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山家和歌集 卷下
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

山家和歌集 卷下

題しらず

つく%\とものを思ふにうち添へてをり哀なる鐘のおとかな
なさけありし昔のみ猶忍ばれてながらへまうき世にもあるかな
軒ちかき花たちばなに袖しめて昔をしのぶなみだつゝまむ
何ごとも昔をきくはなさけありて故あるさまに忍ばるゝかな
わがやどは山のあなたにあるものを何とうき世をしらぬ心ぞ
くもりなき鏡の上にゐる塵をめにたてゝ見る世とおもはばや
ながらへむと思ふ心ぞ露もなき厭ふにだにもたらぬ憂き身は
思ひ出づる過ぎにし方を恥かしみあるに物うきこの世なりけり

世につかふべかりける人のこもりゐたりけるもとへつかはしける

世の中にすまぬもよしや秋の月にごれる水のたゝふさかりに

五日さうぶを人のつかはしたりける返事に

世のうきにひかるゝ人は菖蒲草心のねなきこゝちこそすれ

花橘によせて思を述べけるに

世のうきを昔がたりになしはてゝ花たちばなに思ひ出でばや

世にあらじと思ひける頃東山にて人々霞によせて思をのべけるに

空になる心は春のかすみにて世にあらじともおもひたつかな

おなじ心をよみける

世を厭ふ名をだにもさは留め置きて數ならぬ身の思出にせむ

いにしへごろ東山に阿彌陀房と申しける上人の庵室にまかりて見けるに哀と覺えてよみける

柴の庵ときくは賤しき名なれどもよに頼もしき住居なりけり

世を遁れける折ゆかりなりける人の許へいひ贈りける

世の中を背き果てぬといひおかむ思ひしるべき人はなくとも

はるかなる所にこもりて都なりける人のもとへ月の頃つかはしける

月のみやうはの空なるかたみにておもひもいでば心かよはむ

世をのがれて伊勢のかたへまかりけるに鈴鹿山にて

鈴鹿山憂世をよそにふり捨てゝいかになり行く我身なるらむ

述懷

何ごとにとまる心のありければさらにしもまた世の厭はしき

侍從大納言成道のもとへ後の世の事おどろかし申したりける返事に

驚かす君によりてぞ長き夜のひさしき夢はさむべかりける

かへし

おどろかぬ心なりせば世の中を夢ともかたるかひなからまし

中院右大臣出家思ひ立つよし語り給ひけるに月のいとあかくよもすがら哀にて明けにければ歸りけり其後其夜の名殘おほかりしよしいひ送り給ふとて

夜もすがら月を眺めて契りおきしそのむつごとに闇は晴れにし

かへし

すむと見し心の月しあらはればこの世の闇は晴れざらめやは

爲業ときはに堂供養しけるに世をのがれて山寺に住み侍りけるしたしき人々まうで來たりと聞きていひつかはしける

いにしへに變らぬ君が姿こそけふはときはのかたみなるらめ

かへし

色かへで獨のこれるときは木はいつをまつとか人の見るらむ

ある人さまかへて仁和寺の奧なる所に住むと聞きてまかりて尋ねければあからさまに京にと聞きて歸りにけり其後人遣してかくなむ參りたりしと申したる返事に

たちよりて柴の煙のあはれさをいかゞおもひしふゆの山ざと

かへし

山ざとに心はふかく住みながら柴のけぶりの立ちかへりにし

この歌もそへられたりける

惜からぬ身をすてやらでふるほどに長き闇にやまた迷ひなむ

かへし

世をすてぬ心のうちに闇こめてまよはむことは君ひとりかは

したしき人々あまたありければおなじ心に誰も御らんぜよとつかはしける返事に又

なべてみなはれせぬ闇のかなしさを君しるべせよ光見ゆやと

又かへし

思ふともいかにしてかはしるべせむ教ふる道にいらばこそあらめ

後の世の事むげに思はずしもなしと見えける人のもとへいひ遣しける

世の中に心ありあけの人はみなかくて闇にはまよはぬものを

かへし

世をそむぐ心ばかりはありあけのつきせぬ闇は君にはるけむ

ある所の女房世をのがれて西山に住むと聞きて尋ねければ住みあらしたるさまして人の影もせざりけりあたりの人にかくと申しおきたりけるを聞きていひ送りける

鹽馴れし苫屋もあれてうき波による方もなきあまと知らずや

かへし

苫のやに波立ちよらぬけしきにてあまり住みうき程は見えけり

待賢門院の中納言の局世をそむきて小倉山のふもとに住み侍りける頃まかりたりけるにことがらまことに幽に哀なりけり風のけしきさへことに悲しかりければかきつけける

山おろす嵐のおとのはげしきをいつならひける君がすみかぞ

哀なるすみかをとひにまかりたりけるに此のうたを見てかきつけける 同院兵衞局

うき世をば嵐の風にさそはれて家を出でぬるすみかとぞ見る

小倉をすてゝ高野のふもとにあまのと申す山にすまれけりおなじ院の帥の局都の外のすみか訪ひ申さではいかがとてわけおはしたりけるありがたくなむかへるさに粉川へまゐられけるに御山よりいであひたりけるをしるべせよとありければぐし申して粉川へ參りたりけりかゝるついではいまはあるまじきことなり吹上見むといふ事具せられたりける人々申出でて吹上へおはしけり道より大雨風ふきて興なくなりにけりさりとてはとて吹上に行きつきたりけれども見所なきやうにて社にこしかきすゑておもふにも似ざりけり能因がなはしろ水にせきくだせと詠みていひつたへられたるものをと思ひて社にかきつけける

あまくだる名を吹上のかみならばくも晴れのきて光あらはせ
なはしろにせきくだされし天の川とむるもかみの心なるべし

かく書きたりければやがて西の風吹きかはりて忽ちに雲はれてうら/ \と日なりにけり末の代なれど志いたりぬる事にはしるしあらたなる事を人々申しつゝしんおこして吹上若浦思ふやうに見て歸られにけり待賢門院の女房堀川の局のもとよりいひおくられける

この世にてかたらひおかむ郭公死出の山路のしるべともなれ

かへし

時鳥なく/\こそはかたらはめ死出の山路にきみしかゝらば

天王寺にまゐりけるに雨のふりければ江口と申す所に宿をかりけるにかさゞりければ

世の中を厭ふまでこそかたらはめかりのやどりを惜む君かな

かへし

家を出づる人としきけばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ

ある人世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞きて尋ねまかりたりけるに月あかゝりければ

世をすてゝ谷底にすむ人見よとみねの木のまをいづる見かげ

ある宮ばらにつけつかへ侍りける女房世をそむきて都はなれて遠くまからむと思ひ立ちてまゐらせけるにかはりて

悔しくもよしなく君になれそめていとふ都の忍ばれぬべき

題しらず

さらぬだに世のはかなさをおもふ身にぬえなきわたる曙の空
鳥部野を心のうちに分けゆけばいまきの露にそでぞそぼつる
いつのよに長きねぶりのゆめ覺めて驚く事のあらむとすらむ
世の中を夢と見る/\はかなくもなほおどろかぬわが心かな
なき人もあるを思ふに世の中はねぶりのうちの夢とこそ知れ
來しかたの見しよの夢にかはらねば今も現のこゝちやはする
事となく今日暮れぬめり明日もまた變らずこそはひま過ぐる影
こえぬればまたもこの世に歸りこぬ死出の山こそ悲しかりけれ
はかなしやあだに命の露きえて野べにわが身の送りおかれむ
露の玉は消ゆればまたもおくものを頼もなきはわが身なりけり
あればとて頼まれぬかな明日はまた昨日と今日はいはるべければ
秋の色は枯野ながらもあるものを世のはかなさや淺茅生の露
年月をいかでわが身におくりけむ昨日の人もけふはなき世に

范蠡がちやうなんの心を

捨てやらで命を終ふる人は皆ちゞのこがねをもてかへるなり

曉無常を

つきはてしその入相のほどなさをこの曉に思ひ知りぬる

霞によせて常なき事を

なき人をかすめるそらにまがふるは道をへだつる心なるべし

花の散りたりけるにならびて咲きはじめける櫻を見て

散ると見れば又咲く花の匂にもおくれ先だつためしありけり

月前述懷

月を見ていづれのとしの秋までかこの世にわれが契あるらむ

七月十五日月あかゝりけるに舟岡と申す所にて

いかでわれこよひの月を身にそへて死出の山路の人を昭さむ

もの心ぼそう哀なる折しも庵のまくらちかう蟲の音聞えければ

そのをりの蓬がもとの枕にもかくこそむしの音にはむつれめ

鳥邊山にてとかくのことしけるけぶりの中よりわけて出づる月影は諸行無常のこゝろを

はかなくて行きにし方を思ふにもいまもさこそは朝顏のつゆ

同行にて侍りける上人例ならぬこと大事に侍りけるに月のあかくて哀なるを見て

もろともにながめ/\て秋の月ひとりにならむことぞ悲しき

待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に人人又の年の御はてまでさぶらはれけるに南面の花ちりける頃堀川の女房のもとへ申送りける

尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君がゆくへを

かへし

吹く風の行方しらするものならば花と散るにもおくれざらまし

近衞院の御墓に人に供して參りたりけるに露の深かりければ

みがかれし玉の栖を露ふかき野べにうつして見るぞ悲しき

一院かくれさせおはしましてやがて御所へ渡しまゐらせける夜高野より出合ひて參りたりけるいと悲しかりけり此後おはしますべき所御らんじはじめけるそのかみの御ともに右大臣さねよし大納言と申しけるさぶらはれけり忍ばせおはしますことにて又人さぶらはざりけり其をりの御供にさぶらひけることの思ひ出でられて折しも今宵に參りあひたる昔いまのことおもひつゞけられて詠みける

こよひこそおもひ知らるれ淺からぬ君に契のある身なりけり

をさめまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに

道かはるみゆきかなしき今宵かな限のたびと見るにつけても

納めまゐらせて後御供にさぶらはれし人々たとへむ方なく悲しながら限あることなりければ歸られにけりはじめたることありて明日までさぶらひて詠める

とはばやと思ひよりてぞ歎かまし昔ながらのわが身なりせば

右大將きんよしの父の服中に母なくなりぬと聞きて高野よりとぶらひ申しける

重ねきる藤の衣をたよりにてこゝろの色を染めよとぞおもふ

かへし

ふぢ衣かさぬるいろはふかけれどあさき心のしまぬばかりぞ

同じ歎し侍りける人のもとへ

君がため秋は世のうき折なれや去年もことしも物を思ひて

かへし

晴れやらぬ去年の時雨の上に又かきくらさるゝ山めぐりかな

母なくなりて山寺にこもりゐたりける人をほどへて思ひ出でて人のとひたりければかはりて

思ひ出づるなさけを人の同じくばその折とへな嬉しからまし

ゆかりありける人はかなくなりにけりとかくのわざに鳥部山へまかりて歸るに

かぎりなくかなしかりけり鳥部山なきをおくりて歸る心は

父のはかなくなりにけるそとばを見て歸りける人に

なきあとをそとばかり見てかへるらむ人の心を思ひこそやれ

親かくれたのみたりける婿失せなどして歎しける人の又ほどなくむすめにさへおくれけりと聞きてとぶらひけるに

この度はさき%\見けむ夢よりもさめずや物は悲しかるらむ

五十日のはてつかたに二條院の御墓に御佛供養しける人にぐして參りたりけるに月あかくて哀なりければ

こよひ君死出の山路の月を見て雲のうへをや思ひいづらむ

御跡に三河内侍さぶらひけるに九月十三夜人にかはりて

隱れにし君がみかげの戀しさに月に向ひてねをやなくらむ

かへし 内侍

わが君の光かくれしゆふべよりやみにぞまよふ月はすめども

奇紅葉懷舊といふ事を法金剛院にて詠みけるに

いにしへを戀ふる涙のいろに似て袂にちるはもみぢなりけり

故郷述懷といふことをときはの家にて爲業よみけるにまかりあひて

しげき野を幾ひとむらにわけなして更に昔をしのびかへさむ

十月中の十日頃法金剛院の紅葉見けるに上西門院おはしますよし聞きて待賀門院の御とき思ひ出でられて兵衞殿の局にさしおかせける

紅葉見て君がたもとやしぐるらむ昔のあきのいろをしたひて

かへし

色深き梢を見てもしぐれつゝふりにしことをかけぬ日ぞなき

周防内侍我さへ軒のと書き付けける故郷にておもひをのべけるに

いにしへはついゐし宿も有る物を何をか忍ぶしるしにはせむ

みちの國にまかりたりけるに野中に常よりもとおぼしき塚の見えけるを人にとひければ中將の御墓と申すはこれがことなりと申しければ中將とは誰が事ぞと又問ひければ實方の御事なりと申しけるいと悲しかりけるさらぬだに物哀におぼえけるに霜枯の薄ほの%\見え渡りて後にかたらむ詞なきやうにおぼえて

