University of Virginia Library

讀人志らず

ある男の物いひ侍りける女の忍びてにげ侍りて年頃ありて消息して侍りけるに男よみ侍りける

いまはとも  いはざりしかど  やをとめの  立つや春日の  ふるさとに  歸りやくると  まつちやま  待つ程過ぎて  かりがねの  雲のよそにも  きこえねば  我はむなしき  たまづさを  斯てもたゆく  結び置きて  つてやる風の  たよりだに  渚にきゐる  ゆふちどり  うらみは深く  みつしほに  袖のみいとゞ  ぬれつゝぞ  あとも思はぬ  きみにより  かひなき戀に  なにしかも  われのみ獨  うきふねの  焦れてよには  わたるらむ  とさへぞはては  かやり火の  くゆる心も  つきぬべく  思ひなるまで  おとづれず  覺束なくて  かへれども  けふ水ぐきの  あとみれば  契りしことは  きみもまた  忘れざりけり  暫しあらば  誰もうきよの  あさつゆに  光待つまの  身にしあれば  思はじいかで  とこなつの  花のうつろふ  あきもなく  同じわたりに  すみの江の  岸のひめまつ  ねをむすび  世々をへつゝも  しもゆきの  ふるにもぬれぬ  なかとなりなむ