University of Virginia Library

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二十七

「青葉の影の す処、白瀬戸の小鉢も結構な青磁の菓子器に ったようで、志の美しさ。

  はし を取ると、その かさな った 茄子 なす が、あの、薄皮の腹のあたりで、グッ、グッ。

 一ツ音を出すと、また一つグッ、もう一つのもググ、ググと声を立てるんですものね。

 変な顔をして、宰八が、

(お客様、聞えるかね。)

(ああ鳴くとも。)

(ちんじちょうようだ、 此奴 こいつ 、)

 と 爺様 じいさん 鉈豆 なたまめ のような指の さき で、ちょいと押すと、その されたのがグググ、手をかえるとまた ほか のがググ。

 心あって鳴くようで、何だか上になった、あの へた の取手まで、小さな つの らしく 押立 おった ったんです。

 また飛出さない内に、と思って、私は一ツ かじ ったですよ。」

召食 めしあが ったか。」

 と、僧は 怪訝顔 けげんがお で、

「それは、お えら い。」

「何聞く方の耳が鳴るんでしょうから、何事もありません、 茄子 なすび の鳴くわけは無いのですから。

 それでも爺さんは 苦切 にがりき って、 わか い時にゃ、随分 悪物食 あくものぐい をしたものだで、葬い料で酒ェ買って、犬の 死骸 しがい なら今でも食うが、 茄子 なす の鳴くのは厭だ、と言います。

 もっとも変なことは変ですが、同じ気味の悪い中でも、 対手 あいて が茄子だけに、こりゃおかしくって かったですよ。」

茄子 なすび ならば、でございますが、ものは 茄子 なす でも、 対手 あいて は別にございましょう。」

 明は 俯向 うつむ いて 莞爾 にっこり した、別に意味のない わらい だった。

「で、そりゃ昼間の事でございますな。」

「昨日の 午後 ひるすぎ でした。」

「昼間からは容易でない。」

 と半ば つぶや くがごとくに云って、

「では、昨夜あたりはさぞ……」

 と聞く方が眉を ひそ める。

「ええ、 ひど うございました、どうせ、夜が寝られはしないんですから、」

「それでお やつ れなさるのじゃ、 貴下 あなた 、お顔の色がとんだ悪い!……

 茶店の婆さんが申したも、その事でございます。

  唯今 ただいま お話を伺いました。そんなこんなで村の者も かなくなり、爺様も夜は恐がって参りませんから、貴下の 御容子 ごようす が分らないに因って、家つきの仏を 回向 えこう かたがた、お見舞申してはくれまいか、と云うに就いて、推参したのでございますが、いや、何とも驚きました。

 いずれ御厄介に相成らねばなりませんが、 わたくし もどうか唯今のその茄子の鳴くぐらいな処で、御容赦が願いたい。

 どこと云って 三界 さんがい 宿なし、一泊御報謝に預る気で参ったわけで。なかなか家つきの幽霊、 たたり 物怪 もののけ を済度しようなどという道徳思いも寄らず。実は入道 さえ持ちません。手前勝手、申訳のないお詫びに剃ったような坊主。念仏さえ ろく に真心からは唱えられんでございまして、 御祈祷 ごきとう そう などと思われましては、第一、貴下の前へもお恥かしゅうございますが、いかがでございましょう。お宿を願いましても差支えはないでございましょうか。いくらか覚悟はして参りましたが、 のあたりお話を伺いましては、ちと二の足でございますが。」

「一人でも客がありますと、それだけ鶴谷では喜びますそうです。持主の本宅が喜びますものを、誰に御遠慮が りますものですか。私もお つれ があって、どんなに嬉しいか知れません。」

「そりゃ、鶴谷殿はじめ、貴下の思召しはさように 難有 ありがと うございましても、別にその……ええ、まず、持主が鶴谷としますと、この空屋敷の御支配でございますな、――その何とも異様な、あの、その、」

「それは私も御同然です。人の住むのが気に入らないので荒れるのだろうと思いますが。

 そこなんです、 貴僧 あなた さから いさえしませんければ、畳も 行燈 あんどう も何事もないのですもの。戸障子に不意に火が附いてそこいらめらめら燃えあがる事がありましても、慌てて消す処は破れ、水を掛けた処は濡れますが、それなりの処は、後で見ますと濡れた様子もないのですから。

 座敷だっていくらもあります、貴僧、」

 とふと心づいたように、

「御一所でお うるさ ければ、隣のお座敷へいらっしゃい。何か正体を見届けようなぞと云っては 不可 いけ ませんが、鶴谷が許したお客僧が、何も御遠慮には及びません。

 ただすらりと開かないで、何かが おさ えてでもいるようでしたら、お見合せなさいまし。 さから うと悪いんですから。」