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風雅和歌集卷第十五 雜歌上
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15. 風雅和歌集卷第十五
雜歌上

中納言兼輔

年の始に人々多く集まりたる所にて

あたらしき年の始の嬉しきはふるき人どち逢へるなりけり

左京大夫顯輔

春生人意中といふ事を

春來ぬと思ふばかりのしるしには心のうちぞ長閑なりける

大江頼重

題志らず

霞まずば春ともえやはしら鳥のとは山松に雪は降りつゝ

永福門院内侍

山里に住み侍りける頃詠める

見るまゝに軒端の山ぞ霞み行く心に知らぬ春やきぬらむ

清原元輔

正月一日鶯の聲は聞くやと人の言ひ侍りければ

ごとに春の忘るゝ宿なればうぐひすの音もよきて聞えず

夢窓國師

題志らず

我が宿を訪ふとはなしに春の來て庭に跡ある雪のむら消

前大納言爲家

太神宮へ奉りける百首の歌の中に、殘雪を

おのづから猶ゆふかけて神山の玉ぐしの葉に殘る志ら雪

平重時朝臣

題志らず

初草は下に燃ゆれど片岡のおどろがうへの雪はけなくに

清輔朝臣

隆信朝臣從上五位にて年へ侍りけるに一級ゆるされて侍りける時よみて遣しける

位山むすぼゝれつる谷みづはこの春風に解けにけらしな

藤原隆信朝臣

返し

位山春待ちえたる谷水の解くるこゝろは汲みて知らなむ

大中臣直宣

春の歌とて

雪かゝるそともの梅はおそけれどまづ春告ぐる鶯のこゑ

前大僧正範憲

ある人の許より在原業平朝臣の家の梅をつたへて植ゑつぎて侍るとて贈りて侍りければよみて遣しける

世々經てもあかぬ色香はのこりけり春や昔の宿の梅が枝

永福門院内侍

定家卿はやう住みける家に志ばし立ち入りて又ほかへ移り侍りけるをり彼のみづから植ゑて侍りける梅の木の枝に結びつけゝる

わすれじな宿は昔に跡ふりて變らぬのきににほふ梅が枝

前大納言爲世

返し

朽ち殘る古き軒端の梅が枝も又とはるべき春を待つらし

藤原教兼朝臣

春の歌とて

春かぜの心のまゝにさそへどもつきぬは梅の匂なりけり

平久時

軒近き梅の匂ひも深き夜のねやもる月にかをるはるかぜ

前參議家親

伏見院かくれさせ給ひにける時出家し侍りて後、梅の花を見て

梅の花うつる匂は變らねどあらぬうき世にすみぞめの袖

伏見院御歌

春の御歌の中に

哀にも己れうけてや霞むらむ誰がなす時の春ならなくに

院御歌

遠山霞と云ふ事をよませ給ひける

霞にほふ夕日の空はのどかにて雲にいろある山の端の松

皇太后宮大夫俊成

賀茂の社に奉りける百首の歌の中に、霞を

立ち歸り昔のはるの戀しきは霞を分けし賀茂のあけぼの

權中納言長方

海邊霞

與謝の海霞み渡れる明方におき漕ぐ舟のゆくへ知らずも

寂然法師

春の頃天王寺へ參りてよみ侍りける

心ありて見るとしもなき難波江の春の景色は惜くも有る哉

九條左大臣女

春曙を

志らみ行く霞の上の横雲にありあけほそき山の端のそら

源頼春

東雲の霞もふかき山の端に殘るともなきありあけのつき

從二位爲子

東雲のやゝ明け過ぐる山の端に霞のこりて雲ぞわかるゝ

後京極攝政前太政大臣

左大將に侍りける時家に六百番歌合しけるに、春曙を詠める

見ぬよまで思ひ殘さぬながめより昔に霞む春のあけぼの

前大僧正慈鎭

思ひ出でば同じ詠めにかへるまで心に殘れ春のあけぼの

前中納言定家

三十首の歌の中に

思ふこと誰に殘して眺めおかむ心にあまる春のあけぼの

前大納言爲兼

