( どっ ) と 囃 ( はや ) して、消えるように、残らず居なくなるのでござりますが。
何とも 厭 ( いや ) な心持で、うそ寂しい、ちょうど盆のお 精霊様 ( しょうりょうさま ) が絶えずそこらを 歩行 ( ある ) かっしゃりますようで、気の 滅入 ( めい ) りますことと云うては、穴倉へ引入れられそうでござります。
活溌な唱歌を唄え。あれは何だ、と学校でも先生様が叱らしゃりますそうなが、それで 留 ( や ) めますほどならばの、学校へ 行 ( ゆ ) く生徒に、 蜻蛉 ( とんぼう ) 釣るものも 居 ( お ) りませねば、木登りをする小僧もない 筈 ( はず ) ――一向に留みませぬよ。
内は内で親たちが、厳しく 叱言 ( こごと ) も申します。気の強いのは、おのれ、 凸助 ( でこすけ ) ……いや、鼻ぴっしゃり、
芋※ ( ずいき ) の葉の 凹吉 ( ぼこきち ) め、細道で 引捉 ( ひッつか ) まえて、 張撲 ( はりなぐ ) って 懲 ( こら ) そう、と通りものを待構えて、こう透かして見ますがの、背の高いのから順よく並んで、 同一 ( おなじ ) ようなの葉を 被 ( かぶ ) っているけに、 衣 ( き ) ものの 縞柄 ( しまがら ) も気のせいか、 逢魔 ( おうま ) が時に 茫 ( ぼう ) として、庄屋様の白壁に映して見ても、どれが孫やら、 忰 ( せがれ ) やら、 小女童 ( こめろ ) やら分りませぬ。おなじように、 憑物 ( つきもの ) がして、魔に使われているようで、手もつけられず、親たちがうろうろしますの。村方一同寄ると 障 ( さわ ) ると、立膝に腕組するやら、 平胡坐 ( ひらあぐら ) で 頬杖 ( ほおづえ ) つくやら、変じゃ、 希有 ( けう ) じゃ、何でもただ事であるまい、と薄気味を悪がります。
中でも、ほッと 溜息 ( ためいき ) ついて、気に掛けさっしゃったのが、鶴谷喜十郎様。」
と丁寧に、また 名告 ( なの ) って、 姥 ( うば ) は 四辺 ( あたり ) を見たのである。
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