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拾遺和歌集卷第八 雜上
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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8. 拾遺和歌集卷第八
雜上

中務卿具平親王

月を見侍りて

世にふるに物思ふとしもなけれ共月に幾度詠めしつらむ

貫之

清愼公の家の屏風に

思ふ事ありとはなしに久方の月夜となればねられざり鳬

大江爲基

めにおくれて侍りける頃月を見侍りて

詠むるに物思ふことの慰むは月はうき世のほかよりやゆく

藤原高光

法師にならむと思ひ立ちける頃月を見侍りて

かく計へがたく見ゆる世中に羨ましくもすめるつきかな

藤原仲文

冷泉院の東宮におはしましける時月をまつ心の歌をのこどものよみ侍りけるに

有明の月の光を待つ程にわが世のいたくふけにけるかな

伊勢

參議玄上がめの月のあかき夜かどのまへを渡るとてせをそこいひいれて侍りければ

雲居にて相語らはぬ月だにもわが宿過ぎて行く時はなし

素性法師

花山にまかりて侍りけるに駒ひきの御馬を遣はしたりければ

望月の駒より遲く出でつればたどる%\ぞ山はこえける

貫之

屏風のゑに

常よりもてりまさる哉山の端の紅葉を分けて出づる月影

みつね

久方の天つ空なる月なれどいづれの水にかげやどるらむ

左大將濟時

廉義公後院に住み侍りける時うたよみ侍りける人々めしあつめて水上秋月といふ題をよませ侍りけるに

水底に宿る月さへうかべるを深きや何のみくづなるらむ

式部大輔文時

水の面に月の沈むをみざりせばわれ獨とや思ひはてまし

もとすけ

除目のあしたに命婦左近がもとに遣はしける

年毎に絶えぬ泪や積りつゝいとゞふかくは身を沈むらむ

圓融院の御時御屏風の歌奉りけるついでにそへて奉りける

程もなくいづみばかりに沈む身はいかなる罪の深き成覽

伊勢

權中納言敦忠が西坂本の山庄の瀧の岩にかきつけ侍りける

音羽川せき入れて落す瀧つせに人の心のみえもするかな

中務

君がくる宿に絶せぬ瀧の糸はへてみま欲き物にぞ有ける

貫之

題志らず

流れくる瀧の白糸絶えずしていくらの玉の緒とかなる覽

延喜十三年齋院の御屏風四帖が歌おほせによりて

流れくる瀧の糸こそよわからしぬけど亂れて落つる白玉

右衛門督公任

大覺寺に人々あまたまかりたちけるにふるき瀧をよみ侍りける

瀧の音は絶えて久しく成ぬれど名こそ流れて猶聞えけれ

躬恒

題志らず

大空を眺めぞ暮らす吹く風の音はすれ共目にし見えねば

齋宮女御

野宮に齋宮の庚申し侍りけるに松風入夜琴といふ題をよみ侍りける

琴の音にみねの松風通ふらし何れのをより調べそめけむ

松風の音に亂るゝ琴のねをひけばねの日の心地こそすれ

忠見

天暦の御時名ある所を御屏風にかゝせ給ひて人々に歌たてまつらせ給ひけるに高砂を

尾上なる松の梢はうちなびき波の聲にぞかぜも吹きける

貫之

延喜の御時御屏風に

雨降ると吹く松風はきこゆれど池の汀はまさらざりけり

同じ御時大井に行幸ありて人々に歌よませ給ひけるに

大井川かはべの松にこととはむかゝる御幸やありし昔を

住吉に國のつかさの臨時祭し侍りける舞人にてかはらけとりてよみ侍りける

音にのみ聞き渡りつる住吉の松の千年をけふみつるかな

伊勢

五條の内侍のかみの賀の屏風に松の海にひたりたる所を

海にのみひぢたる松の深緑幾しほとかはしるべかるらむ

能宣

物へ罷りける人にぬさつかはしけるきぬばこに浮島のかたをし侍りて

わたつ海の波にもぬれぬ浮島は松に心をよせてたのまむ

よみ人志らず

題志らず

かごの島松原越しに鳴くたづのあな長々しきく人なしに

能宣

あひかたらひ侍りける人みちの國へまかりければ

いかで猶わが身にかへて武隈の松ともならむ行く人の爲

源道濟

河原院の古松をよみ侍りける

行末のしるし計に殘るべき松さへいたく老いにけるかな

よみ人志らず

題志らず

世中を住吉としも思はぬに何を待つとてわが身へぬらむ

貫之

つかさたまはらで歎き侍りけるころ人のさうしかゝせ侍りける奧にかきつけ侍りける

いたづらに世にふる物と高砂の松も我をや友と見るらむ

源爲憲

明石の浦のほとりを舟にのりてまかりけるに

夜と共に明石の浦の松原は波をのみこそよるとしるらめ

よみ人志らず

題志らず

藻かり舟いまぞ渚にきよすなる汀の田鶴も聲さわぐなり

打ち忍びいざ住江の忘草わすれてひとのまたやつまぬと

左大將濟時

山寺にまかりける曉に日ぐらしの鳴き侍りければ

朝ぼらけ蜩のこゑ聞ゆなりこや明けくれと人のいふらむ

藤原清忠

天暦の御時御屏風のゑに長柄の橋のはし柱のわづかに殘れるかたありけるを