題志らず

暮れぬとて詠めすつへき名殘かは霞める末の春の山の端

伏見院御歌

伏見にて人々題を探りて歌つかうまつりけるついでに、水郷

伏見山あらたのおもの末晴れて霞まぬしもぞ春の夕ぐれ

民部卿爲藤

文保三年後宇多院に召されける百首の歌の中に

踏分くる雪間に色は見えそめて萌えこそやらね道の芝草

安嘉門院四條

百首の歌よみ侍りける中に、早蕨を

今は世に有て物憂き身の程を野邊の蕨のをり/\ぞ知る

前中納言定家

題志らず

霞立つ峯の早蕨こればかりをり知りがほの宿もはかなし

從二位家隆

垂乳根の跡や昔にあれなましおどろの道の春に逢はずば

權律師慈成

春草はまだうらわかき岡のべの小笹隱れにきゞす鳴くなり

前中納言定家

百首の歌の中に

おもひ立つ道の志るべか呼子鳥ふかき山邊に人さそふなり

讀人志らず

近衛太皇太后宮に紅梅を奉りて侍りけるに、次の年の春花の咲きたる見よとて折りて給はせけるに結び付け侍りける

移植ゑし色香も著き梅の花君にぞ分きて見すべかりける

前參議經盛

返し

移植ゑし宿の梅とも見えぬ哉主人からにぞ花も咲きける

赤染衛門

大江擧周、司めしにもれて歎き侍りける頃、梅の花を見て

思ふ事はるとも身には思はぬに時知り顏に咲ける花かな

大藏卿行宗

除目の頃梅花につけて奉りける

かくこそは春待つ梅は咲にけれ譬へむ方もなき我身かな

崇徳院御歌

御返事

八重櫻開くる程を頼まなむ老木もはるに逢はぬものかは

前大納言爲兼

後山本前左大臣、左大將に轉任して侍りける次の朝申し遣しける

時わかぬ君が春とやたち花の影もさくらに猶うつるらむ

後山本前左大臣

返し

思ひやれ君が惠みの時に逢ひて身にあまりぬる花の光を

皇太后宮大夫俊成

法勝寺にて人々花の十首の歌詠み侍りけるに

花にあかで遂に消えなば山櫻あたりをさらぬ霞とならむ

僧正公朝

題志らず

尋ねつる花は限もなかりけり猶山ふかくかゝる志らくも

覺譽法親王

百首の歌奉りし時、春の歌

吉野山花のためにも尋ねばやまだ分けそめぬすゞの下道

伏見院御歌

春の述懷の心を

花鳥のなさけはうへのすさびにて心のうちの春ぞ物憂き

前中納言爲相

はな鳥に猶あくがるゝ心かな老のはるとも身をば思はで

權僧正憲淳

山家春と云ふ事を

時しあれば花鶯のなさけをも外にたづねぬ春のやまざと

伊勢

早う住み侍りける家に人の移り居て後花を折りにやるとて詠める

花の色の昔ながらに見えつれば人の宿とも思ほえぬかな

藤原惟規

上達部殿上人白川渡りにて鞠など弄びけるに女のさまにかきて花の本に落させける

花ゆゑにみゆきふりにし渡りとは思ひや出づる白河の水

中將

式子内親王齋院に侍りける頃御垣の花を折りて建禮門院右京大夫のもとに遣し侍るとて

志めの内は身をもくだかず櫻花をしむ心を神にまかせて

建禮門院右京大夫

返し

志めの外も花とし云はむ花は皆神に任せて散さずもがな

祭主定忠

春の歌の中に

春かぜの岩根の櫻吹くたびに浪のはな散るあさくまの宮

從三位頼政

二條院の御時いまだ殿上ゆるされぬ事を嘆き侍りける頃彌生の十日大内に行幸なりて南殿の櫻盛なるを一枝折らせて去年と今年といかゞあると仰せられけるに枝に結びつけて奉りける

よそにのみ思ふ雲居の花なれば面影ならで見えば社あらめ

讀人志らず

同じ御時藤原隆信朝臣殿上のぞかれて侍りける次の年の春、臨時の祭の舞人にて參り侍りけるに南殿の櫻の盛なりける枝につけて、忘るなよなれし雲居の櫻花うき身は春のよそになるともと女房の中に申し侍りける返し

