オリンポスの果実
田中英光 (Orinposu no kajitsu) | ||
二十二
とかく帰りの旅は気もゆるみ 易 ( やす ) く、 且 ( か ) つ練習がないので、みんなは酒を飲んだり、 麻雀 ( マアジャン ) をしたりした 無為 ( むい ) の日々を送っていましたが、どうも一種、 頽廃 ( たいはい ) の気風がなにか船中に 漂 ( ただよ ) いだした感じがしてなりませんでした。
ハワイに入る前夜、園遊会が 盛大 ( せいだい ) に開かれ、会長のK博士夫妻もインデアンの 羽根飾 ( はねかざ ) り 帽 ( ぼう ) を 冠 ( かぶ ) って出場する 和 ( なご ) やかさでした。
ぼくは借り物競争に出て、 算盤 ( そろばん ) と女の帽子と草の葉を一枚、集めてくるのにあたり、はじめに近くに見物していた内田さんの頭から、ものもいわずに、 紅 ( あか ) いベレエ帽をひったくり、ポケットにねじこむと、ドタドタと階段をおっこちて、事務所に 殺到 ( さっとう ) 、事務員のひとが、 呆気 ( あっけ ) にとられているか、笑っているのか 見極 ( みきわ ) めもできぬ素早さで算盤をひったくり、次いで、階段を、 大股 ( おおまた ) に、三段位ずつ飛びあがって、 頂辺 ( てっぺん ) のガアデン・ルウムに入ろうとすると、ぴったり足がとまりました。緑 滴 ( した ) たる 芭蕉 ( ばしょう ) の葉かげに、若い男女が二人、 相擁 ( あいよう ) しあって、愛を 囁 ( ささや ) いているのです。それだけをみて、ぼくはくるりと引っ返し、競争を 廃棄 ( はいき ) しました。算盤をかえして、次にベレエ帽をかえすとき、内田さんは、「ぼんち、どうして 止 ( や ) めたの」と 訊 ( き ) かれ、「草の葉がなかったんだ」と答えると、「 莫迦 ( ばか ) ね。ここにあるじゃないの」と彼女の胸にさしていた、忘れな草の造花を差出してくれました。
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