朽ちもせぬその名ばかりを留めおきて枯野の薄かたみにぞ見る

ゆかりなくなりて住みうかれにける故郷へ歸りゐける人のもとへ

住みすてしその故郷をあらためて昔にかへるこゝちもやする

親におくれて歎きける人を五十日過ぐるまでとはざりければ問ふべき人のとはぬことをあやしみて人に尋ぬと聞きてかく思ひて今まで申さゞりつるよし申してつかはしける人にかはりて

なべて皆君がなさけをとふ數におもひなされぬ言の葉もがな

ゆかりにつけて物を思ひける人のもとよりなどかとはざらむと恨みつかはしたりける返事に

哀とも心におもふほどばかりいはれぬべくはとひもこそせめ

はかなくなりて年へにける人の文を物の中より見出でてむすめに侍りける人のもとへ見せにつかはすとて

涙をやしのばむ人はながすべきあはれに見ける水莖の跡

同行に侍りける上人をはりよく思ふさまなりと聞きて申し送りける 寂然

亂れずとをはり聞くこそ嬉しけれさても別はなぐさまねども

かへし

この世にて又あふまじき悲しさにすゝめし人ぞ心みだれし

とかくわざ果てて跡のことどもひろひて高野へ參りて歸りたりけるに 寂然

いるさにはひろふ形見ものこりけり歸る山路の友はなみだか

返事

いかでとも思ひわかでぞ過ぎにける夢に山路をゆく心地して

侍從大納言人道はかなくなりてよひ曉につとめする僧おの/\歸りける日申しおくりける

ゆきちらむ今日の別をおもふにも更になげきはそふ心地する

かへし

ふししづむ身には心のあらばこそ更になげきもそふ心地せめ

此歌もかへしの外にぐせられける

たぐひなき昔の人の形見には君をのみこそたのみましけれ

かへし

いにしへの形見になると聞くからにいとど露けき墨染のそで

同日なりつながもとへつかはしける

なき跡も今日まではなほ名殘あるを明日や別をそへて忍ばむ

かへし

おもへたゞ今日のわかれのかなしさに姿をかへてしのぶ心を

やがて其日さまかへて後此返事かく申したりけりいと哀なり同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りける妹のはかなくなりにける哀とぶらひけるに

いかばかり君思はまし道にいらでたのもしからぬ別なりせば

かへし

頼もしき道には入りて行きしかど我が身をつめば如何とぞ思ふ

院の二位の局身まかりける跡に十の歌人々よみけるに

ながれゆく水に玉なすうたかたの哀あだなるこの世なりけり
消えぬめるもとの雫をおもふにも誰かはすゑの露の身ならぬ
送りおきてかへりし道の朝露を袖にうつすはなみだなりけり
ふなをかの裾野のつかのかず添へて昔の人にきみをなしつる
あらぬよの別はげにぞうかりける淺茅が原を見るにつけても
後の世をとへと契りし言の葉や忘らるまじき形見なるらむ
おくれゐてなみだにしづむ故郷をたまのかげにも哀とや見る
跡をとふ道にや君はいりぬらむくるしき死出の山へかゝらで
名殘さへほどなく過ぎば悲しきに七日のかずを重ねずもがな
跡しのぶ人にさへまたわかるべきその日をかねて知る涙かな

跡の事ども果ててちり%\になりにけるにしげのりなかのりなど泪ながして今日にさへ又と申しける程に南面の櫻に鶯の鳴きけるを聞きてよみける

さくら花ちり%\になる木のもとになごりををしむ鶯のこゑ

かへし 少將なかのり

散る花はまた來む春も咲きぬべし別はいつかめぐりあふべき

同日くれけるまゝに雨のかきくらし降りければ

あはれ知るそらも心のありければ涙にあめをそふるなりけり

かへし 院少納言局

あはれ知る空にはあらじわび人の涙ぞ今日はあめと降るらむ

行きちりて又の朝つかはしける

今朝はいかに思の色のまさるらむ昨日にさへもまた別れつゝ

かへし 少將なかのり

君にさへたち別れつゝ今日よりぞ慰むかたはけになかりける

兄の入道想空はかなくなりけるをとはざりければいひつかはしける 寂然

とへかしな別のそでにつゆしげきよもぎがもとの心ぼそさを
待ちわびぬおくれさきだつ哀をも君ならでさは誰かとふべき
別れにし人のふたゝび跡を見ばうらみやせましとはぬ心を
いかにせむ跡の哀はとはずともわかれし人のゆくへたづねよ
なか/\にとはぬは深きかたもあらむ心淺くも恨みつるかな

かへし

わけ人りてよもぎが露をこぼさじと思ふも人をとふにあらずや
よそに思ふ別ならねば誰をかは身より外には訪ふべかりける
へだてなき法のことばにたよりえて蓮の露にあはれかくらむ
なき人をしのぶ思の慰まばあとをも千度とひこそはせめ
御法をば詞なけれど説くと聞けば深き哀はいはでこそおもへ

是はぐしてつかはしける

露ふかき野邊になりゆく故郷はおもひやるにも袖しをれけり

無常の歌あまた詠みける中に

いづくにか眠り/\てたふれふさむと思ふ悲しき路芝の露
おどろかむと思ふ心のあらばやは長きねぶりの夢も覺むべく
風あらきいそにかゝれる蜑人はつながぬ舟のこゝちこそすれ
おほ波にひかれ出でたる心地してたすけ舟なき沖にゆらるゝ
なき跡をたれと知らねどとりべ山おの/\すごきつかの夕暮
なみたかき世をこぎ/\て人はみな舟岡山をとまりにぞする
死にてふさむこけの莚をおもふよりかねて知らるゝ岩陰の露
つゆ消えば蓮臺野におくりおけねがふ心を名にあらはさむ

那智に籠りて瀧に入堂し侍りけるに此上に一二の瀧おはしますそれへまゐるなりと申す住僧の侍りけるにぐしてまゐりけり花や咲きぬらんと尋ねまほしかりける折節にてたよりある心地して分け參りたり二の瀧のもとへまゐりつきたり如意輪の瀧となむ申すと聞きて拜みければまことにすこしうちかたぶきたるやうにながれくだりてたふとくおぼえけり花山院の御庵室の跡の侍りける前に年ふりたる櫻の木の侍りけるを見てすみかとすればと詠ませ給ひけむ事思ひ出でられて

木のもとに住みけむ跡を見つるかな那智の高根の花を尋ねて

同行に侍りける上人月の頃天王寺にこもりたりと聞きていひつかはしける

いとどいかに西に傾く月かげをつねよりもけに君したふらむ

堀河局仁和寺に住み侍りけるに參るべきよし申したりけれどもまぎるゝ事ありてほど經にけり月の頃前を過ぎけるを聞きていひ送られける

西へ行くしるべとたのむ月影の空だのめこそかひなかりけれ

かへし

さしいらで雲路をよぎし月かげはまたぬ心やそらに見えけむ

寂超入道談義すと聞きてつかはしける

ひろむらむ法にはあらぬ身なりとも名を聞く數に入らざらめやは

かへし

傅へきくながれなりとも法の水くむ人からやふかくなるらむ

さだのぶ入道觀音寺に堂つくりに結縁すべきよし申しつかはすとて 觀音寺入道生光

寺つくるこのわが谷につちうめよ君ばかりこそ山もくづさめ

かへし

山くづすそのちからねは難くとも心だくみを添へこそはせめ

阿闍梨勝命千人あつめて法華經結縁をせさせけるにまゐりて又の日つかはしける

つらなりし昔に露もかはらじとおもひ知られし法のにはかな

人にかはりてこれもつかはしける

いにしへにもれけむことの悲しさはきのふの庭に心ゆきにき

六波羅太政入道持經者千人あつめて津國和田と申す所にて供養侍りけるやがてそのついでに萬燈會しけり夜更くるまゝに灯の消えけるをおのおのともしつぎけるを見て

消えぬべき法の光のともし火をかゝぐる和田の岬なりけり

天王寺へまゐりて龜井の水を見て詠める

あさからぬ契のほどぞくまれぬる龜井の水にかげうつしつゝ

心ざす事ありて扇を佛にまゐらせけるに新院より給ひけるに女房承りてつゝみ紙に書きつけられける

ありがたき法にあふぎの風ならば心の塵をはらふとぞおもふ

御かへし奉りける

塵ばかりうたがふ心なからなむ法をあふぎてたのむとならば

心性さだまらずといふことを題にて人々よみけるに

雲雀たつあら野におふる姫百合のなににつくともなき心かな

懺悔業障といふことを

まどひつゝ過ぎける方の悔しさになく/\身をぞ今は恨むる

過教待龍花といふことを

朝日まつほどは闇にてまよはまし有明の月のかげなかりせば

寄藤花述懷

西をまつこゝろにふぢをかけてこそその紫のくもをおもはめ

見月思西といふことを

山の端にかくるゝ月をながむればわれも心のにしに入るかな

曉念佛といふことを

夢さむる鐘のひゞきに打ちそへて十度の御名を稱へつるかな

易往無人の文を

西へ行くつきをやよそにおもふらむ心に入らぬ人のためには

人命不停速於山水の文の心を

山川のみなぎる水の音きけばせむるいのちぞおもひ知らるゝ

菩薩心論に乃至身命而不悋惜文を

あだならぬやがてさとりに歸りけり人のためにすつる命は

疏文に心自悟心自證心

まどひきてさとりうべくも無かりつる心をしるは心なりけり

觀心

やみはれて心のそらにすむ月はにしの山邊やちかくなるらむ

序品

散りまがふ花のにほひをさきだてゝ光をのりの莚にぞしく
花の香をつらなる軒に吹きしめて悟れと風の散らすなりけり

方便品深著終五欲の文を

こりもせずうき世の闇にまよふかな身をば思はぬ心なりけり

譬喩品

のり知らぬひとをぞけにはうしと見るみつの車に心かけねば

はかなくなりける人の跡に五十日のうちに一品經供養しけるに化城喩品

やすむべき宿をばおもへ中空のたびもなにかは苦しかるべき

五百弟子品

おのづからきよき心にみがかれて玉ときかへる法をしるかな

提婆品

これやさは年つもるまでこりつめし法にあふごの薪なるらむ
いかにして聞く事のかく易からむあだに思ひてえつる法かは
いさぎよき玉を心にみがき出でていはけなき身に悟をぞえし

