University of Virginia Library

Search this document 

 1. 
 2. 
 3. 
 4. 
 5. 
 6. 
 7. 
 8. 
 9. 
 10. 
 11. 
 12. 
 13. 
 14. 
 15. 
 16. 
 17. 
 18. 
 19. 
 20. 
 21. 
 22. 
 23. 
 24. 
 25. 
 26. 
 27. 
  

  

 ある日、写真機を持出した村川が、ぼくを呼んで、あなたと内田さんの写真をとるから ( さそ ) うてきてくれ、と言います。ぼくが「いやだ」と断ると、「なんでい、熊本は、お前のいう事なら、きくよ」と笑います。

 結局、あなた達の写真を ( もら ) える ( うれ ) しさもあり、白地に、 ( むらさき ) 菖蒲 ( しょうぶ ) を散らした 浴衣 ( ゆかた ) をきたあなたと、 ( あか ) いレザアコオトをきた内田さんを、ボオト・デッキの ( かげ ) に、ひっぱり出し、村川が、写真を ( ) り、また、ぼくと村川の写真を、内田さんが撮りました。

 二三日 ( ) って、出来上がった写真を、 交換 ( こうかん ) し、サインもし合っていました。あなたの顔は、眼が ( まる ) く、鼻がちんまりして、色が黒く、いかにも、漁師の ( むすめ ) さんといった風だし、内田さんの顔は、また、色っぽい美人の ( ねこ ) 、といった感じに撮れていたので、 ( みんな ) で、それを指摘し合っては、 騒々 ( そうぞう ) しく笑っていると、東海さんが通りかかり、ものも言わず、写真をとり上げ、 一寸 ( ちょっと ) 見るなり、「フン」と鼻で笑って、 ( ほう ) り出し、行ってしまった。

 その晩でしたか、七番の坂本さんが、女子選手のブロマイドを買い、皆に見せながら、一々名前をきいていましたが、なかに分らないのがあって、誰か、 名簿 ( めいぼ ) を取りに立とうとすると、東海さんが、 突然 ( とつぜん ) 、大声で、「 大坂 ( ダイハン ) に聞けよ。大坂は、女の選手のことなら、とても ( くわ ) しいんだ」といいます。昼間の写真のことだなと、ぼくは胸に ( こた ) えました。すると、松山さんが、「ほう、 大坂 ( ダイハン ) はそんなに、女子選手の ( つう ) なんか」といったので、皆、笑いだしたけれど、ぼくには、そのときの、 誰彼 ( だれかれ ) の皮肉な目付が、ぞっとするほど、 ( いや ) だった。

  ( また ) ある日、ぼくが、練習が済み、水を貰おうと、食堂へ降りて行くと、入口でぱったり、あなたと同じジャンパアの中村さんに、 ( ) いました。と、十六 ( さい ) のこの女学生は、突然、ぼくの顔を ( のぞ ) きこむように、「うちの写真、貰ってくれやはる」といいます。

  ( おどろ ) いて、まじまじしているのに、「ここで待っててね」といいざま、 子栗鼠 ( こりす ) のような素早さで、とんで行き、ぼくが 椅子 ( いす ) ( こし ) かける間もなく、ちいさい中村さんは、息をきり、ちんまりした鼻の頭に ( あせ ) ( ) き、 ( ) ( もど ) って来ると、ぼくの ( ) に、写真を ( わた ) し、また駆けて行ってしまいました。

 あとでみた、写真には、ハアト形のなかに、お ( すま ) しな 田舎 ( いなか ) 女学校の三年生がいて、おまけに 稚拙 ( ちせつ ) なサインがしてあるのが、いかにも 可愛 ( かわい ) く、ほほ笑んでしまった。

 当時、すこし 自惚 ( うぬぼ ) れて、考え ( ちが ) いしていましたが、これは多分、同室のあなた達が、ぼくや村川の写真を、中村さんにみせたので、少女らしい競争心を出し、まず、ぼくに写真をくれたのでしょう。

 その後、 ( しばら ) くしてから、「坂本さん、ボオトの写真、うち、 ( ) しいわ」と女学生服をきた 彼女 ( かのじょ ) から、兄貴にでもねだるようにして、せがまれました。「いやだ」というと、「熊本さんにはあげた ( くせ ) に――」と、口をとがらせ、イィをされたので、驚いたぼくは、バック台を引いている写真をやってしまいました。

 こうした風に、段々、へんな ( うわさ ) がたつのに加えて、人の ( ) い村川が、無意識にふりまいた、デマゴオグも、また相当の 反響 ( はんきょう ) があったと思われます。