蘆間よりみゆる長柄の橋柱むかしの跡のしるべなりけり

よみ人志らず

大江の爲基が許にうりにまうで來りける鏡の包みたりける紙にかきつけて侍りける

けふまでと見るに泪のます鏡馴れにし影を人にかたるな

橘の忠基が人のむすめに忍びて物いひ侍りける頃遠き所にまかり侍るとて此女のもとにいひ遣はしける

忘るなよ程は雲居になりぬとも空行く月のめぐり逢ふ迄

貫之

題志らず

年月は昔にあらずなりゆけど戀しき事はかはらざりけり

藤原後生

清愼公月林寺にまかりけるに後れてまうできてよみ侍りける

昔わがをりし桂のかひもなしつきの林のめしにいらねば

菅原の大臣かうぶりし侍りける夜はゝのよみ侍りける

久方の月の桂もをるばかりいへの風をもふかせてしがな

人麿

題志らず

月草にころもはすらむ朝露にぬれての後は移ろひぬとも

ちゝわくに人はいふ共おりてきむわがはた物に白き麻衣

久方の雨にはきぬを怪しくもわが衣手のひるときもなき

白波はたてど衣にかきならす明石も須磨も己がうら/\

もろこしへ遣はしける時によめる

夕されば衣手寒し我妹子がとき洗ひごろも行てはやきむ

贈太政大臣

ながされ侍りける道にてよみ侍りける

天つ星道も宿りもありながら空にうきても思ほゆるかな

浮木といふこゝろを

流れ木も三年有てばあひみてむ世の憂事ぞ返らざりける

平定文

つかさとられて侍りける時いもうとの女御の御許に遣はしける

浮世には門させり共みえなくになどか我身の出がてにする

伊勢

中宮の長恨歌の御屏風に

木にもおひず羽も並べで何しかも波路隔てゝ君をきく覽

人麿

大津の宮のあれて侍りけるをみて

さゞ波や近江の宮はなのみして霞たなびき宮木もりなし

能宣

初瀬へまうでける道にさほ山のわたりに宿りて侍りけるに千鳥の鳴くを聞きて

曉のね覺の千鳥たが爲かさほのかはらにをちかへりなく

物へまかりける人のもとに幣を結び袋に入れて遣はすとて

淺からぬ契むすべる心ばゝ手向のかみぞしるべかりける

元輔

初瀬の道にて三輪の山を見侍りて

三輪のやま印の杉はあり乍をしへし人はなくていくよぞ

對馬守小野のあきみちがめ隱岐がくだり侍りける時にとも雅の朝臣のめ肥前がよみて遣はしける

奧津島雲居のきしを行きかへりふみかよはさむ幻もがな

人麿

詠天

空の海に雲の波たち月の舟星のはやしにこぎかへるみゆ

藻をよめる

川のせの渦まくみれば玉もかる散り亂れたる河の舟かも

山をよめる

なる神の音にのみきく卷もくの檜原の山を今日みつる哉

詠葉

古にありけむ人もわがことや三輪のひばらに簪し折りけむ

貫之

題志らず

人しれずこゆと思ふらし足曳の山下水にかげはみえつゝ

人麿

伊勢の御幸にまかりとまりて

をふの海に舟乘りすらむ我妹子が赤裳の裾に汐滿らむか

御製

天暦十一年九月十五日齋宮下り侍りけるに内よりすゞりてうじてたまはすとて

思ふ事なるといふなる鈴鹿山越えてうれしき境とぞきく

齋宮女御

圓融院の御時齋宮下り侍りけるに母の前の齋宮もろともに越え侍りて

世にふれば又も越えけり鈴鹿山昔の今になるにやある覽

人麿

あすかの女王ををさむる時よめる

飛鳥川柵わたしせかませばながるゝ水ものどけからまし

小野宮太政大臣

小一條左大臣まかり隱れて後かの家に侍りける鶴のなき侍りけるをきゝ侍りて

後れゐてなくなるよりは芦鶴のなどか齡を讓らざりけむ

愛宮九條右大臣第五女

左大臣の土御門の左大臣のむこになりて後したうづのかたをとりにおこせて侍りければ

年をへて立ちならしつる芦鶴のいかなる方に跡留むらむ

元輔

大貳國章ごくのおびをかり侍りけるを筑紫よりのぼりて返し遣はしたりければ

行末の忍ぶ草にもありやとて露の形見もおかむとぞ思ふ

中務

題志らず

植て見る草葉ぞ夜をば知せける起ては消ゆるけさの朝露

ゆげのよしとき

田舍にてわづらひ侍りけるを京より人のとぶらひにおこせて侍りければ

露の命をしとには非ず君を又みでやと思ふぞ悲かりける

元輔

神明寺の邊に無常所まうけて侍りけるがいとおもしろく侍りければ

惜からぬ命や更にのびぬらむをはりの烟しむる野べにて

二條右大臣、左近番長佐伯清忠をめして歌よませ侍りけるをのぞむ事侍りけるがかなひ侍らざりける頃にてよみ侍りける

限なき泪の露に結ばれて人のしもとはなるにやあるらむ

元輔

加階し侍るべかりける年えし侍らで雪のふりけるをみて

憂世には行隱れなでかき曇りふるは思の外にもあるかな

源景明

司申に給はらざりける頃人のとぶらひおこせたりける返ごとに

わび人はうき世中にいけらじと思ふ事さへ叶はざりけり

よみ人志らず

題志らず

世中にあらぬ所もえてしがな年ふりにたるかたち隱さむ

世中をかくいひ/\の果々はいかにや/\ならむとす覽

男侍りける女をせちにけさうし侍りて男のいひ遣はしける

古の虎のたぐひに身を投げばさかと計は問はむとぞ思ふ