思はざりし身こそ雲居のよそならめ馴にし花は忘れしもせじ

參川内侍

同じ院隱れさせ給ひて後南殿の櫻を見て

思ひ出づやなれし雲居の櫻花見し人數に我れもありきと

權中納言公雄

文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に

忘れめや昔みはしのさくらばな今は雲居のよその面かげ

前大納言爲兼

永仁二年三月大江貞秀藏人になりて慶を奏しけるを見て宗秀が許に申し遣しける

めづらしき緑の袖も雲のうへの花に色添ふはるの一しほ

皇太后宮大夫俊成

花の歌の中に

埋木となりはてぬれど山櫻をしむ心は朽ちずもあるかな

從二位兼行

出家の後、寄花衣といふ事を

袖ふれし音は昔にへだて來て花にぞうとき苔のころもで

皇太后宮大夫俊成女

寳治の百首の歌の中に、見花といふ事を

たづぬとも思はで入りし奥山の庵もるはなを獨こそ見れ

法印長舜

春の歌に

世の憂さはいづくも花に慰めばよしや芳野の奥も尋ねじ

西行法師

那智の山に花山院の御庵室のありける上に櫻の木の侍るを見て、住みかとすればと詠ませ給ひけむ事思ひ出てられて詠みける

木の本に住みける跡を見つる哉那智の高嶺の花を尋ねて

從三位氏成

花の歌の中に

こゝのそぢあまり老いぬる身にも猶花に飽かぬは心なり

永福門院内侍

都の外に住み侍りける頃宣光門院新右衛門督の許へ申し遣しける

またはよも身は七十ぢの春ふりて花も今年や限とぞ見る

院御歌

これを御覽じて、御返し

人も身も又來む春も知らぬ世に霞む雲路を隔てずもがな

伏見院御歌

寄花述懷の心を

時過ぎしふる木の櫻今は世に待つべき花の春もたのまず

永福門院

暦應二年の春、花につけて奉らせ給ひける

時知らぬ宿の軒端の花ざかり君だにとへな又たれをかは

院御歌

御返し

春うとき深山隱れの詠めゆゑとふべき花の頃もわすれて

和泉式部

花のいとおもしろきを見て

あぢきなく春は命の惜しきかな花ぞ此世のほだしなりける

如淨法師

題志らず

風吹けばまさらぬ水も岩越えて瀧つ川瀬は花のしらなみ

源貞行

山深く猶分け入りて尋ぬれば風に知られぬ花もありけり

源貞世

散る花をせめて袂に吹きとめよそをだに風の情と思はむ

平親清女

散るまでに人もとひこぬ木のもとは恨やつもる花の白雪

源和義

歸雁を詠める

玉章もことづてゝまし春の雁我が故郷に歸るとおもはゞ

源貞泰

春雨

さびしさは昔より猶まさりけり我が身ふりぬる宿の春雨

源高國

春の歌に

春と云へば昔だにこそかすみしか老の袂にやどる月かげ

從二位家隆

百首の歌の中に、春月

おぼろにも昔の影はなかりけり年たけて見る春の夜の月

土御門院御歌

同じ心を

時わかぬ泪に袖はおもなれて霞むも知らず春の夜のつき

藤原隆信朝臣

後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、遲日を詠める

斯しつゝ積れば惜しき春の日をのどけき物と何思ふらむ

徽安門院

春の歌とて

心うつすなさけよこれも夢なれやはな鶯のひとゝきの春

山本入道前太政大臣

山階入道左大臣の家の十首の歌に、松藤を

影うつす松も木高き春の池にみなそこかけてにほふ藤波

前大僧正實超

おなじ心を

底きよき池のみぎはの松が枝に影までなびく春の藤なみ

前太政大臣女

春の歌の中に

山吹の花のしがらみかくれども春はとまらぬ井手の玉川

永陽門院左京大夫

此の春はかならず伴ひて花見るべきよしなど申し侍りける人彌生の末までとはず侍りければ

等閑の詞の花のあらましを待つとせし間に春も暮れぬる

前大僧正慈鎭

雜の歌の中に

さらぬだに心細きをさゝがにの軒に糸ひく夕ぐれのそら

深心院關白前左大臣

百首の歌詠み侍りけるに

四阿屋のまやの軒端に雨すぎて露ぬきとむるさゝ蟹の糸

從三位氏久

題志らず

みあれ木にゆふしで懸けし神山の裾野の葵いつか忘れむ

高階重成

郭公を

都にはまだしき程の郭公ふかきやま路をたづねてぞ聞く

三善爲連

誰が爲もつれなかりける郭公聞きつと語る人しなければ

菅原朝元

時鳥鳴くべき頃と思ふより空にながめぬゆふぐれぞなき

前大僧正忠源

待ちえても老はかひなし郭公同じ初音もかすかにぞ聞く

藤原行信朝臣

さこそげに忍び音ならめ時鳥くらき雨夜の空に鳴くらむ

藤原景綱

天雲の夕ゐるみねの時鳥よそに鳴く音は聞くかひもなし

權中納言宗經

尋ね入る深山隱れの時鳥うき世のほかのことかたらなむ

讀人志らず

右大將兼長馬にて眞弓射させ侍りけるに舍人どもの的かくることを爭ひて夜更くる迄侍りければ物見車ども皆追々に歸りけるにある女車よりかくかきて大將の隨身に取らせ侍りける