  ( ) だ、ませた中学生に過ぎなかった彼としては、自分が、いかに女の子と親しくしているかを、大いに、みせびらかしたかったのでしょう。それだけ、ぼくより、 無邪気 ( むじゃき ) だったとも、言えますが、ぼくにしてみれば、彼が、あなた達、女子選手をいかにも、中性の化物らしく 批評 ( ひひょう ) し、「熊本や、内田の 奴等 ( やつら ) がなア」 と二言目には、あなた達が、村川に交際を求めるような 口吻 ( こうふん ) ( ろう ) し、やたらに、写真を撮らしたり、ぼく達四人の交友を、 針小棒大 ( しんしょうぼうだい ) に言い ( ) らすのをきいては、 ( しゃく ) ( さわ ) るやら、心配やら、はらはらして ( ) りました。

 しかし、これは、人間の本能的な弱さからだと、ぼくには許せる気になるのでしたが、同時に、誰でもが持っている 岡焼 ( おかや ) き根性とは、いっても、クルウの先輩連が、ぼくに ( ) びせる 罵詈讒謗 ( ばりざんぼう ) には、 嫉妬 ( しっと ) 以上の悪意があって、当時、ぼくはこれを、気が変になるまで、 ( にく ) んだのです。

 その ( ころ ) 、整調でもあり主将もしている、クルウでいちばん年長者の森さんは、ぼくをみると、すぐこんな皮肉をいうのでした。「 大坂 ( ダイハン ) は、熊本と、もう何回 接吻 ( せっぷん ) をした」 とか 「お ( しり ) にさわったか」とか、 ( ある ) いは、もっと悪どいことを ( うれ ) しそうにいって、 嘲笑 ( ちょうしょう ) するのでした。

 七番のおとなしい坂本さんまでが、「 大坂 ( ダイハン ) は秋ちゃんと仲が良いのう」とひやかし半分に、ぼくの ( かた ) ( たた ) きます。六番の美男の東海さんは「

[_]
[3]
螽※ ( きりぎりす ) みたいな、あんな女のどこが好いのだ。おい」と、ぼくの面をしげしげとのぞいて ( たず ) ねます。五番の 柔道 ( じゅうどう ) 三段の松山さんは、「 ( くさ ) れ女の尻を、犬みたいに追いまわしやがって――」とすごい 剣幕 ( けんまく ) ( にら ) みつけます。三番の、もとはぼくを 正選手 ( レギュラア ) に引張ってくれた、沢村さんまでが、「あんな女のどこが好いかのう。女が ( めずら ) しいのじゃろう。不思議だのう」と、みんなに ( たず ) ねるようにするのが ( くせ ) でした。二番の ( とら ) さんは、広い胸幅を ( ゆす ) りあげ、その話をするときは、ぼくを見ないようにして、「でれでれしやがって」と、 忌々 ( いまいま ) しそうに、 ( たん ) ( ) きとばします。この態度が、むしろ、好きでした。

  舳手 ( バウ ) の梶さんは、ぼくの次に、新しい選手ですし、それに、七番の商科の坂本さん、二番の専門部の虎さんと共に、クルウの政経科で固めた中心勢力とは、派が合わぬだけ、別に何んともいわず、皆と 一緒 ( いっしょ ) にいるときは、 軽蔑 ( けいべつ ) した風をしていますが、ひとりで逢うと、時々、「おおいに、若いときの ( おも ) ( ) をつくれよ」とか、文科の学生らしく、 煽動 ( せんどう ) してくれました。こうして、好意とまでゆかないでも、気にしないでいてくれる、梶さん、清さんのような人達もありましたが、前述したような、クルウ大方の空気は、ひがんでいるぼくにとって、もはや、クルウのなかばかりでなく、船中の誰も彼もが、白眼視しているような気になり、切なくてたまらなかったのです。

  ( たと ) えば、船に、横浜 解纜 ( かいらん ) の際、中学の先生から紹介して貰った、Kさんという、中学で四年先輩のひとが、見習船員をしておりました。Kさんは、未だ高等商船を出たばかりで、学生気の ( ) けない明るい青年で、後輩のぼくの 面倒 ( めんどう ) をよくみてくれて、船の 隅々迄 ( すみずみまで ) 、案内もしてくれるし、一緒に記念 撮影 ( さつえい ) などもしていました。

 ところが、その頃、船の前端にある彼の部屋に、夜遊びに行ってみると、何かのきっかけで、Kさんが、「女子選手ッて、みんな、 ( すご ) いのばかりだね」といいだしました。ビクッとしたのになおも、「あれで、男の選手へ、モオションをかけるのが、いるっていうじゃないか。アッハッハ……」と大口あいて笑うのです。

 その時は、てッきり、ぼくにあてこすっているのか、忠告していると取り、早々に逃げ出したのですが、それからは、なるべく、Kさんにまで逢わないようにしていました。しかし、いま考えれば、これも、ぼくのひがみだったのです。