勸持品

あまぐもの晴るゝみそらの月かげにうらみなぐさむ姨捨の山

壽量品

わしのやま月をいりぬと見る人はくらきにまよふ心なりけり さとりえし心の月のあらはれて鷲の高嶺にすむにぞ有りける

なき人の跡に一品經供養しけるに壽量品を人に代りて

雲はるゝわしのみやまの月かげを心すみてや君ながむらむ

一心欲見佛の文を人々よみけるに

わしの山たれかは月を見ざるべき心にかゝるくもしなければ

神力品於我滅度後の文を

行末の爲にとゞめぬ法ならば何かわが身にたのみあらまし

普賢品

散りしきし花の匂の名殘おほみたゝまうかりし法のにはかな

心經

なにごともむなしき法の心にて罪ある身とはつゆもおもはず

無上菩提の心を詠みける

わしの山うへくらからぬみねなればあたりをはらふ有明の月

和光同塵は結縁のはじめといふことを詠みけるに

いかなれば塵にまじりてます神につかふる人は清まはるらむ

六道の歌よみけるに地獄

罪人のしめる世もなく燃ゆる火の薪とならむことぞかなしき

餓鬼

朝夕の子をやしなひにすと聞けばくにすぐれても悲しかるらむ

畜生

かぐら歌に草とりかふはいたけれどなほ其駒になる事はうし

修羅

よしなしな爭ふことをたてにしていかりをのみもむすぶ心は

ありがたき人になりけるかひありてさとり求むる心あらなむ

雲の上の樂とてもかひぞなきさてしもやがてすみし果てねば

心に思ひけることを

にごりたる心の水のすくなきになにかは月のかげやどるべき
いかでわれきよく曇らぬ身となりて心の月の影をみがかむ
遁なく終に行くべき道をさは知らではいかゞすぐべかりける
愚なる心にのみやまかすべき師となることもあるなるものを
野にたてる枝なき木にもおとりけりのちの世しらぬ人の心は

五首述懷

身のうさを思ひ知らでや止みなまし背く習のなき世なりせば
いづくにか身を隱さまし厭ひてもうき世に深き山なかりせば
あはれ知るなみだの露ぞこぼれける草の庵をむすぶちぎりは
うかれ出づる心は身にも叶はねばいかなりとてもいかにかはせむ

高野より京なる人のもとへいひ遣しける

住むことは所がらぞといひながら高野はもののあはれなるべき

仁和寺の宮にて道心逐年深といふことを詠ませ給ひけるに

淺く出でし心の水やたゝふらむすみゆくまゝに深くなるかな

閑中曉心といふことを同夜

嵐のみとき%\窓におとづれてあけぬる空の名殘をぞおもふ

殊の外にあれ寒かりけるころ宮法印高野にこもらせ給ひて此ほどの寒さはいかゞするとて小袖給はせたりける又の朝申しける

今宵こそあはれみあつき心地して嵐の音をよそに聞きつれ

御嶽より笙の岩屋へまゐりたりけるにもらぬ岩やもとありけむ折おもひ出でられて

露もらぬ岩屋も袖はぬれけりと聞かずばいかに怪しからまし

小笹のとまりと申す所にて露のしげかりければ

わけ來つるをざさの露にそぼちつゝほしぞわづらふ墨染の袖

阿闍梨兼堅世をのがれて高野にすみ侍りけりあからさまに仁和寺に出でてかへりもまゐらぬことにて僧綱になりぬと聞きていひ遣しける

袈裟の色やわかむらさきに染めてける苔の袂を思ひかへして

秋頃風わづらひける人を訪ひたりける返事に

消えぬべきつゆの命も君がとふ言の葉にこそおきゐられけれ

かへし

吹きすぐる風しやみなばたのもしき秋の野もせの露のしら玉

院の小侍從例ならぬこと大事にふし沈みて年月經にけりと聞きてとぶらひにまかりたりけるに此程すこし宜しき由申して人にもきかせぬ和琴の手ひきならしけるを聞きて

琴のねに涙をそへてながすかなたえなましかばと思ふ哀に

かへし

頼むべきこともなき身を今日までも何にかゝれる玉の緒ならむ

風わづらひて山寺にかへり入りけるに人々訪ひてよろしくなりなば又と申し侍りけるに各心ざしを思ひ知りて

さだめなし風わづらはぬ折だにもまた來むことを頼むべき世に
あだに散る木の葉につけておもふかな風さそふめる露の命を
われなくばこの里人や秋ふかき露をたもとにかけてしのばむ
さま%\に哀おほかる別かなこゝろをきみがやどにとどめて
歸れども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる

かへしどもありける聞きおよばねばかゝず
新院歌あつめさせおはしますと聞きて常磐にためたゞが歌の侍りけるをかき集めてま ゐらせける大原より見せにつかはすとて 寂超長門入道

木のもとに散る言の葉をかく程にやがても袖のそぼちぬるかな

かへし

とし經れどくちぬときはの言の葉をさぞしのぶらむ大原の里

寂超ためたゞが歌にわが歌かきぐし又おとうとの寂然がうたなどとりぐして新院へまゐらせける人とりつたへまゐらせけりと聞きて兄に侍りける想空がもとより

家の風傳ふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげの言の葉

かへし

家の風むねと吹くべき木のもとは今ちりなむと思ふことの葉

新院百首の歌めしけるに奉るとて右大將きんよしのもとより見せに遣したりけるかへし申すとて

家の風吹き傳へけるかひありて散る言の葉のめづらしきかな

かへし

家の風吹き傳ふとも和歌の浦にかひある言の葉にてこそしれ

題しらず

木枯に木の葉のおつる山里はなみださへこそもろくなりけれ
嶺わたるあらしはげしき山ざとにそへてきこゆる瀧川のみづ
とふ人も思ひたえたる山里のさびしさなくば住みうからまし
曉のあらしにたぐふかねのおとを心のそこにこたへてぞ聞く
待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらばきかむすとらむ
松風のおとあはれなる山里にさびしさそふる日ぐらしのこゑ
谷の間にひとりぞ松はたてりけるわれのみ友はなきと思へば
入日さす山のあなたは知らねども心をぞかねておくり置きつる
何となく汲むたびにすむ心かな岩井のみづにかげうつしつゝ
水のおとはさびしき庵のともなれやみねの嵐のたえま/\に
嵐ふくみねの木の間をわけ來つるたにの清水にやどる月かげ
鶉ふすかり田のひつち思ひ出でてほのかにてらす三日月の影
濁るべき岩井の水にあらねども汲まば宿れる月やさわがむ
ひとりすむいほりに月のさしこずば何か山邊の友とならまし
尋ね來てこととふ人もなき宿に木の間の月のかげぞさしいる
柴の庵はすみうきこともあらましを伴ふ月の影なかりせば
影きえて端山の月はもりもこずたにはこずゑの雪と見えつゝ
雲にたゞ今宵の月をまかせてむ厭ふとてしもはれぬものゆゑ
月を見る外もさこそはいとふらめ雲たゞこゝの空にたゞよへ
晴間なく雲こそ空にみちにけれ月見ることはおもひたゝなむ
濡るれども雨もる宿のうれしきはいり來む月を思ふなりけり
わけいりて誰かは人のたづぬべきいはかげ草のしげる山路を
山里は谷のかけひのたえ%\に水こひどりのこゑきこゆなり
つがはねどうつれる影をともとして鴛鴦すみけりな山川の水
つらなりて風に亂れてなく雁のしどろに聲のきこゆなるかな
はれがたき山路の雲にうづもれて苔のたもとは霧朽ちにけり
つゞらはふは山は下も茂ければ住む人いかにこぐらかるらむ
熊のすむこけの岩山おそろしみむべなりけりな人もかよはず
おともせで岩間たばしる霰こそよもぎのやどの友になりけれ
あられにぞものめかしくは聞えける枯れたる楢の柴の落葉は
柴かこふ庵のうちはたびだちてすどほる風もとまらざりけり
谷風は戸を吹きあけて入るものをなにと嵐のまどたゝくらむ
春あさみすゞのまがきに風さえてまだ雪きえぬしがらきの里
水脈よどむ天の河ぎしなみかけて月をば見るやさぐさみの神
光をばくもらぬつきぞみがきける稻葉にかゝるあさひこの玉
磐余野の萩が絶間のひま/\にこのてがしはの花咲きにけり
衣手にうつりしはなのいろなれやそでほころぶる萩が花ずり
をざさ原葉ずゑの露の玉に似てはしなき山をゆくこゝちする
まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ村雨すぎぬ笠取の山
川あひやまきのすそやま石たてる杣人いかにすゞしかるらむ
杣くだすまくにがおくの川上にたつきうつべしこけさ浪よる
雪とくるしみゝにしだくからさきの道行きにくき足柄の山
ねわたしにしるしの竿やたてつらむこひのまちつる越の中山
雲鳥やしこき山路はさておきてをゝちる原の寂しからぬは
ふもとゆく舟人いかに寒からむくま山だけをおろすあらしに
をりかへる波の立つかと見ゆるかな洲さきにきゐる鷺の村鳥
わづらはで月には夜もかよひけりとなりへつたふあぜの細道
荒れにける澤田の畦にくらゝ生ひて秋待つべくもなきわたりかな
傳ひ來る懸樋をたえずまかすれば山田は水もおもはざりけり
身にしみし荻のおとにはかはれども柴ふくかぜも哀なりけり
小ぜりつむさはの氷のひま絶えて春めきそむるさくら井の里
來る春はみねの霞をさきだてゝ谷のかけひをつたふなりけり
春になる櫻のえだはなにとなく花なけれどもむつまじきかな
空はるゝくもなりけりなよし野山花もてわたる風とみたれば
さらにまた霞にくるゝ山路かな花をたづぬるはるのあけぼの
雲もかゝれ花とを春は見て過ぎむいづれの山もあだに思はで
雲かゝる山とはわれも思ひいでよ花ゆゑなれしむつび忘れず
山ふかみ霞こめたる柴のいほにこととふものは谷のうぐひす
すぎて行く羽風なつかし鶯のなづさひけりなうめのたち枝を
鶯はゐなかのたにの巣なれどもだみたる聲はなかぬなりけり
鶯の聲にさとりをうべきかは聞くうれしさもはかなかりけり
山もなき海のおもてにたなびきて波のはなにもまがふしら雲
おなじくばつきのをり咲け山櫻花見るをりのたえまあらせじ
ふる畑のそばのたつ木に居る鳩の友よぶこゑのすごき夕ぐれ
浪につきて磯わに座す荒神は湖ふむきねを待つにや有るらむ
湖風に伊勢の濱をぎふせばまづほずゑに波のあらたむるかな
荒磯の波にそなれてはふ松はみさごのゐるぞたよりなりけり
浦ちかみかれたる松のこずゑには波のおとをや風は借るらむ
あはぢ島せとのなごろは高くともこの湖わだにおし渡らばや
湖路ゆくかこみのともろ心せよまたうづはやきせと渡るなり
磯にをる浪のけはしく見ゆるかな沖になごろや高く行くらむ
覺束な膽吹おろしのかぜさきにあさづま舟はあひやしぬらむ
くれ舟にあさづま渡り今朝なよせそ膽吹の嶽に雪しまくなり
近江路や野ぢの旅人いそがなむ野洲が原とてとほからぬかは
錦をばいく野べこゆる唐櫃にをさめて秋はゆくにぞ有るらむ
里人の大幤小ぬさたてなめてむなかたむすぶ野べに成りけり
いたけもるあまみが時に成りにけりえぞが千島を煙こめたり
ものゝふのならすすさびは夥あけとのしさりかもの入りくひ
むつのくのおくゆかしくぞおもほゆるつぼの碑文そとの濱風
朝かへるかりゐうなこの村鳥は原のをがやにこゑやしぬらむ
すがるふすこぐれが下の葛まきを吹きうらがへす秋の初かぜ
もろ聲にもりかきみかぞ聞ゆなるいひ合せてや妻をこふらむ
菫さくよこ野のつばな生ひぬればおもひ/\に人かよふなり
紅のいろなりながらたでの穗のからしや人の目にもたてぬは
蓬生はさることなれや庭のおもにからす扇のなぞしげるらむ
かり殘すみつの眞菰にかくろひてかげもちがほに鳴く蛙かな
柳はら河かぜふかぬかげならばあつくや蝉のこゑにならまし
ひさぎ生ひてすゞめとなれる影なれや波打つ岸に風渡りつゝ
月のためみさびすゑじとおもひしにみどりにもしく池の浮草
思ふ事みあれのしめに引く鈴の協はずばよもならじとぞ思ふ
み熊野の濱木綿生ふるうらさびて人なみ/\に年ぞかさぬる
いその上ふるきすみかへ分けいれば庭の淺茅に露ぞこぼるゝ
とほくだすひたのおもてにひくしほは沈む心ぞ悲しかりける
ませにさく花にむつれてとぶ蝶の羨しきもはかなかりけり
うつりゆくいろをば知らず言の葉の名さへあだなる露草の花
風ふけばあだに成りゆく芭蕉葉のあればと身をも頼むべきよか
故郷のよもぎは宿のなになれば荒れゆく庭にまづしげるらむ
ふる郷は見しよにもなくあせにけりいづち昔の人行きにけむ
しぐるるは山めぐりする心かないつまでとのみ打ち萎れつゝ
はら/\と落つる涙ぞ哀なるたまらずものの悲しかるべし
何となくせりと聞くこそ哀なれつみけむ人のこゝろしられて
山人よ吉野のおくにしるべせよ花もたづねむまたおもひあり
わび人のなみだに似たる櫻かな風身にしめばまづこぼれつゝ
吉野山やがて出でじとおもふ身を花ちりなばと人や待つらむ
人も來ずこゝろもちらで山里は花を見るにもたよりありけり
風のおとに思おもふわが色そめて身にしみわたる秋の夕暮
我なれや風をわづらふ篠竹はおきふしもののこゝろぼそくて
來むよにもかゝる月をし見るべくば命ををしむ人なからまし
このよにてながめなれぬる月なれば迷はむ闇も照さゞらめや

