University of Virginia Library

19. 拾遺和歌集卷第十九
雜戀

柿本人丸

題志らず

少女子が袖ふる山の瑞垣の久しき世よりおもひ初めてき

平定文

稻荷にまうであひて侍りける女のものいひかけ侍りけれどいらへもし侍らざりければ

いなり山社の數を人とはゞつれなき人をみつとこたへむ

柿本人丸

題志らず

みしま江の玉江の芦をしめしより己がとぞ思ふ未だからねど

大中臣能宣

あだ也とあだにはいかゞ定むらむ人の心を人はしるやは

よみ人志らず

双六の市ばに立てる人妻の逢はでやみなむ物にやは非ぬ

濡衣をいかゞきざらむ世の人は天の下にしすまむ限りは

贈太政大臣

流され侍りける時

天の下遁るゝひとの無ければやきてし濡衣ひる由もなき

よみ人志らず

題志らず

いづくとも所定めぬ白雲のかゝらぬ山はあらじとぞ思ふ

白雲のかゝるそらごとする人を山の麓によせてけるかな

いつしかもつくまの祭とくせなむ強面き人の鍋の數みむ

小野宮太政大臣

まだ少將に侍りける時うねべまちのまへをまかり渡りけるにあすかのうねべながめいだして侍りけるに遣はしける

人しれぬ人待顏に見ゆめるはたが頼めたる今夜なるらむ

明日香の采女

返し

池水の底にあらでは根蓴のくる人もなし待つひともなし

右近季繩女

中納言敦忠兵衛佐に侍りたる時にしのびていひちぎりて侍りけることのよに聞え侍りにければ

人しれずて頼めしことは柏木の杜やしにけむよにふりに鳬

よみ人志らず

やんごとなき所にさぶらひける女のもとにあきごろ志のびてまからむと男のいひければ

秋萩の花も植ゑおかぬ宿なれば鹿立ち寄らむ所だになし

題志らず

小動ぎの急ぎてきつるかひもなく又こそたてれ沖つ白波

人のめし侍りける男のひとやに侍りて乳母のもとに遣はしける

忍びつゝよるこそきしか唐衣人やみむとは思はざりしを

くにもち

貞盛がすみ侍りける女にくにもちが忍びて通ひ侍りけるほどに貞盛まうできければまどひてぬりごめに隱して後ろのとよりにがし侍りけるつとめていひ遣はしける

宮造るひだの匠の手斧音ほと/\しかるめをもみしかな

男もちたる女をせちにけさうし侍りてある男の遣はしける

あり迚も幾世かはふる唐國の虎ふすのべに身をも投てむ

貫之

しがの山ごえにて女の山の井に手あらひむすびてのむをみて

結ぶ手の雫にごる山の井のあかでも人に別れぬるかな

三條の尚侍方たがへに渡りて歸るあしたに雫ににごるばかりの歌いまはえよまじと侍りければ車にのらむとしけるほどに

家ながら別るゝ時は山の井の濁りしよりも侘しかりけり

よみ人志らず

題志らず

はし鷹のと歸る山の椎柴の葉がへはすとも君はかへせじ

久しうまうでこざりける男のたまさかにきたりければ女のとみにもいでざりければ

過のあるかなきかをしらぬ身は厭ふに似たる心地社すれ

題志らず

行く水の泡ならばこそ消返り人のふちせを流れてもみめ

ともかくもいひ放たれよ池水の深さ淺さを誰か知るべき

在原業平朝臣

染川を渡らむ人のいかでかは色になるてふ事のなからむ

兵衞參議兼茂女

賀茂の臨時の祭の使にたちてのあしたにかざしの花にさして左大臣の北の方のもとにいひ遣はしける

千早振賀茂の川邊の藤波はかけて忘るゝときのなきかな

よみ人志らず

題志らず

世中はいかゞはせまし繁山の青葉の杉のしるしだになし

埋木はなか蟲はむといふめれば久米路の橋は心してゆけ

世中はいさともいさや風のおとは秋に秋そふ心地社すれ

人麿

いはみに侍りける女のまうできたりけるに

石見なる高まの山の木のまより我ふる袖を妹みけむかも

貫之

和泉の國に侍りけるほどに忠房朝臣の大和よりおくれる返し

沖津波たかしの濱の濱松の名にこそ君を待ちわたりつれ

天暦御製

かみいたくなり侍りけるあした宣耀殿の女御のもとに遣はしける

君をのみ思ひやりつゝ神よりも心のそらになりし宵かな

