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拾遺和歌集卷第十二 戀二
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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12. 拾遺和歌集卷第十二
戀二

よみ人志らず

題志らず

春の野におふる無名の侘しきは身を摘てだに人のしらぬよ

なき名のみ立田の山の青つゞらまだ來る人もみえぬ所に

人麿

なき名のみたつの市とは騷げ共いさ又人をうる由もなし

よみ人志らず

なき事を磐余の池の浮きぬなは苦しき物はよに社有けれ

人麿

竹の葉に置ゐる露の轉び合てぬるとはなしに立つ我名哉

よみ人志らず

味氣なや我名はたちて唐衣身にもならさでやみぬべき哉

唐衣われはかたなのふれなくに先づ立つ物は無名なりけり

源重之

染川に宿かる浪のはやければなき名立つとも今は恨みじ

よみ人志らず

こ幡川こは誰が云し言の葉ぞ無名すゝがむ瀧つせもなし

藤原忠房朝臣

女のもとに遣はしける

君が名の立つに咎なき身也せば大凡人になしてみましや

よみ人志らず

題しらず

夢かとも思ふべけれどねやはせし何ぞ心に忘れがたきは

夢よ夢戀しき人にあひみすな覺めての後は侘しかりけり

權中納言敦忠

逢ひみての
[_]
[1]後の心にくらぶれは
昔はものを思はざりけり

坂上是則

逢見ては慰むやとぞ思ひしを名殘しもこそ忘れがたけれ

よみ人志らず

逢見でもありにし物をいつの間に傚ひて人の戀しかる覽

わが戀はなほ逢ひみても慰まず彌増りなる心地のみして

能宣

始めて女のもとにまかりてあしたに遣はしける

逢事を待ちし月日の程よりもけふの暮こそ久しかりけれ

貫之

題志らず

曉のなからましかばしらつゆのおきて侘しき別せましや

逢見てもなほ慰まぬ心かな幾千夜ねてかこひのさむべき

人麿

うば玉の今宵な明けそ明行かば朝ゆく君を待つ苦しきに

よみ人志らず

獨ねし時はまたれし鳥のねもまれに逢夜は侘しかりけり

葛城やわれやはくめの橋づくり明行く程は物をこそ思へ

平行時

本院の五の君のもとに始めてまかりてあしたに

朝まだき露わけきつる衣手のひるま計りに戀しきやなぞ

大納言清蔭

本院のひんがしの對の君にまかり通ひてあしたに

ふたつなき心は君に置きつるを又程もなく戀しきやなぞ

よみ人志らず

題志らず

いつしかと暮を待つ間の大空は曇るさへ社嬉しかりけれ

大江爲基

女のもとにまかりそめて

日の内に物を二たび思ふ哉とく明けぬると遲く暮るゝと

貫之

題志らず

百羽掻羽根かく鴫もわがごとくあした侘しき數はまさらじ

よみ人志らず

現にも夢にも人によるしあへば暮れゆく計嬉しきはなし

曉の別れのみちを思はずばくれゆく空はうれしからまし

君戀ふる泪のこほる冬の夜は心とけたるいやはねらるゝ

在原業平朝臣

女に物いひ始めてさはる事侍りてえまからでいひ遣はしける

かゝらでもありにし物を白雪のひとひもふれば増る我戀

能宣

女に遣はしける

あさ氷とくるまもなき君によりなどてそぼつる袂なる覽

よみ人志らず

身をつめば露を哀れと思ふかな曉ごとにいかでおくらむ

うしと思ふ物から人の戀しきはいづこを忍ぶ心なるらむ

よそにてもありにし物を花薄ほのかにみてぞ人は戀しき

夢よりも儚なき物は陽炎の仄かにみてし影にぞありける

忠見

天暦の御時歌合に

夢のごとなどか夜しも君をみむ暮るゝ待つ間も定なき世に

戀しきを何につけてか慰めむ夢だに見えずぬるよ無れば

女のもとよりくらきに歸りて遣はしける

明暮の空にぞわれはまよひぬる思ふ心のゆかぬまに/\

貫之

源公忠朝臣日々にまかり逢ひ侍りけるをいかなる日にかありけむ、あひ侍らざりける日遣はしける