八月つきの頃夜ふけて北白川へまかりけるよしある樣なる家の侍りけるに琴の音のしければ立ちどまりて聞きけりをり哀に秋風樂と申す樂なりけり底を見いれければ淺茅のつゆに月のやどれるけしき哀なり垣にそひたる荻の風身にしむらむとおぼえて申し入れてとほりけり

秋風のことに身にしむこよひかな月さへすめる宿のけしきに

泉のぬしかくれて跡傳へたる人の許にまかりて泉に向ひてふるきを思ふといふ事を人々よみけるに

すむ人の心くまるゝいづみかなむかしをいかに思ひ出づらむ

友にあひて昔を戀ふるといふことを

今よりはむかしがたりは心せむ怪しきまでにそでしをれけり

秋の末に寂然高野にまゐりて暮の秋によせておもひをのべけるに

なれ來にし都もうとくなり果てゝかなしさそふる秋の暮かな

あひ知りたりける人のみちのくにへまかりけるに別の歌よむとて

君いなば月まつとてもながめやらむあづまの方の夕暮のそら

大原に良暹が住みける所に人々まかりて述懷の歌よみて妻戸にかきつけける

大原やまだすみがまもならはずといひけむ人を今あらせばや

大覺寺の瀧殿の石ども閑院にうつされて跡もなくなりたりと聞きて見にまかりたりけるに赤染がいまにかゝりとよみけむ折おもひ出でられて哀とおぼえければ詠みける

今だにもかゝりといひし瀧つせのそのをりまでは昔なりけり

深夜水聲といふ事を高野にて人々よみけるに

まぎれつる窓の嵐のこゑとめてふくるとつぐる水の音かな

竹風驚夢

玉みがくつゆぞ枕にちりかゝるゆめおどろかす竹のあらしに

山寺の夕暮といふことを人々よみ侍りけるに

嶺おろす松のあらしの音にまたひゞきをそふるいりあひの鐘

夕暮山路

夕されや檜原のみねを越えゆけばすごくきこゆる山鳩のこゑ

海邊重旅宿といへる事を

なみちかき磯の松が根枕にてうらがなしきはこよひのみかは

俊惠天王寺にこもりて人々ぐして住吉にまゐりて歌よみけるにぐして

すみよしの松が根あらふ波のおとをこずゑにかくる沖つ白波

寂然高野に詣でて立ち歸りて大原よりつかはしける

へだてこしその年月もあるものをなごりおほかるみねの朝霧

かへし

したはれし名殘をこそはながめつれたち歸りにし嶺の朝霧

常よりも道たどらるゝほどに雪深かりける頃高野へまゐると聞きて中宮大夫のもとよりいつか都へは出づべきかゝる雪にはいかにと申したりければ返事に

雪わけてふかき山路にこもりなば年かへりてや君にあふべき

かへし 時忠卿

わけてゆく山路の雪はふかくともとく立ち歸れ年にたぐへて

山ごもりして侍りけるに年をこめて春に成りぬと聞きけるからに霞わたりの山川の音日ごろにも似ずきこえれば

かすめども年のうちとはわかぬまに春をつぐなる山川の水

年のうちに春立ちて雨のふりければ

春としもなほおもはれぬ心かな雨ふるとしのこゝちのみして

野に人あまた侍りける何をする人ぞと聞きければ菜摘むものなりとこたへけるに年のうちに立ちかはる春のしるしの若菜かさはとおもひて

年ははや月なみかけて越えにけりうべ摘みけらしゑぐの若立

春立つ日よみける

なにとなく春になりぬときく日より心にかゝるみよしのの山

正月元日雨ふりけるに

いつしかも初春雨ぞふりにける野べの若菜も生ひやしぬらむ

山ふかくすみ侍りけるに春立ちぬと聞きて

山路こそ雪の下みづとけざらめみやこのそらは春めきぬらむ

深山不知春といふ事を

雪わけて外山が谷のうぐひすはふもとの里に春やつぐらむ

嵯峨にまかりたりけるに雪ふりかゝりけるを見おきて出でし事など申しつかはすとて

覺つかな春の日數のふるまゝに嵯峨野の雪は消えやしぬらむ

かへし 靜忍法師

立ち歸り君やとひくとまつ程にまだ消えやらず野べのあは雪

鳴き絶えたりける鶯の住み侍りける谷に聲のしければ

思ひ出でてふる巣にかへる鶯は旅のねぐらや住みうかるらむ

春の月あかゝりけるに花まだしき櫻のえだを風のゆるがしけるを見て

月見ればかぜに櫻のえだなえて花かとつぐるこゝちこそすれ

國々めぐりまはりて春歸りて吉野の方へまからんとしけるに人のこの程はいづくにか跡とむべきと申しければ

花を見し昔の心あらためて吉野のさとにすまむとぞおもふ

みやたてと申しけるはした物の年高くなりてさまかへなどしてゆかりにつきて吉野に住み侍りけり思ひがけぬやうなれども供養をのべむ料にとてくだ物を高野の御山へつかはしけるに花と申すくだ物侍りけるを見て申しつかはしける

をりびつに花のくだ物つみてけり吉野の人のみやたてにして

かへし いやたて

心ざし深くはこべるみやたてをさとりひらけむ花にたぐへて

櫻に竝びて立てりける柳に花の散りかゝりけるを見て

吹きみだる風になびくと見しほどは花ぞむすべる青柳の糸

寂然紅葉のさかりに高野に詣でて出でにける又の年の花のをりに申しつかはしける

紅葉見し高野のみねの花ざかりたのめし人のまたるゝやなぞ

かへし 寂然

ともに見し嶺の紅葉のかひなれや花のをりにも思ひいでける

夏野へ參りけるに岩田と申す所に涼みて下向しける人につけて京へ同行に侍りける上人の許へ遣しける

松が根の岩田のきしの夕すゞみ君があれなとおもほゆるかな

葛城を尋ね侍りけるに折にもあらぬ紅葉の見えけるを何ぞと問ひければ正木なりと申すを聞きて

かづらきや正木の色はあきに似てよその梢のみどりなるかな

天王寺へまゐりたりけるに松に鷺の居たりけるを月のひかりに見て

庭よりも鷺ゐる松のこずゑにぞゆきはつもれるなつの夜の月

高野より出でたりけると覺堅阿闍梨きかぬさまなりければ菊を遣すとて

くみてなど心かよはゞとはざらむ出でたるものをきくの下水

かへし

谷深く住むかと思ひてとはぬまにうらみをむすぶ菊の下水

旅にまかりけるに入相を聞きて

思へたゞくれぬときゝし鐘の音は都にてだにかなしきものを

秋遠く修行し侍りける程にほど經ける所より侍從大納言成道のもとへつかはしける

嵐ふくみねの木の葉にともなひていづちうかるゝ心なるらむ

かへし

何となく落つる木の葉も吹く風に散りゆく方は知られやはせぬ

宮の法印高野にこもらせ給ひておぼろげにては出でじと思ふに修行せまほしき由かたらせ給ひけり千日はてゝ御嶽にまゐらせ給ひていひつかはしける

あくがれし心を道のしるべにて雲にともなふ身とぞ成りぬる

かへし

山の端に月すむまじと知られにき心のそらになると見しより

年頃申しなれたりける人にとほく修行するよし申して罷りたりける名殘おほくて立ちけるに紅葉のしたりけるを見せまほしくて待ちつるかひなくいかにと申しければ木のもとに立ちより詠みける

心をば深き紅葉の色にそめてわかれて行くや散るになるらむ

駿河の國久能の山寺にて月を見てよみける

涙のみ掻きくらさるゝ旅なれやさやかに見よと月はすめども

題知らず

身にもしみものあらげなるけしきさへ哀をせむる風の音かな
いかでかは音にこゝろのすまざらむ草木もなびく嵐なりけり
松風はいつもときはに身にしめどわきてさびしき夕ぐれの空

遠く修行に思ひ立ち侍りけるに遠行別といふことを人々まうできて詠み侍りしに

程ふればおなじ都の内だにもおぼつかなさは問はまほしきに

年久しく相頼みたりける同行にはなれて遠く修行して歸らずもやと思ひけるに何となく哀にて詠みける

さだめなしいく年君になれ/\て別をけふはおもふなるらむ

年頃きゝわたりける人に初めて對面申して歸る朝に

別るともなるゝ思をかさねまし過ぎにしかたの今宵なりせば

修行して伊勢にまかりたりけるに月の頃都おもひ出でられて詠みける

都にもたびなる月のかげをこそおなじ雲井のそらに見るらめ

そのかみ心ざし仕うまつりけるならひに世を遁れて後も賀茂に參りけり年高くなりて四國の方修行しけるに又歸りまゐらぬ事もやとて仁安二年十月十日の夜參りて幣まゐらせけり内へもまゐらぬ事なればたなうの社に取りつぎて參らせ給へとて心ざしけるに木の間の月ほの%\と常よりも神さび哀におぼえて詠みける

かしこまるしでに涙のかゝるかなまたいつかはと思ふ心に

播磨の書寫へまゐるとて野中の清水を見ける事ひとむかしに成りにける年へて後修行すとて通りけるに同じさまにてかはらざりければ

昔見し野中の清水かはらねばわがかげをもやおもひいづらむ

天王寺へまゐりけるに交野など申すわたり過ぎて見はるかされたる所の侍りけるを問ひければ天の川と申すを聞きて宿からむといひけむこと思ひ出されて詠みける

あくがれし天の河原ときくからに昔のなみのそでにかゝれる

四國の方へぐして罷りたりける同行の都へ歸りけるに

かへりゆく人のこゝろを思ふにもはなれがたきは都なりけり

ひとり見おきて歸りまかりなむずるこそ哀にいつか都へはかへるべきなど申しければ

柴の庵のしばし都へ歸らじとおもはむだにもあはれなるべし

旅の歌よみけるに

草枕たびなるそでにおく露をみやこの人やゆめに見るらむ
きこえつる都へだつる山さへにはては霞に消えにけるかな
わたの原はるかになみをへだて來て都にいでし月を見るかな
わたのはら波にもつきはかくれけり都の山をなにいとひけむ

西の國のかたへ修行してまかり侍るとてみづ野と申す所にぐしならひたる同行の侍りけるに親しきものの例ならぬこと侍るとてぐせざりければ

山城のみづのみ草につながれて駒ものうげに見ゆるたびかな

大峯のしんせんと申す所にて月を見て詠みけるを

深き山にすみける月を見ざりせば思出もなきわが身ならまし
嶺の上もおなじ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし
月すめば谷こそくもはしづむめれ嶺吹きはらふ風にしかれて

