University of Virginia Library

2. 拾遺和歌集卷第二

大中臣能宣

天歴の御時の歌合に

鳴く聲はまだ聞かね共蝉の羽の薄き衣はたちぞきてける

屏風に

わが宿の垣ねや春を隔つらむ夏きにけりとみゆる卯の花

源重之

冷泉院の東宮におはしましける時百首の歌奉れと仰せられければ

花の色に染めし袂の惜ければ衣かへうきけふにもある哉

盛明のみこ

夏のはじめによみ侍りける

花散るといとひし物をなつ衣たつや遲きと風を待つかな

重之

百首の歌の中に

夏にこそ咲きかゝりけれ藤の花松にとのみも思ひける哉

平兼盛

圓融院の御時御屏風の歌

住吉のきしのふぢ波わがやどの春の梢にいろはまさらじ

紫のふぢさくまつの梢にはもとの緑も見えずぞありける

小野宮太政大臣

延喜の御時飛香舍にて藤花の宴侍りける時に

薄くこく亂れて咲ける藤の花等しき色はあらじとぞ思ふ

躬恒

題志らず

手もふれで惜むかひなく藤の花底に映れば浪ぞをりける

柿本人麿

田子の浦の藤のはなを見侍りて

田子の浦の底さへ匂ふ藤浪を釵して行かむみぬ人のため

平公誠

山里の卯花に鶯のなき侍りけるを

卯の花を散りにし梅にまがへてや夏のかきねに鶯のなく

よみ人志らず

題志らず

卯の花の咲ける垣ねは陸奧のまがきの島の波かとぞ見る

躬恒

延喜の御時月次の御屏風に

神祭る卯月に咲ける卯花は白くもきねがしらげたるかな

貫之

神まつる宿の卯花白妙のみてぐらかとぞあやまたれける

よみ人志らず

題志らず

山賤の垣ねに咲ける卯の花はたが志ろたへの衣かけしか

時わかず降れる雪かとみる迄に垣ねもたわに咲ける卯花

春かけて聞かむともこそ思ひしか山郭公おそくなくらむ

初聲のきかまほしさに時鳥夜ふかく目をも覺しつるかな

久米廣繩

夏山をこゆとて

家にきて何をかたらむ足引の山ほとゝぎす一こゑもがな

貫之

延喜の御時御屏風に

山里にしる人もがな郭公なきぬときかばつげにくるがに

よみ人志らず

題志らず

山里にやどらざりせば郭公聞く人もなきねをやなかまし

坂上望城

天歴の御時歌合に

ほのかにぞ鳴き渡るなる時鳥み山を出づる今朝のはつ聲

平兼盛

み山出でゝ夜半にやきつる時鳥曉かけてこゑのきこゆる

右大將道綱母

寛和二年内裏の歌合に

都人ねて待つらめや郭公いまぞやま邊に鳴きて出づなる

坂上是則

女四のみこの家の歌合に

山賤と人はいへども郭公まづはつこゑはわれのみぞきく

壬生忠見

天歴の御時の歌合に

小夜更けて寐覺ざりせば時鳥人傳にこそ聞くべかりけれ

伊勢

同じ御時の御屏風に

ニ聲ときくとはなしに時鳥夜深く目をも覺ましつるかな

源公忠朝臣

北宮のもぎの屏風に

行きやらで山路くらしつ時鳥今ひと聲のきかまほしさに

貫之

敦忠朝臣の家の屏風に

この里にいかなる人か家ゐしてやま郭公絶えずきくらむ

よみ人志らず

延喜の御時歌合に

五月雨は近くなるらし淀河の菖蒲の草もみくさおひに鳬

大中臣能宣

屏風に

昨日までよそに思ひし菖蒲草今日わが宿の妻とみるかな

よみ人志らず

題志らず

けふ見れば玉の臺もなかりけりあやめの草の庵のみして

延喜御製

足引の山時鳥けふとてやあやめのくさのねにたてゝなく

よみ人志らず

たが袖に思ひよそへてほとゝぎすはな橘の枝になくらむ

壬生忠見

天歴の御時御屏風に淀の渡りする人かける所に

何方に鳴きて行くらむ郭公よどの渡りのまだ夜ふかきに

しけるごとま菰のおふる淀野には露の宿りを人ぞかりける

貫之

小野宮の大臣の家の屏風にわたりしたる所に郭公なきたるかたあるに

かのかたにはやこぎよせよ時鳥道に鳴きつと人に語らむ

躬恒

定文が家の歌合に

郭公をちかへりなけうなゐこが打ちたれ髮の五月雨の空

よみ人志らず

題志らず

なけやなけ高間の山の時鳥この五月雨にこゑなをしみそ

五月雨はいこそねられね時鳥夜深くなかむ聲を待つとて

うたてひと思はむものを郭公夜しもなどかわが宿になく

大伴坂上郎女

時鳥いたくな啼きそ獨ゐていのねられぬに聞けば苦しも

中務

夏の夜の心をしれる時鳥はやもなかなむあけもこそすれ

夏の夜は浦島が子が箱なれやはかなく明けて悔しかる覽

よみ人志らず

延喜の御時中宮の歌合に

なつくれば深くさ山の時鳥なく聲しげくなりまさるかな

藤原實方朝臣

春宮にさぶらひける繪にくらはし山に時鳥とびわたるころ

五月やみくらはし山の時鳥おぼつかなくも鳴き渡るかな

よみ人志らず

題志らず

時鳥なくや五月のみじか夜も獨しぬれば明かしかねつも

源順

西宮の左大臣の家の屏風に

時鳥待つにつけてやともしする人も山邊に夜を明すらむ

貫之

延喜の御時月次の御屏風に

さ月山木の下闇にともす火は鹿のたちどのしるべ也けり

平兼盛

九條の右大臣の家の賀の屏風に

怪しくも鹿のたちどの見えぬ哉小倉の山に我やきぬらむ

躬恒

女四のみこの家の屏風に

行末はまだとほけれど夏山の木の下蔭は立ちうかりけり

貫之

延喜御時御屏風に

夏山の蔭をしげみや玉ほこの道行く人も立ちどまるらむ

惠慶法師

河原院の泉のもとに凉み侍りて

松蔭の岩井の水を結びあげて夏なき年とおもひけるかな

伊勢

家に咲きて侍りける撫子を人のがり遣はしける

いづくにも咲きはすらめど我宿の大和撫子誰にみせまし

よみ人志らず

題志らず

底清み流るゝ川のさやかにもはらふることを神はきかなむ

藤原長能

さばへなす荒ぶる神もおしなべて今日はなごしのはらへ也鳬

よみ人志らず

紅葉せば紅くなりなむ小倉山秋待つ程の名に社ありけれ

忠岑

右大將定國の四十賀に内より屏風てうじて給ひけるに

大荒木の森の下草しげりあひて深くも夏の成にけるかな