University of Virginia Library

題しらず

木枯に木の葉のおつる山里はなみださへこそもろくなりけれ
嶺わたるあらしはげしき山ざとにそへてきこゆる瀧川のみづ
とふ人も思ひたえたる山里のさびしさなくば住みうからまし
曉のあらしにたぐふかねのおとを心のそこにこたへてぞ聞く
待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらばきかむすとらむ
松風のおとあはれなる山里にさびしさそふる日ぐらしのこゑ
谷の間にひとりぞ松はたてりけるわれのみ友はなきと思へば
入日さす山のあなたは知らねども心をぞかねておくり置きつる
何となく汲むたびにすむ心かな岩井のみづにかげうつしつゝ
水のおとはさびしき庵のともなれやみねの嵐のたえま/\に
嵐ふくみねの木の間をわけ來つるたにの清水にやどる月かげ
鶉ふすかり田のひつち思ひ出でてほのかにてらす三日月の影
濁るべき岩井の水にあらねども汲まば宿れる月やさわがむ
ひとりすむいほりに月のさしこずば何か山邊の友とならまし
尋ね來てこととふ人もなき宿に木の間の月のかげぞさしいる
柴の庵はすみうきこともあらましを伴ふ月の影なかりせば
影きえて端山の月はもりもこずたにはこずゑの雪と見えつゝ
雲にたゞ今宵の月をまかせてむ厭ふとてしもはれぬものゆゑ
月を見る外もさこそはいとふらめ雲たゞこゝの空にたゞよへ
晴間なく雲こそ空にみちにけれ月見ることはおもひたゝなむ
濡るれども雨もる宿のうれしきはいり來む月を思ふなりけり
わけいりて誰かは人のたづぬべきいはかげ草のしげる山路を
山里は谷のかけひのたえ%\に水こひどりのこゑきこゆなり
つがはねどうつれる影をともとして鴛鴦すみけりな山川の水
つらなりて風に亂れてなく雁のしどろに聲のきこゆなるかな
はれがたき山路の雲にうづもれて苔のたもとは霧朽ちにけり
つゞらはふは山は下も茂ければ住む人いかにこぐらかるらむ
熊のすむこけの岩山おそろしみむべなりけりな人もかよはず
おともせで岩間たばしる霰こそよもぎのやどの友になりけれ
あられにぞものめかしくは聞えける枯れたる楢の柴の落葉は
柴かこふ庵のうちはたびだちてすどほる風もとまらざりけり
谷風は戸を吹きあけて入るものをなにと嵐のまどたゝくらむ
春あさみすゞのまがきに風さえてまだ雪きえぬしがらきの里
水脈よどむ天の河ぎしなみかけて月をば見るやさぐさみの神
光をばくもらぬつきぞみがきける稻葉にかゝるあさひこの玉
磐余野の萩が絶間のひま/\にこのてがしはの花咲きにけり
衣手にうつりしはなのいろなれやそでほころぶる萩が花ずり
をざさ原葉ずゑの露の玉に似てはしなき山をゆくこゝちする
まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ村雨すぎぬ笠取の山
川あひやまきのすそやま石たてる杣人いかにすゞしかるらむ
杣くだすまくにがおくの川上にたつきうつべしこけさ浪よる
雪とくるしみゝにしだくからさきの道行きにくき足柄の山
ねわたしにしるしの竿やたてつらむこひのまちつる越の中山
雲鳥やしこき山路はさておきてをゝちる原の寂しからぬは
ふもとゆく舟人いかに寒からむくま山だけをおろすあらしに
をりかへる波の立つかと見ゆるかな洲さきにきゐる鷺の村鳥
わづらはで月には夜もかよひけりとなりへつたふあぜの細道
荒れにける澤田の畦にくらゝ生ひて秋待つべくもなきわたりかな
傳ひ來る懸樋をたえずまかすれば山田は水もおもはざりけり
身にしみし荻のおとにはかはれども柴ふくかぜも哀なりけり
小ぜりつむさはの氷のひま絶えて春めきそむるさくら井の里
來る春はみねの霞をさきだてゝ谷のかけひをつたふなりけり