をばすての嶺と申す所の見わたされて思ひなしにや月ことに見えければ

姨捨は信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ

小池と申すすくにて

いかにして梢の隙をもとめえてこいけにこよひ月のすむらむ

さゝのすくにて

庵さす草のまくらにともなひてさゝのつゆにもやどる月かな

へいちと申す宿にて月を見けるに梢の露のたもとにかゝりければ

こずゑなる月もあはれをおもふべし光にぐして露のこぼるゝ

あづまやと申す所にて時雨の後月を見て

神無月時雨はるればあづまやのみねにぞ月はむねとすみける
かみな月たににぞ雲はしぐるめる月すむみねは秋にかはらで

ふるやと申す宿にて

神無月しぐれふるやにすむ月はくもらぬ影もたのまれぬかな

平等院の名かゝれる率塔婆に紅葉の散りかゝりける見て花より外のとありけむ人ぞかしとあはれに覺えて詠みける

哀とも花見しみねに名をとめて紅葉ぞけふはともに散りける

ちくさのたけにて

わけてゆく色のみならず梢さへちくさのたけは心そみけり

ありのと渡と申す所にて

さゝふかみきりこすくきを朝立ちてなびきわづらふ蟻の門渡

行者がへりちごのとまりにつゞきたる宿なり春の山伏はびやうぶだてと申す所をたひらかに過ぎむことをかたく思ひて行者ちごのとまりにても思ひ煩ふなるべし

屏風にや心を立てゝおもひけむ行者はかへりちごはとまりぬ

三重の瀧をがみけるに殊にたふとく覺えて三業の罪もすゝがるゝ心地してければ

身につもることばの罪もあらはれて心すみぬる三かさねの瀧

轉法輪の嶽と申す所にて釋迦の説法の座の石と申す所ををがみて

こゝこそは法とかれたる所よと聞く悟をもえつるけふかな

修行して遠くまかりけるをり人の思ひへだてたるやうなる事の侍りければ

よしさらば幾重ともなく山越えてやがても人に隔てられなむ

思はずなる事思ひたつよしきこえける人のもとへ高野よりいひつかはしける

しをりせでなほ山ふかく分けいらむうき事きかぬ所ありやと

しほ湯にまかりけるにぐしたりける人九月つもごりにさきへ上りければつかはしける人にかはりて

秋はくれ君は都へかへりなばあはれなるべきたびのそらかな

かへし 大宮の女房加賀

君をおきて立ちいづる空の露けさは秋さへくるゝ旅の悲しさ

鹽湯いでて京へ歸りまうで來て故郷の花霜がれにける哀なりけりいそぎ歸りし人のもとへまたかはりて

露おきし庭の小萩もかれにけりいづちみやこに秋とまるらむ

かへし おなじ人

慕ふ秋は露もとまらぬ都へとなどていそぎし舟出なるらむ

みちのくにへ修行してまかりけるに白川の關にとまりて所がらにや常よりも月おもしろく哀にて能因が秋風ぞふくと申しけむをりいつなりけむと思ひ出でられて名殘おほくおぼえければ關屋の柱に書きつけける

しらかはの關屋をつきのもるかげは人の心をとむるなりけり

さきにいりてしのぶと申すわたりあらぬ世のことにおぼえて哀なり都出でし日數思ひつゞけられて霞とともにと侍ることの跡たどるまで來にける心ひとつに思ひしられて詠みける

都いでてあふ坂こえしをりまでは心かすめししらかはのせき

武隈の松も昔になりたりけれども跡をだにとて見にまかりて詠みける

枯れにける松なき宿の武隈はみきといひてもかひなからまし

ふりたる棚橋を紅葉のうづみたりけるわたりにぐしてやすらはれて人に尋ねければおもはくのはしと申すはこれなりと申しけるを聞きて

ふまゝうき紅葉の錦ちりしきて人もかよはぬおもはくのはし

信夫の里よりおくに二日ばかりいりてあり下野國にて柴の煙を見てよみける

都近き小野おほ原をおもひいづるしばのけぶりの哀なるかな

名取川を渡りけるに岸の紅葉のかげを見て

名取川きしの紅葉のうつるかげはおなじ錦をそこにさへしく

十月十二日平泉にまかりつきたりけるに雪ふり嵐はげしく殊の外にあれたりけるいつしか衣川見まほしくて罷り向ひて見けり川の岸につきて衣川の城しまはしたる事柄やうかはりて物を見る心ちしけり汀こほりてとり分けさびければ

とりわきて心もしみてさえぞわたる衣川見にきたるけふしも

又の年の三月に出羽國にこえてたきの山と申す山寺に侍りける櫻の常よりも薄紅の色こき花にて竝み立てりけるを寺の人々も見興じければ

たぐひなきおもひいではのさくらかなうす紅の花のにほひは

おなじ旅にて

風あらき柴のいほりは常よりもねざめぞものは悲しかりける

明石に人をまちて日數へにけるに

何となく都のかたときく空はむつましくてぞながめられける

新院讚岐におはしましけるに便に付けて女房の許より

水莖のかきながすべきかたぞなき心のうちは汲みてしるらむ

かへし

ほどとほみかよふ心のゆくばかりなほかきながせ水莖のあと

又女房つかはしける

いとゞしくうきにつけても頼むかな契りし道のしるべ違ふな
かゝりける涙に沈む身のうさを君ならでまた誰かうかべむ

かへし

頼むらむしるべもいざやひとつ世の別にだにも迷ふこゝろは
流れ出づる涙に今日はしづむともうかばむ末を猶おもはなむ

遠く修行することありけるに菩薩院の前齋宮にまゐりたりけるに人々わかれの歌つかうまつりけるに

さりともとなほあふことを頼むかな死出の山路をこえぬ別は

同じ折壺の櫻の散りけるを見覺え侍ると申しける

この春は君に別のをしきかなはなのゆくへはおもひわすれて

かへしせよと承りて扇にかきてさしいでける 女房六角局

君がいなむ形見にすべき櫻さへなごりあらせず風さそふなり

西國へ修行してまかりける折小島と申す所に八幡のいはゝれ給ひたりけるに籠りたりけり年へて又その社を見けるに松どもの古木になりたりけるを見て

昔見しまつは老木になりにけりわが年へたるほども知られて

山里にまかりて侍りけるに竹の風の荻にまがひて聞えければ

竹の音も荻吹く風のすくなきに加へて聞けばやさしかりけり

世をのがれて嵯峨に住みける人のもとにまかりて後の世のことおこたらずつとむべきよし申して歸りけるに竹の柱をたてたりける見て

よゝふとも竹のはしらの一筋にたてたるふしはかはらざらなむ

題しらず

あはれたゞ草の庵のさびしきはかぜよりほかにとふ人ぞなき
哀なりより/\しらぬ野の末にかせぎを友に馴るゝすみかは

高野にこもりたる人を京より何事かまたいつか出づべきと申したる由聞きてその人にかはりて

山水のいつ出づべしとおもはねば心ぼそくてすむと知らずや

松のたえ間より僅に月のかげろひて見えけるを見て

かげうすみ松のたえまをもりきつゝ心ぼそくや三日月のそら

松の木のまより僅に月のかげろひけるを見て月をいたゞきて道をゆくといふ事を

くみてこそ心すむらめしづの女がいたゞく水にやどる月かげ

木蔭の納涼といふ事を人々よみけるに

けふもまた松の風ふく岡へゆかむ昨日すゞみし友にあふやと

入日影かくれけるまゝに月の窓にさしいりければ

さしきつる窓のいり日をあらためて光をかふるゆふ月夜かな

月蝕を題にて歌よみけるに

忌むと言ひて影にあたらぬ今宵しもわれて月見る名や立ちぬらむ

寂然入道大原に住みけるにつかはしける

大原は比良の高根のちかければ雪ふるほどをおもひこそやれ

かへし

思へたゞ都にてだにそでさえし比良のたかねの雪のけしきは

高野の奧の院の橋の上にて月あかゝりければもろともにながめあかしてその頃西住上人京へ出でにけりその夜の月忘れがたくて又おなじ橋の月の頃西住上人のもとへいひつかはしける

事となく君戀ひわたる橋の上にあらそふものは月のかげのみ

かへし 西住上入

思ひやる心は見えで橋の上にあらそひけりな月のかげのみ

忍西入道西山の麓に住みけるに秋の花いかに面白からむとゆかしうと申し遣しける返事に色々の花を折り集めて

鹿の音や心ならねばとまるらむさらでは野べを皆見するかな

かへし

鹿のたつ野べの錦のきりはしはのこりおほかる心ちこそすれ

人あまたして一人に隱してあらぬさまにいひなしける事の侍りけるを聞きてよめる

一筋にいかで杣木のそろひけむいつよりつくる心だくみに

陰陽頭に侍りけるものにある所のはしたもの物申しけりいと思ふやうにもなかりければ六月晦日につかはしけるにかはりて

我がためにつらき心を水無月の手づからやがて祓ひすてなむ

ゆかりありける人の新院の勘當なりけるをゆるし給ふべきよし申しいれたりける御返事に

最上川綱手ひくともいな舟のしばしがほどはいかりおろさむ

御返事奉りけり

つよくひく綱手と見せよ最上川そのいな舟のいかりをさめて

かく申したりければ許し給ひてけり

屏風の繪を人々よみけるに海のきはにをさなきいやしき者のある所を

いそなつむあまのさをとめ心せよ沖ふく風になみたかくなる

おなじ繪に苫のうちに人のねおどろきたる所に

いそによるなみに心のあらはれてねざめがちなる苫屋形かな

庚申の夜ぐしくはゝりて歌よみけるに古今後撰拾遺是を梅櫻山吹によせたる題をとりてよみける古今梅によす

くれなゐの色
[_]
[1]
こきむめを折る人の袖には深き香やとまるらむ

後撰さくらによす

春かぜのふきお
[_]
[2]
こせんに櫻花となりくるしくぬしやおもはむ

拾遺山吹によす

山吹の花咲く井手のさとこそはや
[_]
[3]
しうゐたりと思はざらなむ

ひまもなくふりくる雨の足よりも數かぎりなき君が御代かな
千代ふべき物をさながらあつむとも君が齢をしらむものかは
苔うづむゆるがぬ岩のふかき根は君が千歳をかためたるべし
むれ立ちて雲井にたづの聲すなり君がちとせや空に見ゆらむ
澤べより巣立はじむる鶴の子は松のしたにやうつりそむらむ
大海のしほ干て山になるまでに君はかはらね君にましませ
君が代のためしになにを思はましかはらぬ松の色なかりせば
君が代は天つ空なる星なれやかずもしられぬこゝちのみして
ひかりさす三笠の山のあさ日こそげに萬代のためしなりけれ
萬代のためしにひかむかめ山のすそ野のはらにしげる小松を
かずかくる波にしづえの色そめて神さびまさるすみの江の松
若葉さす平野の松はさらにまたえだに八千代の數をそふらむ
竹の色も君が緑にそめられていく世ともなくひさしかるべし

うまごまうけて悦びける人のもとへいひ遣しける

千代ふべき二葉の松の生ひさきを見る人いかに嬉しかるらむ

五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを子日にあたりける日をりびつに引き植ゑてつかはすとて

君がためごえふの子日しつるかな度々千代をふべきしるしに

たゞの松ひきそへてこの松の思ふ事申すべくなむとて

子日する野べのわれこそ主なるをごえふなしとて引く人のなき

世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありける人のさもなかりける事を思ひて清水に年越にこもりたりけるにつかはしける

この春はえだ/\ごとに榮ゆべし枯れたる木だに花は咲くめり

是もぐして

あはれびの深き誓にたのもしき清きながれの底くまれつゝ

八條院の宮と申しけるをり白河殿にて蟲合せられけるにかはりて蟲入りてとり出しける物に水に月のうたつりたるよしをつくりてその心を詠みける

ゆくすゑの名にやながれむ常よりも月すみわたる白川の水

内に貝合せむとせさせ給ひけるに人にかはりて

風たゝでなみををさむる浦々に小貝をむれてひろふなりけり
難波がた汐干にむれて出でたゝむしら洲の崎の小貝ひろひに
風ふけば花さくなみのをるたびにさくら貝よる三島江のうら
波あらふころものうらの袖貝をみぎはに風のたゝみおくかな
波かくるふきあけのはまの箔貝風もておろすいそにひろはむ
汐そむるますをの小貝拾ふとて色の濱とはいふにや有るらむ
波よする竹の泊のすゞめがひうれしき世にもあひにけるかな
波よするしらゝの濱のからす貝拾ひやすくもおもほゆるかな
かひありな君が御袖におほはれて心にあはぬことしなき世は

