University of Virginia Library

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「……おう、宰八か。お じい 、在所へ帰るだら、これさ 一個 ひとつ 産神様 うぶすなさま へ届けてくんな。ちょうどはい、その荷車は さいわい だ、と言わっしゃる。

 見ると、お前様、嘉吉めが、今申したその てい でござりましょ。

  おんな じ産神様 氏子 うじこ 夥間 なかま じゃ。承知なれど、 わし はこれ、手がこの通り、思うように荷が着けられぬ。 御身 おみ たちあんばいよう直さっしゃい、荷の上へ せべい、と じじい どのが云いますとの。

  あに い、そのまま上へ積まっしゃい、と早や二人して、嘉吉めが 天窓 あたま と足を、引立てるではござりませぬか。

 爺どのが、待たっしゃい、鶴谷様のお使いで、綿を いか いこと買うて来たが、醤油樽や石油缶の下積になっては悪かんべいと、上荷に積んであるもんだ。喜十郎旦那が とこ で、ふっくりと入れさっしゃる綿の初穂へ、その酒浸しの 怪物 ばけもの さ、 おっ ころばしては相成んねえ、 柔々 やわやわ 積方も直さっしゃい、と利かぬ手の こぶし を握って、 一力味 ひとりきみ 力みましけ。

 七面倒な、こうすべい、と荒稼ぎの 気短徒 きみじかてあい じゃ。お前様、 うわ かがりの縄の先を、嘉吉が 胴中 どうなか ゆわ へ附けて、車の輪に障らぬまでに、横づけに縛りました。

 賃銭の外じゃ、落しても大事ない。さらば急いで帰らっしゃれ。しゃんしゃんと手を たた いて、 賭博 ばくち に勝ったものも、負けたものも、飲んだ酒と差引いて、誰も損はござりませぬ。 い機嫌のそそり節、尻まで まく った すね の向く方へ、ぞろぞろと散ったげにござります。

 爺どのは、どっこいしょ、と横木に肩を入れ直いて、てんぼうの片手押しは、胸が力でござります。人通りが少いで、露にひろがりました浜昼顔の、ちらちらと咲いた上を、ぐいと ひき 出して、それから、がたがた。

  大崩 おおくずれ まで葉山からは、だらだらの 爪先上 つまさきあが り。後はなぞえに下り道。車がはずんで、ごろごろと、 わし がこの茶店の前まで参った時じゃ、と……申します。

 やい、枕をくれ、枕をくれ、と嘉吉めが わめ くげな。

 何 ぬか すぞい、この野郎、 贅沢 ぜいたく べいこくなてえ、 狐店 きつねみせ の白ッ首と間違えてけつかるそうな、とぶつぶつ 口叱言 くちこごと を申しましての、爺どのが振向きもせずに、ぐんぐん いたと思わっしゃりまし。」

「何か、夢でも見たろうかね。」

「夢どころではござりますか、お前様、直ぐに しめ 殺されそうな声を出して、苦しい、苦しい、鼻血が出るわ、目がまうわ、 天窓 あたま を上へ上げてくれ。やい、どうするだ、さあ、殺さば殺せ、 がば漕げ、とまだ夢中で、嘉吉めは船に居る気でおります、よの。

 胴中の縄が ゆる んで、天窓が つち へ擦れ擦れに、 さかさま になっておりますそうな。こりゃもっともじゃ、のう、たっての 苦悩 くるしみ

 酒が のぼ って、 めずにいたりゃ本望だんべい、 わし ら手が利かねえだに、もうちっとだ辛抱せろ、とぐらぐらと揺り出しますと、死ぬる、死ぬる、助け船と火を吹きそうに わめ いた、とのう。

 この中ではござりませぬ、」

 と姥は 葭簀 よしず の外を見て、

ひさし の蔭じゃったげにござります。浪が届きませぬばかり。低い三日月様を、 うるし 見たような高い まげ からはずさっせえまして、 真白 まっしろ なのを顔に当てて、 団扇 うちわ 衣服 きもの を掛けたげな、影の涼しい、姿の長い、 すそ の薄 あお い、 悚然 ぞっ とするほど美しらしいお人が一方。

 すらすら道端へ出さっせての、

(…………)

 爺どのを呼留めて、これは罪人か――と問わしつけえよ。

  食物 くいもの 代物 しろもの も、新しい買物じゃ。縁起でもない事の。罪人を上積みにしてどうしべい、これこれでござる。と云うと、可哀相に苦しかろう、と団扇を取って、薄い羽のように、一文字に、横に口へ くわ えさしった。

 その時は、爺どのの方へ せなか を向けて、顔をこう はす っかいに、」

 と法師から 打背 うちそむ く、と おもかげ のその薄月の、 婦人 おんな の風情を 思遣 おもいや ればか、 葦簀 よしず をはずれた日のかげりに、姥の うなじ が白かった。

 荷物の方へ、するすると膝を寄せて、

「そこで?」

「はい、両手を下げて、白いその両方の てのひら を合わせて、がっくりとなった嘉吉の首を、四五本目の やぼね あたり で、上へ ささ げて持たっせえた。おもみが かか ったか、姿を絞って、肩が ほっそ りしましたげなよ。」