春になる櫻のえだはなにとなく花なけれどもむつまじきかな
空はるゝくもなりけりなよし野山花もてわたる風とみたれば
さらにまた霞にくるゝ山路かな花をたづぬるはるのあけぼの
雲もかゝれ花とを春は見て過ぎむいづれの山もあだに思はで
雲かゝる山とはわれも思ひいでよ花ゆゑなれしむつび忘れず
山ふかみ霞こめたる柴のいほにこととふものは谷のうぐひす
すぎて行く羽風なつかし鶯のなづさひけりなうめのたち枝を
鶯はゐなかのたにの巣なれどもだみたる聲はなかぬなりけり
鶯の聲にさとりをうべきかは聞くうれしさもはかなかりけり
山もなき海のおもてにたなびきて波のはなにもまがふしら雲
おなじくばつきのをり咲け山櫻花見るをりのたえまあらせじ
ふる畑のそばのたつ木に居る鳩の友よぶこゑのすごき夕ぐれ
浪につきて磯わに座す荒神は湖ふむきねを待つにや有るらむ
湖風に伊勢の濱をぎふせばまづほずゑに波のあらたむるかな
荒磯の波にそなれてはふ松はみさごのゐるぞたよりなりけり
浦ちかみかれたる松のこずゑには波のおとをや風は借るらむ
あはぢ島せとのなごろは高くともこの湖わだにおし渡らばや
湖路ゆくかこみのともろ心せよまたうづはやきせと渡るなり
磯にをる浪のけはしく見ゆるかな沖になごろや高く行くらむ
覺束な膽吹おろしのかぜさきにあさづま舟はあひやしぬらむ
くれ舟にあさづま渡り今朝なよせそ膽吹の嶽に雪しまくなり
近江路や野ぢの旅人いそがなむ野洲が原とてとほからぬかは
錦をばいく野べこゆる唐櫃にをさめて秋はゆくにぞ有るらむ
里人の大幤小ぬさたてなめてむなかたむすぶ野べに成りけり
いたけもるあまみが時に成りにけりえぞが千島を煙こめたり
ものゝふのならすすさびは夥あけとのしさりかもの入りくひ
むつのくのおくゆかしくぞおもほゆるつぼの碑文そとの濱風
朝かへるかりゐうなこの村鳥は原のをがやにこゑやしぬらむ
すがるふすこぐれが下の葛まきを吹きうらがへす秋の初かぜ
もろ聲にもりかきみかぞ聞ゆなるいひ合せてや妻をこふらむ
菫さくよこ野のつばな生ひぬればおもひ/\に人かよふなり
紅のいろなりながらたでの穗のからしや人の目にもたてぬは
蓬生はさることなれや庭のおもにからす扇のなぞしげるらむ
かり殘すみつの眞菰にかくろひてかげもちがほに鳴く蛙かな
柳はら河かぜふかぬかげならばあつくや蝉のこゑにならまし
ひさぎ生ひてすゞめとなれる影なれや波打つ岸に風渡りつゝ
月のためみさびすゑじとおもひしにみどりにもしく池の浮草
思ふ事みあれのしめに引く鈴の協はずばよもならじとぞ思ふ
み熊野の濱木綿生ふるうらさびて人なみ/\に年ぞかさぬる
いその上ふるきすみかへ分けいれば庭の淺茅に露ぞこぼるゝ
とほくだすひたのおもてにひくしほは沈む心ぞ悲しかりける
ませにさく花にむつれてとぶ蝶の羨しきもはかなかりけり
うつりゆくいろをば知らず言の葉の名さへあだなる露草の花
風ふけばあだに成りゆく芭蕉葉のあればと身をも頼むべきよか
故郷のよもぎは宿のなになれば荒れゆく庭にまづしげるらむ
ふる郷は見しよにもなくあせにけりいづち昔の人行きにけむ
しぐるるは山めぐりする心かないつまでとのみ打ち萎れつゝ
はら/\と落つる涙ぞ哀なるたまらずものの悲しかるべし
何となくせりと聞くこそ哀なれつみけむ人のこゝろしられて
山人よ吉野のおくにしるべせよ花もたづねむまたおもひあり
わび人のなみだに似たる櫻かな風身にしめばまづこぼれつゝ
吉野山やがて出でじとおもふ身を花ちりなばと人や待つらむ
人も來ずこゝろもちらで山里は花を見るにもたよりありけり
風のおとに思おもふわが色そめて身にしみわたる秋の夕暮
我なれや風をわづらふ篠竹はおきふしもののこゝろぼそくて
來むよにもかゝる月をし見るべくば命ををしむ人なからまし
このよにてながめなれぬる月なれば迷はむ闇も照さゞらめや