入道寂然大原に住み侍りけるに高野よりつかはしける

山ふかみさこそあらめときこえつゝおとあはれなる谷川の水
山ふかみ槇の葉わくる月影ははげしきもののすごきなりけり
山ふかみ窓のつれ%\といふものは色づきそむる櫨の立枝ぞ
山ふかみ苔のむしろのうへに居てなに心なく鳴くましらかな
山ふかみ岩にしたゝる水とめむかつ/\おつるとちひろふ程
山ふかみけぢかき鳥のおとはせでもの恐しきふくろふのこゑ
山ふかみこぐらき嶺の梢よりもの/\しくもわたるあらしか
山ふかみほだきるなりときこゑつゝ所にぎはふ斧のおとかな
山ふかみいりて見と見る物はみな哀もよほすけしきなるかな
山ふかみ馴るゝかせぎのけ近さに世に遠ざかる程ぞ知らるゝ

かへし 寂然

あはれさはかうやと君もおもひしれあき暮れがたの大原の里
ひとりすむおぼろの清水ともとてはつきをぞすます大原の里
炭がまのたなびくけぶりひとすぢにこゝろぼそきは大原の里
なにとなくつゆぞこぼるゝ秋の田のひたひきならす大原の里
水のおとはまくらにおつる心地してねざめがちなる大原の里
あだにふく草のいほりのあはれよりそでにつゆおく大原の里
山かぜにみねのさゝぐりはら/\とにはにおちしく大原の里
ますらをがつま木にあけびさしそへて暮るれば歸る大原の里
むぐらはふかどは木の葉にうづもれて人もさし來ぬ大原の里
もろともにあきも山路もふかければしかぞかなしき大原の里

神樂に星を

ふけて出づるみ山もみねのあか星は月待ちえたる心地こそすれ

承安元年六月一日院熊野へまゐらせ給ひけるついでに住吉に御幸ありけり修行しめぐりて三日の社に詣でたりけるにすみの江あたらししくたてたりけるを見て後三條院の御幸神も思ひいで給ふらむと覺えてよめる

絶えたりし君が御幸を待ちつけて神いかばかり嬉しかるらむ

松の下枝を洗ひけむ浪いにしへにかはらずやと覺えて

いにしへの松の下枝をあらひけむなみを心にかけてこそ見れ

齋院おはしまさぬころにて祭のかへさもなかりければ紫野をとほるとて

紫の花なきころの野べなれやかたまほりにてかけぬあふひは

北まつりの頃賀茂にまゐりたりけるにをりうれしくてまたるゝほどに使まゐりたりはし殿につきてついふし拜まるゝまではさることにて舞人のけしきふるまひ見し世の事ともおぼえず東遊に琴うつ陪從もなかりけりさこそすゑの世ならめ神いかに見給ふらむとはづかしき心地してよみ侍りける

神の代も變りにけりと見ゆるかなそのことわざのあらずなるにも

ふけゆくまゝに御手洗の音神さびてきこえければ

御手洗の流はいつもかはらぬを末にしなればあさましの世や

伊勢にまかりたりけるに太神宮にまゐりて詠みける

榊葉にこゝろをかけむ木綿しでて思へば神もほとけなりけり

齋院おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに人のうちへ入りければゆかしうおぼえてぐして見まはりけるにかくやありけむとあはれに覺えておりておはしますところへ宣旨の局のもとへ申しつかはしける

君すまぬ御うちはあれてありす川いむ姿をもうつしつるかな

かへし

思ひきやいみこし人のつてにして馴れし御うちをきかむ物とは

伊勢に齋王おはしまさで年へにけり齋宮木だちばかりさかと見えてつがきもなきやうになりけるを見て

いつかまた齋の宮のいつかれてしめのみうちに塵をはらはむ

世の中に大事出で來て新なあらぬさまにならせおはしまして御ぐしおろして仁和寺の北院におはしましけるに參りてけんげん阿闍梨出であひたり月あかくて詠みける

かゝるよに影も變らずすむ月を見る我が身さへ恨めしきかな

讚岐へおはしまして後歌といふことのよにいときこえざりければ寂然がもとへいひつかはしける

ことの葉の情絶えにし折ふしにありあふ身こそ悲しかりけれ

かへし 寂然

しきしまや絶えぬる道になく/\も君とのみこそ跡を忍ばめ

讚岐にて御心引きかへて後の世の事御つとめ隙なくせさせおはしますと聞きて女房の許へ申しける此文をかきて若人不嗔打似何修忍辱

世の中をそむく便やなからましうきをりふしに君があはずば

是もついでに具してまゐらせける

淺ましやいかなる故の報にてかゝる事しもある世なるらむ
ながらへて終に住むべき都かはこの世はよしやとてもかくても
幻の夢をうつゝに見る人は目もあはせでやよをあかすらむ

かくて後人のまゐりけるに

その日よりおつる涙をかたみにておもひ忘るゝ時のまぞなき

かへし 女房

めの前にかはり果てにし世のうきに涙を君もながしけるかな
松山のなみだは海にふかくなりて蓮の池に入れよとぞおもふ
波のたつ心の水を沈めつゝ咲かむはちすをいまは待つかな

老人述懷といふ事を人々よみけるに

山ふかみつゑにすがりている人 の心のそこのはづかしきかな

左京大夫俊成歌あつめらるゝと聞きて歌つかはすとて

花ならぬ言の葉なれどおのづから色もやあると君ひろはなむ

かへし 俊成

世をすてゝいりにし道の言の葉ぞ哀もふかきいろは見えける

戀百十首

思ひあまりいひいでてこそ池水のふかき心の色は知られめ
なき名こそ飾磨の市に立ちにけれまだあひそめぬ戀する物を
つゝめども涙の色にあらはれてしのぶおもひは袖よりぞちる
わりなしや我も人目をつゝむまに強ひてもいはぬ心づくしは
なか/\に忍ぶけしきやしるからむかゝる思に習ひなき身は
氣色をばあやめて人の咎むとも打ち任せてはいはじとぞ思ふ
心にはしのぶとおもふかひもなくしるきはこひの涙なりけり
色に出でていつより物は思ふぞと問ふ人あらばいかゞ答へむ
逢ふ事のなくて止みぬる物ならば今見よ世にもありやはつると
うき身とて忍ばゝ戀の忍ばれて人の名たてになりもこそすれ
みさをなる涙なりせば唐ころもかけても人に知られましやは
歎き餘り筆のすさびに盡せども思ふばかりはかゝれざりけり
我が歎く心のうちのくるしきをなにとたとへて君にしられむ
今はたゞしのぶ心ぞつゝまれぬなげかば人やおもひしるとて
心にはふかくしめども梅の花をらぬにほひはかひなかりけり
さりとよとほのかに人を見つれども覺めぬは夢の心地こそすれ
消えかへり暮まつ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども
いかにせむその五月雨の名殘よりやがてをやまぬそでの雫を
さるほどの契はなににありながら行かぬ心のくるしきやなぞ
今はさは覺めぬを夢になし果てゝ人に語らでやみねとぞ思ふ
折る人の手にはたまらでうめの花誰が移香にならむとすらむ
轉寐の夢をいとひし床の上の今朝いかばかり起きうかるらむ
ひきかへて嬉しかるらむ心にもうかりしことを忘れざらなむ
棚機はあふをうれしとおもふらむ我れは別のうきこよひかな
同じくは咲き初めしよりしめおきて人に折られぬ花と思はむ
朝露にぬれにし袖をほす程にやがて夕だつわが涙かな
待ちかねて夢に見ゆやとまどろめばねざめすゝむる荻の上風
つゝめども人しるこひや大井川ゐぜきのひまをくゞるしら波
あふまでの命もがなとおもひしはくやしかりけるわが心かな
今よりはあはでものをば思ふとも後うき人に身をばまかせじ
いつかはと答へむ事もねたきかな思もしらず恨みきかせよ
袖の上の人目しられしをりまではみさをなりけるわが涙かな
あやにくに人めもしらぬ涙かなたえぬこゝろに忍ぶかひなく
荻の音はものおもふ我に何なればこぼるゝ露に袖のしをるゝ
草しげみさはにぬはれてふす鴫のいかによそたつひとの心ぞ
哀とて人の心のなさけあれなかずならぬにはよらぬなさけを
いかにせむうき名をよゝにたて果てゝ思もしらぬ人のこゝろを
忘られむことをかさねて思ひにきなどおどろかす涙なるらむ
問れぬもとはぬ心のつれなさもうきはかはらぬ心地こそすれ
つらからむ人故身をば恨みじと思ひしかどもかなはざりけり
今さらになにかは人もとがむべきはじめてぬるゝ袂ならねば
わりなしな袖になげきのみつまゝに命をのみも厭ふこゝろは
いろふかき涙の川のみなかみは人をわすれぬこゝろなりけり
待ちかねてひとりはふせど敷妙の枕ならぶるあらましぞする
とへかしななさけは人の身の爲をうきものとても心やはある
言の葉の霜枯にしにおもひにき露のなさけもかゝらましかば
夜もすがらうらみを袖にたゝふれば枕に波のおとぞきこゆる
ながらへて人のまことを見るべきに戀に命のたへむものかは
頼めおきしそのいひ事やあだになりし波こえぬべき末の松山
河の瀬によに消えぬべきうたかたの命をなぞや君がたのむる
かりそめにおく露とこそ思ひしかあきにあひぬるわが袂かな
おのづからありへばとこそ思ひつれ頼みなくなる我が命かな
身をも厭ひ人のつらさも歎かれて思ひ數ある頃にもあるかな
菅の根の長くものをば思はじとたむけし神にいのりしものを
打ちとけてまどろまばやと唐衣よな/\返すかひもあるべき
我がつらき事をやなさむおのづから人目をおもふ心ありやと
言とへばもてはなれたるけしきかなうらゝかなれや人の心の
もの思ふ袖になげきのたけ見えてしのぶ知らぬは涙なりけり
草の葉にあらぬたもとにものおもへば袖に露おく秋の夕ぐれ
あふことのなき病にて戀ひしなばさすがに人や哀とおもはむ
いかにぞやいひやりたりし方もなくものを思ひて過ぐる頃かな
我ばかりもの思ふ人や又もあると唐土までも尋ねてしがな
君に我いかばかりなる契ありてまなくもものを思ひそめけむ
さらぬだにもとの思のたゝぬまになげきを人のそふるなりけり
我のみぞ我が心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても
恨みじとおもふ我さへつらきかなとはで過ぎぬる心づよさを
いつとなきおもひは不二の煙にておきふすとこやうき島が原
これもみな昔の事といひながらなどもの思ふちぎりなりけむ
などか我つらき人ゆゑものを思ふ契をしもはむすびおきけむ
紅にあらぬたもとの濃き色はこがれてものをおもふなみだか
せきかねてさはとてながす瀧つ瀬にわくしら玉は涙なりけり
歎かじとつゝみし頃は涙だにうちまかせたるこゝちやはせし
ながめこそうき身の癖となり果てゝ夕暮ならぬ折もわかれぬ
今はわれ戀せむ人をとぶらはむ世にうき事と思ひ知られぬ
思へども思ふかひこそなかりけれおもひも知らぬ人を思へば
あやひねるさゝめのこみの衣にきむ涙の雨をしのぎがてらに
なぞもかくこと新しく人のとふわがもの思はふりにしものを
しなばやななに思ふらむ後の世も戀はよにうき事とこそ聞け
わりなしやいつをおもひの果にして月日を送る我が身なるらむ
いとほしやさらば心のをまなびてたまぎれらるゝ戀もするかな
君慕ふ心のうちはちごめきてなみだもろにもなるわが身かな
なつかしき君が心のいろをいかで露もちらさで袖につゝまむ
幾程もながらふまじき世の中にものを思はでふるよしもがな
いつかわが塵つむ床を拂ひあけて來むと頼めむ人を待つべき
よだけたつ袖にたぐへてしのぶかな袂の瀧に落つるなみだを
うきによりつひに朽ちぬるわが袖を心づくしになに忍びけむ
心から心にものをおもはせて身をくるしむるわが身なりけり
ひとり著て我が身にまとふ唐衣しほ/\とこそなき濡さるれ
いひ立ててうらみばいかにつらからむ思へばうしや人の心は
なげかるゝ心の中のくるしさを人のしらばやきみにかたらむ
人知れぬなみだに咽ぶ夕暮はひきかつぎてぞうちふされける
おもひきやかゝる戀路に入り初めてよぐ方もなき歎せむとは
あやふさに人目ぞつねによがれける岩のかどふむほきの崖道
知らざりき身に餘りたるなげきして隙なく袖を絞るべしとは
吹く風に露もたまらぬ葛の葉のうらがへれとは君をこそ思へ
我からと藻にすむ蟲の名にしおへば人をば更に恨みやはする
むなしくてやみぬべきかな空蝉の此身からにて思ふなげきは
包めども袖より外にこぼれ出でてうしろめたきは涙なりけり
わがなみだうたがはれぬる心かな故なく袖のしをるべきかは
さる事のあるべきかはと忍ばれて心いつまでみさをなるらむ
とりのくし思ひもかけぬ露はらひあなくしたるのわが心かな
君にそむ心の色のふかさにはにほひもさらに見えぬなりけり
さもこそは人目思はずなりはてめあなさまにくの袖の氣色や
かつすゝぐ澤の小芹の根を白みきよげにものを思はするかな
いかさまに思ひ續けてうらみまし一重につらき君ならなくに
恨みても慰めてましなか/\につらくて人のあはぬと思へば
うちたえて君にあふ人いかなれやわが身も同じ世にこそはふれ
とにかくに厭はまほしき世なれども君がすむにも引かれぬるかな
何事につけてか世をばいとはましうかりし人ぞ今はうれしき
逢ふとみし其夜の夢のさめであれな長き眠はうかるべけれど