玉ほこの遠道もこそ人は行けなど時のまもみねば戀しき

よみ人志らず

題志らず

身に戀の餘りにしかば忍ぶれど人のしるらむ事ぞ侘しき

しのびつゝ思へば苦し住の江の松のね乍ら顯はれなばや

大納言きよかげ

忠房がむすめのもとに久しうまからで遣しける

住吉の松ならねども久しくも君とねぬ夜のなりにける哉

返し

久しくも思ほえねども住吉の松やふたゝびおひかはる覽

よみ人志らず

ある男の松を結びて遣はしたりければ

何せむに結び初めけむ岩代のまつは久しき物としる/\

題志らず

片岸の松のうきねと忍びしはさればよ遂に顯はれにけり

人麿

逢見ては幾ひさゝにもあらねども年月のごと思ほゆるかな

年をへて思ひ/\て逢ひぬれば月日のみ社嬉しかりけれ

杉板もて葺る板間の逢ざらばいかにせむとかわがね初劔

よみ人志らず

こぬかなと暫しは人に思はせむ逢て歸りし夜半の妬さに

秋霧のはれぬあしたの大空を見るがごとくもみえぬ君哉

戀侘びぬねをだになかむ聲立てゝ何處なるらむ音無の瀧

元輔

忍びてけさうし侍りける女のもとに遣はしける

音なしの河とぞ遂に流れ出づるいはでもの思ふ人の涙は

よみ人志らず

題志らず

風寒み聲弱りゆく虫よりもいはで物思ふわれぞまされる

しがの蜑のつりに燈せる漁火の仄かに妹をみる由もがな

戀するは苦しき物としらすべく人を我身に暫しなさばや

しるや君しらずばいかにつらからむわがかく計思ふ心を

能宣

けさうし侍りける女の五月夏至の日なりければ疑ひなく思ひたゆみて物いひ侍りけるに親しき樣になりにければいみじく恨みわびて後に更に逢はじといひ侍りければ

あす知らぬ我身也共恨置かむ此世にてのみやまじと思へば

人麿

題志らず

思ふなと君はいへ共逢事をいつと知りてかわが戀ざらむ

源順

萬葉集和し侍りけるに

思ふらむ心のうちに知らぬ身は死ぬ計にもあらじとぞ思ふ

一條攝政

侍從に侍りけるとき村上の先帝の御めのとに忍びて物のたうびけるにつきなき事なりとてさらに逢はず侍りければ

隱れぬの底の心ぞ恨めしきいかにせよとてつれなかる覽

よみ人志らず

題志らず

われながらさももどかしき心かな思はぬ人は何か戀しき

元輔

ふるく物いひ侍りける人に

草隱れかれにし水はぬるくとも結びし袖は今もかわかず

よみ人志らず

題志らず

わが思ふ人は草葉の露なれやかくれば袖のまづ絞るらむ

袂より落つる泪はみちのくの衣がはとぞいふべかりける

衣をやぬぎてやらまし泪のみかゝりける共人のみるべく

實方朝臣

忍びて物いひ侍りける人の人しげき所に侍りければ

人めをもつゝまぬ物と思ひせば袖の泪のかゝらましやは

大伴方見

題志らず

石上ふるとも雨にさはらめや逢はむと妹にいひてし物を

もとよしのみこ

侘ぬれば今將同じ難波なる身を盡しても逢はむとぞ思ふ

よみ人志らず

五月五日ある女のもとに遣はしける

いつか共思はぬ澤の菖蒲草たゞつく%\とね社なかるれ

躬恒

題志らず

生ふれ共駒もすさめぬ菖蒲草かりにも人のこぬが侘しき

能宣

かやり火を見侍りて

かやり火は物思ふ人の心かも夏のよすがら下にもゆらむ

勝觀法師

題志らず

忍ぶればくるしかりけり篠薄秋のさかりに成やしなまし

よみ人志らず

思ひきやわが待つ人はよそ乍七夕つめの逢ふをみむとは

けふさへやよそにみるべき彦星の立ちならす覽天の河波

侘ぬれば常はゆゝしき七夕も羨まれぬる物にぞありける

露だにもなからましかば秋の夜を誰と起居て人を待まし

今さらに問ふべき人も思ほえず八重葎して門させりてへ

秋はわが心の露にあらねども物なげかしき頃にもある哉
[_]
[1] Shinpen kokka Taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1) reads のちの心にくらぶれば.