貫之

こしなる人のもとに遣はしける

思ひやる越の白山しらねども一夜も夢に越えぬ日ぞなき

人麿

題志らず

山科の木幡の里に馬はあれどかちよりぞくる君を思へば

春日山雲居かくれて遠けれど家は思はず君をこそおもへ

坂上郎女

物へまかりけるみちに濱づらに貝の侍りけるを見て

わがせこを戀ふるも苦し暇あらば拾ひて行かむ戀忘れ貝

惠慶法師

人の國へまかりけるに蜑のしほたれ侍りけるを見て

故郷を戀ふる袂もかわかぬに又汐垂るゝあまもありけり

大中臣頼基

仁和の御屏風に蜑しほたるゝ所につるなく

汐垂るゝ身は我のみと思へ共よそなるたづも音をぞなくなる

よみ人志らず

まうでくる事かたく侍りける男の頼めわたりければ

徒然と思へば憂におふる芦の儚きよをばいかゞたのまむ

うきしま

定なきひとの心にくらぶればたゞ浮島は名のみなりけり

元輔

なか/\獨あらばなど女のいひ侍りければ

獨のみ年へけるにも劣じを數ならぬ身の有るはあるかは

よみ人志らず

題志らず

風はやみ峯の葛葉のともすればあやかりやすき人の心か

中納言家持

紀の郎女におくり侍りける

久方の雨の降る日をたゞ獨山べにをればうもれたりけり

よみ人志らず

男のまかりたえたりける女のもとに雨ふる日みなれて侍りけるずさの鹿毛のうまもとめにとてなむまうできつるといひ侍りければ

雨降りて庭に溜れる濁り水誰がすまばかは影のみゆべき

よと共に雨降る宿の庭たづみすまぬに影はみゆる物かは

日蝕の時太皇太后宮より一品のみこの許に遣はしける

逢事のかくてや終にやみの夜の思も出でぬ人のためかは

人麿

題志らず

いはしろの野中に立てる結び松心もとけずむかし思へば

よみ人志らず

女のもとに菊を折りて遣はしける

けふか共あす共しらぬ白菊のしらず幾世をふべき我身ぞ

忠君宰相まさのぶがむすめにまかり通ひてほどなくてうどゞもをはこび返しければぢんの枕をそへて侍りけるを返しおこせたりければ

泪川みづまさればやしきたへの枕のうきて止らざるらむ

延喜の御時按察の御息所久しく勘事にて御乳母につけてまゐらせける

世中を常なき物と聞きしかどつらきことこそ久しかりけれ

御返し

つらさをば常なき物と思ひつゝ久しきことを頼みやはせぬ

伊勢

題志らず

我こそは憎くもあらめ我宿の花見にだにも君がきまさぬ

よみ人志らず

つゝむ事侍りける女の返事をせずのみ侍りければ一條攝政いはみがたといひ遣はしたりければ

石見瀉何かはつらきつらからば恨がてらにきても見よかし

本院侍從

一條攝政下らふに侍りける時承香殿の女御に侍りける女に忍びて物いひ侍りけるにさらになとひそといひて侍りければ契りし事ありしかばなどいひ遣はしたりければ

それならぬ事もありしを忘れねといひし計を耳にとめ劔

よみ人志らず

題志らず

御狩する駒のつまづく青つゞら君こそ我はほだしなりけれ

君みれば結ぶの神ぞ恨めしきつれなき人を何つくりけむ

貫之

延喜の御時中宮の屏風に

何れをか印と思はむ三輪の山ありとしあるは杉にぞ有ける

藤原長能

稻荷にまうでゝけさうし始めて侍りける女のこと人に逢ひ侍りければ

我といへば稻荷の神もつらき哉人の爲とは祈らざりしを

よみ人志らず

稻荷のほくらに女の手にて書き付けて侍りける

瀧の水歸りてすまば稻荷山なぬか上れるしるしと思はむ

元良のみこ久しくまからざりける女のもとに紅葉をおこせて侍りければ

思ひ出てとふにはあらず秋はつる色の限をみするなりけり

女のもとに扇を遣はしたりければいひ遣はしける

ゆゝし迚いむ共今はかひも有じ憂をば風につけて止みなむ

貫之

題志らず

獨して世をしつくさば高砂の松の常盤もかひなかりけり

三條の右大臣の屏風に

玉もかるあまのゆきがたさす竿の長くや人を恨み渡らむ

年のをはりに人まち侍りける人のよみ侍りける

頼めつゝ別れし人を待つ程に年さへせめて恨めしきかな