この歌題もまた人にかはりたることゞももありけれどかゝずこの うたども山里なる人の語るにしたがひて書きたるなりさればひがごとどもや昔今の事 取りあつめたればときをりふしたがひたることどもも此の集を見て返しけるに

院少納言の局

まきごとに玉のこゑせし玉章のたぐひは又もありけるものを

かへし

よしさらば光なくとも玉といひて詞のちりは君みがかなむ

讃岐にまうでて松山と申す所に院おはしけむ御跡尋ねけれどもか たもなかりければ

松山の波にながれてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな
松山の波のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり

白峯と申す所に御墓の侍りけるにまゐりて

よしや君むかしの玉の床とてもかゝらむのちは何にかはせむ

おなじ國に大師のおはしましける御あたりの山に庵むすびて住み けるに月いとあかくて海の方くもりなく見え侍りければ

くもりなき山にて海の月見れば島ぞこほりの絶間なりける

住みけるまゝに庵いとあはれに覺えて

今よりは厭はじ命あればこそかゝるすまひのあはれをも知れ

庵の前に松のたてりけるを見て

ひさにへてわが後の世をとへよ松跡したふべき人もなき身ぞ
こゝをまた我すみうくてうかれなば松は獨にならむとすらむ

雪のふりけるに

松の下は雪ふるをりのいろなれや皆しろたへに見ゆる山路に
雪つみて木もわかずさく花なれば常磐の松も見えぬなりけり
花と見るこずゑの雪に月さえてたとへむ方もなきこゝちする
まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける
折しもあれ嬉しく雪のうづむかな來こもりなむと思ふ山路を
なか/\に谷の細道うづめゆきありとて人のかよふべきかは
谷の庵に玉の簾をかけましやすがるたるひののきを閉ぢずば

花まゐらせける折しも折敷に霰のふりかゝりければ

しきみおくあかの折敷にふちなくばなにに霰の玉とならまし

大師のうまれさせ給ひたる所とてめぐりしまはしてそのしるしの 松たてりけるを見て

哀なり同じ野山にたてる木のかゝるしるしのちぎりありけり
岩にせくあか井の水のわりなきはこゝろすめとも宿る月かな

又ある本に曼陀羅寺の行道どころへのぼるは世の大事にて手をた てたるやうなり大師の御經かきてうづませおはしましたる山の嶺なりはうの卒塔婆一 丈ばかりなる壇つきてたてられたりそれへ日毎にのぼらせおはしまして行道しおはし ましけると申し傳へたりめぐり行道すべきやうにだんも二重につきまはされたりのぼ るほどのあやふさことに大事なりかまへてはひまはりつきて

めぐりあはむことの契ぞたのもしききびしき山のちかひ見るにも

やがてそれが上は大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたる 嶺なりわかはいしさとうの山をば申すなりその邊の人はわかいしとぞ申しならひたる 山文字をばすてて申さず又筆の山ともなづけたり遠くて見れば筆に似てまろ/\と山 の嶺のさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり行道ところよりかまへて かきつき登りて嶺に參りたれば師にあはせおはしましたる所のしるしに塔をたておは しましたりけり塔の礎はかりなく大きなり高野の大塔ばかりなりける塔の跡と見ゆ苔 は深く埋みたれども石おほきにしてあらはに見ゆ筆の山と申す名につきて

ふでの山にかき登りても見つるかな苔の下なる岩のけしきを

善通寺の大師の御影にはそばにさしあげて大師の御師かきぐせら れたりき大師の御手などもおはしましき四の門のがく少々われておほかたはたがはず して侍りき末にこそいかゞなりけむずらむとおぼつかなくおぼえ侍りしか
備前の國に小島と申す島に渡りけるにあみと申す物をとる所はおの/\われ/\しめて長き竿に袋をつけて渡すなりその竿のたてはじめをば一のさをとぞ名づけたる中に年たかきあま人のたてそむるなりたつるとて申すなる詞きゝ侍りしこそ涙こぼれて申すばかりなく覺えて詠みける

たてそむるあみとる浦の初竿はつみの中にもすぐれたるかな

ひゝしぶかはと申す方へまかりて四國の方へ渡らしむとしけるに 風あしくて程經けりしぶ川の浦田と申す所に幼なき者どものあまた物を拾ひけるを問ひければつみと申す物ひろふなりと申しけると聞きて

おり立ちてうらたに拾ふ蜑の子はつみよりつみを習ふなりけり

まなべと申す島に京よりあき人どものくだりてやう/\のつみの 物どもあきなひて又しばくの島に渡りてあきなはむずるよし申しけるを聞きて

まなべよりしばくへ通ふ商人はつみをかひにて渡るなりけり

串にさしたる物をあきなひけるをなにぞと問ひければはまぐりを 干して侍るなりと申しけるを聞きて

同じくばかきをぞさして干しもすべき蛤よりは名も便あり

うしまどの追門に海人のいでいりてさだえと申す物をとりて舟に 入れぐしけるを見て

さだえすむせとの岩つぼ求め出でていそしき蜑の氣色なるかな

沖なる岩につきて海人どものあはびとりける所にて

岩の根にかたおもむきも波うきてあはびをかづくあまの村君

題しらず

こだひひく網のうけ繩よりめぐりうきしわざある鹽崎のうら
かすみしく波のはつ花をりかけてさくら鯛つるおきの海人舟
蜑人のいそしくかへるひじきものはこにし蛤がうなしたゞみ
磯菜つまむと思ひはじむるわかふのりみるめきはさひしきこゝろ ふと

伊勢のたふしと申す島には小石の白のかぎり侍る濱にて黒はひと つもまじらずむかひてすがしまと申すは黒かぎり侍るなり

すがしまやたふしの小石わけかへて黒白まぜようらのはま風
さぎしまの小石の白をたか浪のたふしのはまにうちよせてける
からすざきの濱の小石と思ふかな白もまじらぬすがじまの黒
あはせばやさぎを鳥と碁をうたばたふしすがじまくろ白の濱

伊勢の二見の浦にさるやうなる女の童どもの集まりてわざとの事 とおぼしくはまぐりをとりあつめけるをいふかひなきあま人こそあらめうたてきこと なりと申しければ貝合に京より人の申させ給ひたればえりつゝとるなりと申しけるに

今ぞ知る二見の浦のはまぐりを貝あはせとておほふなりけり

石子へわたりけるに井かひと申すはまぐりにあこやのむねと侍る なりそれをとりたるからを高くつみおきたりけるを見て

あこやとる井貝のからを積みおきて寶の跡を見するなりけり

沖のかたより風のあしきとてかつをと申す魚つりける船どものか へりけるを見て

いらこ崎にかつを釣り舟竝び浮きてはかちの浪に浮びてぞよる

ふたつおりける鷹のいらこわたりすると申しけるがひとつのたか はとゞおまりて木のすゑにかゝりて侍ると申しけるを聞きて

すたかわたるいらこが崎をうたがひて猶きにかかる山歸かな
はし鷹のすゞろかさでもふるさせて据ゑたる人のありがたの世や

宇治川をくだりける舟のかなつきと申すものをもて鯉のくだるを つきけるを見て

宇治川の早瀬おちまふれふ舟のかづきにちがふこひのむらまけ
こばえつどふ沼の入江の藻の下は人つけおかぬふしにぞありける
たねつくるつぼ井の水のひくすゑにえふなあつまる落合のはた
しらなはに小鮎ひかれて下る瀬にもちまうけたるこめのしき網
見るも憂きは鵜繩に遁るいろくづをのがらかさでもしたむもち網
秋風にすゞきつり舟はしるめりうのひとはしの名殘したひて

新宮より伊勢の方へまかりけるにみきしまにふれの沙汰しける浦 人の黒き髮はひとすぢもなかりけるを呼びよせて

年へたるうらのあま人こととはむ浪をかづきて幾世すぎにき
黒髮は過ぐると見えし白波をかづきはてたる身には知るあま

小鳥どもの歌よみける中に

聲せずといろこくなるとおもはまし柳のめはむひはのむら鳥
桃園の花にまがへるてりうそのむらだつをりはちる心地する
ならび居て友をはなれぬこがらめのねぐらにたのむ椎の下枝

月の夜賀茂にまゐりてよみ侍りける

月のすむみをやがはらに霜さえて千鳥とほだつ聲きこゆなり

熊野へ參りけるに七越の嶺の月を見て詠みける

立ちのぼる月のあたりに雲きえて光かさぬるなゝこしのみね

讚岐の國へまかりてみのつと申す津につきて月のあかくてひゞの ても通はぬほどに遠く見えわたりたりけるに水鳥のひゞのてにつきてとび渡りけるを

しき渡す月のこほりをうたがひてひゞのてまはるあぢの村鳥
いかでわが心の雲にちりすべき見るかひありて月をながめむ
詠めをりて月の影にぞよをば見るすむもすまぬもさなりけりとは
雲晴れて身にうれひなき人のみぞさやかに月の影は見るべき
さのみやは袂に影をやどすべきよはしこゝろに月なながめそ
月にはぢてさし出でられぬ心かなながむる袖に影のやどれば
心をば見る人ごとにくるしめてなにかは月のとりどころなる
露けさはうき身の袖のくせなるを月見る咎におほせつるかな
ながめきて月いかばかり忍ばれむこのよし雲の外になりなば
いつかわれこのよの空をへだたらむあはれ/\と月を思ひて
露もありつかへす%\も思も出でてひとりぞ見つる朝顏の花
ひときれは都を捨てゝ出づれどもめぐりて花をきそのかけ橋
捨てたれど隱れてすまぬ人になれば猶世にあるに似たるなりけり
世の中をすてゝ捨てえぬ心地して都はなれぬわが身なりけり
すてし折の心をさらにあらためて見るよの人に別れ果てなむ
思へ心人のあらばや世にも恥ぢむさりとてやはと諌むばかりぞ
呉竹の節しげからぬよなりせばこの君はとてさし出でなまし
あしよしを思ひわくこそ苦しけれ只あらるればあられける身を
深くいるは月ゆゑとしもなき物をうき世忍ばむみ吉野の山

嵯峨野の見し世にもかはりてあらぬやうになりて人いなむとした りけるを見て

この里やさがのみかりの跡ならむ野山も果はあせかはりけり

大覺寺の金岡がたてたる石を見て

庭の岩に目立つる人もなからましかどある樣に建てしおかねば

瀧のわたりの木立あらぬことになりて松ばかりなみたちたりける を見て

ながれ見しきしの木立もあせはてゝ松のみこそは昔なるらめ

龍門にまゐるとて

瀬を早みみやたき川をわたり行けば心の底のすむこゝちする
おもひ出でて誰かはとめてわけも來むいる山道の露の深さを
くれ竹の今いくよかはおきふして庵の窓をあけおろすべき
そのすぢにいりなば心なにしかも人め思ひて世につゝむらむ
みどりなる松にかさなる白雪は柳のきぬを山におほつる
さかりならぬ木もなく花の咲きにけり思へば雪をわくる山道
波と見ゆる雪をわけてぞこぎ渡る木曾の棧そこも見えねば
みなづるは澤の氷のかゞみにて千年のかげをもてやなすらむ
澤もとけずつめど籠にとゞまらでめにもたまらぬゑぐの草莖
君がすむきしの岩より出づる水のたえぬ末をぞ人もくみける
たしろ見ゆる池の堤のかさそへて湛ふる水や春の夜のため
庭にながす清水の末をせきとめて門田養ふ頃にもあるかな
伏見すぎぬ岡のやになほとゞまらじ日野までゆきて駒試みむ
秋のいろは風ぞ野もせにしきりたつ時雨はおとを袂にぞきく
しぐれそむる花園山にあきくれて錦のいろもあらたむるかな

伊勢のいそのへちの錦の島に磯曲の紅葉のちりけるを見て

浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに錦の嶋といふにやあるらむ

陸奧國に平泉にむかひてたわしのねと申す山の侍るにこと木は少 なきやうに櫻のかぎり見えて花の咲きたるを見て詠める

きゝもせずたわしね山の櫻花よしののほかにかゝるべしとは
おくになほ人見ぬはなの散らぬあれやたづねをいらむ山郭公
つばなぬく北野の茅原あせゆけば心すみれぞ生ひかはりける

れいならぬ人の大事なりけるが四月に梨の花の咲きたりけるを見 て梨のほしきよしをねがひけるにもしやと人に尋ねければ枯れたるかしはに包みたる なしを唯一つ遣してこればかりなど申したる返事に

花の折柏に包むしなのなしはひとつなれどもありの實と見ゆ

讚岐の位に座しける折御幸の鈴のろうを聞きて詠みける

ふりにける君がみゆきの鈴のろうはいかなるよにもたえず聞えむ

日のいるつゞみの如し

波のうつ音を鼓にまがふればいり日のかげのうちてゆらるゝ

題しらず

山里の人もこずゑのまつがうれに哀にきゐるほとゝぎすかな
竝べける心はわれかほとゝぎす君まちえたるよひのまくらに

筑紫にはらかと申すいをのつりをば十月一日に おろすなり師走に引きあげて京へはのぼせ侍りそのつりの繩はるかに遠くひきわたし てとほる船のこの繩にあたりぬるをばかこちかゝりてかうけかましく申してむつかし く侍るなりその心を詠める

腹かつるおほわた崎のうけ繩に心かけつゝすぎむとぞおもふ
伊勢島やいるゝつきてすまふ波にけこと覺ゆるいりとりの蜑
磯菜つみて波かけられて過ぎにける鰐の住みける大磯の根を

百首

花十首

よしの山花のちりにし木のもとにとめし心はわれをまつらむ
吉野山たかねのさくら咲きそめばかゝらむものか花のうす雲
人はみな吉野の山へいりぬめりみやこの花にわれはとまらむ
たづねいる人には見せじ山櫻われとふ花にあはむとおもへば
山ざくら咲きぬと聞きて見にゆかむ人をあらそふ心とゞめて
山ざくら程なく見ゆるにほひかなさかりを人にまたれ/\て
花の雪の庭につもるとあとつけじ門なき宿といひちらさせて
ながめつるあしたの雨のにはのおもに花の雪しく春のゆふ暮
よしの山ふもとのたきにながす花やみねにつもりし雪の下水
根にかへる花をおくりて吉野山夏のさかひにいりて出でぬる

郭公十首

なかむ聲や散りぬる花のなごりなるやがてまたるゝ郭公かな
春くれてこゑにはなさく郭公たづぬることもまつもかはらぬ
きかでまつ人思ひ知れほとゝぎす聞きても人は猶ぞまつめる
所からきゝがたきかと郭公さとをかへても待たむとぞ思ふ
初聲をきゝてののちはほとゝぎすまつも心のたのもしきかな
五月雨のはれまたづねて郭公くもゐにつたふ聲きこゆなり
郭公なべてきくには似ざりけりふかき山邊のあかつきのこゑ
時鳥ふかき山邊にすむかひはこずゑにつゞくこゑを聞くなり
よるの床をなきうかされむ時鳥もの思ふ袖をとひにきたらば
時鳥つきのかたぶく山の端にいでつるこゑのかへりいるかな

月十首

伊勢島や月の光のさびるうらは明石には似ぬかげぞすみける
池みづにそこきよくすむ月かげはなみに氷をしきわたすかな
月を見てあかしの浦を出づる舟は波のよるとや思はざるらむ
はなれたる白良のはまのおきの石をくだかであらふ月の白波
思ひとけば千里の影もかずならずいたらぬ隈も月はあらせじ
大かたの秋をば月につゝませて吹きほころばす風のおとかな
なにごとかこの世に經たる思出をとへかし人に月を教へむ
おもひ知るをよには隈なき影ならずわが目にくもる月の光は
うき世とも思ひとほさじおしかへし月のすみける久方のそら
月の夜や友とをなりていづくにも人しらざらむすみか教へよ

雪十首

しがらきの杣のおほぢはとゞめてよはつ雪ふりぬむその山人
いそがずば雪にわが身や留められて山邊の里に春をまたまし
あはれ知りてたれかわけ來む山里の雪ふりうづむ庭のゆふ暮
湊川とまに雪ふくともぶねはむやひつゝこそ夜をあかしけれ
筏士のなみのしづむと見えつるは雪をつみつゝ下すなりけり
たまりをる梢のゆきの春ならば山ざといかにもてなされまし
大原はせれうを雪の道にあけてよもには人もかよはざりけり
晴れやらで二むら山に立つ雲は比良の吹雪の名殘なりけり
雪しのぐ庵のつまをさしそへてあととめてこむ人をとゞめむ
くやしくも雪のみ山へわけいらで麓にのみもとしをつみける

戀十首

古き妹が園に植ゑたる唐なづな誰なづさへとおぼし立つらむ
紅のよそなる色は知られねばふくにこそまづ染めはじめけれ
さま%\の歎を身には積みおきていつしめるべき思なるらむ
君をいかに細に結へるしげめゆひ立ちも離れず並びつゝみむ
こひすともみさをに人にいはればや身にしたがはぬ心やはある
思ひ出でよ三津の濱松よそたつる志賀のうらなみたゝむ袂を
うとくなるひとは心のかはるともわれとは人に心おかれじ
月をうしと眺めながらも思ふかなその夜ばかりの影とやは見し
我はたゞかへさでを著むさよ衣きてねしことを思ひ出でつゝ
川風に千鳥なくらむ冬の夜はわがおもひにてありけるものを

述懷十首(一首不足)

いざさらば盛思ふもほどもあらじはこやが嶺の春にむつれて
山深く心はかねておくりてき身こそうき身を出でやらねども
月にいかで昔の事をかたらせて影にそひつゝ立ちもはなれむ
うき世とし思はでも身の過ぎにけり月の影にもなづさはりつゝ
雲につきてうかれのみ行く心をば山にかけてをとめむとぞ思ふ
捨てゝ後はまぎれし方は覺えぬを心のみをばよにあらせける
ちりつかでゆがめる道を直くなしてゆく/\人をよにつかむとや
はとしまんと思ひも見えぬよにしあれば末にさこそは大幣の空
ふりにける心こそなほ哀なれおよばぬ身にも世をおもはする

無常十首

はかなしな千年おもひし昔をも夢のうちにて過ぎにける世は
蜘蛛の絲につらぬく露の玉をかけて飾れる世にこそありけれ
現をもうつゝとさらに思はねば夢をもゆめとなにかおもはむ
さらぬことも跡方なきを分きてなど露をあだにもいひもおきけむ
燈火のかゝげぢからもなくなりてとまる光をまつわが身かな
水ひたる池にうるほふしたゝりを命にたのむいろくづやたれ
みぎは近くひきよせらるゝ大網にいくせのものの命こもれり
うら/\と死なむずるなと思ひ解けば心のやがてさぞと答ふる
いひ捨てゝ後のゆくへを思ひはてばさてさはいかに浦島の箱
世の中になくなる人をきくたびにおもひはしるを愚なる身に

神祇十首

神樂二首

めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあか星の影
名殘いかにかへす%\もをしからむそのこまにたつ神樂舎人は

賀茂二首

御手洗にわかなすゝぎて宮人のまてにさゝげてみとひらくなり
長月の力あはせにかちにけりわがかたをかをつよくたのみて

男山一首

けふの駒はみつのさそふをおひてこそ敵をらちにかけて通らめ

放生會

みこしをさの聲さきだてゝ下りますおとかしこまる神の宮人

熊野二首

み熊野の空しき事はあらじかしむしたれいたの運ぶあゆみは
あらたなる熊野詣のしるしをばこほりのこりにうべきなりけり

御裳裾二首

初春をくまなくてらす影を見て月にまづ知るみもすそのきし
みもすその岸のいは根によをこめてかためたてたる宮柱かな

釋教十首

きりきわうの夢の中に三首

まどひてし心をたれも忘れつゝひかへらるなる事のうきかな
ひき/\にわがめでつるとおもひける人の心やせばまくの衣
すゑの世の人の心をみがくべき玉をもちりにまぜてけるかな

無量義經三首

悟ひろきこの法をまづときおきて二つなしとはいひきはめけり
山櫻つぼみはじむる花の枝にはるをばこめてかすむなりけり
身につきて燃ゆる思の消えましや涼しき風のあふがざりせば

千手經三首

花まではみに似ざるべし朽ち果てゝ枝もなき木の根をな枯しそ
誓ありて願はむ國へゆくべくばにしの言葉にふさねたるかな
さま%\にたな心なる誓をばなもの言葉にふさねたるかな

又一首この心を
楊梅の春を匂はへんきちの功徳なり紫蘭の秋の色は普賢菩薩の眞相なり

野べのいろも春の匂も押しなべて心そめたるさとりにぞなる

雜十首

澤のおもにふせたるたづの一聲におどろかされて千鳥鳴くなり
ともになりて同じ湊を出づる舟の行方も知らずこぎ別れぬる
瀧おつる吉野のおくのみやがはの昔を見けむあとしたはばや
わが園の岡べにたてるひとつ松を友とみつゝ老いにけるかな
さま%\のあはれありつる山里を人につたへて秋の暮れける
山賤のすみぬと見ゆるわたりかな冬にあせゆくしづはらの里
やまざとの心の夢にまどひをれば吹きしらまかす風の音かな
月をこそながめば心うかれ出でめ闇なる空にたゞよふやなぞ
波たかき芦屋の沖を歸る船のことなくて世を過ぎむとぞ思ふ
蜘蛛のいと世をかくて過ぎにける人の人なる手にもかゝらで
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[1] In the copy-text of this poem, a circle is displayed to the right of each of the characters こ, き, and む.
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[2] In the copy-text of this poem, a circle is displayed to the right of each of the characters こ, せ, and ん.
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[3] In the copy-text of this poem, a circle is displayed to the right of each of the characters し, う, and ゐ.