梓弓ためらふ程に月影の入るをのみ見てかへりぬるかな

從三位客子

世を背きて後菖蒲を見てよめる

今日とても文目分くべき身ならぬに何に懸てかねのなかる覽

從二位兼行女

題志らず

橘のかをり凉しく風立ちてのきばにはるゝゆふぐれの雨

祝部成實

早苗を

ゆふかけて今日こそ急げ早苗取るみと代小田の神の宮人

安倍宗長朝臣

松陰の水堰き入れて住吉の岸のうへ田にさなへ取るなり

藤原教兼朝臣

五月雨を

晴間なき心の中のたぐひとや空もかきくらす五月雨の比

津守國夏

水隱れてしげみは見えぬ五月雨に浮きて殘れる淀の苅菰

高階重茂

干さで今日幾日になりぬ海士衣田蓑の島のさみだれの比

源顯氏

夏の歌に

今もかも夕立すらし足引の山の端かくすくものひとむら

惟宗光吉朝臣

野夕立

ふじのねは晴行く空に顯はれて裾野にくだる夕立のくも

伏見院御歌

五十首の御歌の中に、夏草

夏草のことしげき世にみだされて心の末は道もとほらず

前參議雅有

山家晩凉と云ふ事を

雨そゝぐ外面の眞柴風過ぎて夏をわするゝ山のしたかげ

讀人志らず

夏の歌の中に

村雨は晴行くあとの山陰に露ふきおとすかぜのすゞしさ

源貞頼

山もとに日影及ばぬ木隱れの水のあたりぞ夏にしられぬ

儀子内親王

題志らず

更けにけりまた轉寢に見る月の影も簾にとほくなりゆく

皇太后宮大夫俊成

述懷の百首の歌の中に、ともしを

ますらをは志か待つ事の有ればこそ繁き歎も堪忍ぶらめ

前大納言爲家

北野の社に奉りける百首の歌に

五月暗ともしに向ふしかばかり逢ふも逢はぬも哀世の中

從三位基輔

題志らず

秋近き草のしげみに風立ちて夕日すゞしきもりの下かげ

大江貞懷

木かげ行く岩根の清水そこきよみうつる緑の色ぞ凉しき

藤原秀治

一むらの雲吹きおくる山風に晴れても凉し夕だちのあと

惟宗光吉朝臣

心あらば窓の螢も身をてらせあつむる人の數ならずとも

貞空上人

岩間つたふ泉の聲も小夜更けて心をあらふ床のすゞしさ

藤原隆信朝臣

河原院にて法橋顯昭歌合し侍りけるに、故郷のなでしこと云ふ事を

うゑて見し籬は野邊と荒れはてゝ淺茅にまじる床夏の花

後西園寺入道前太政大臣

七月七日龜山院より七夕の歌召されける時よみ侍りける

苔衣袖のしづくを置きながら今年もとりつ草のうへの露

藤原秀行

同じ心を

天の川とわたる舟のみなれ棹さして一夜となど契りけむ

高階師冬

初秋はまだ長からぬ夜半なれば明くるや惜しき星合の空

慶政上人

寧世間安隱一身乎と云ふ事を

もち侘ぶる身をも心の秋風におき所なきそでのしらつゆ

法師

題志らず

知られずも夕の露の置きやそふ庭の小萩の末ぞかたぶく

式部卿久明親王

大方の秋の詠めも分きてなほ山と水とのゆふぐれのそら

大江貞廣

物に觸れてなせる哀は數ならず唯そのまゝの秋の夕ぐれ

和氣全成朝臣

日影殘る籬の草に鳴初めて暮るゝを急ぐきり%\すかな

前權僧正圓伊

なれて聞く老の枕のきり%\すなからむ跡の哀をもとへ

賀茂重保

夕まぐれすがる鳴く野の風の音にことぞともなく物ぞ悲しき

前中納言爲相

秋述懷と云ふ事を

春日野に秋鳴く鹿も知るべせよをしへし道の埋るゝ身を

順徳院御歌

秋の歌あまたよませ給ひけるに

鹿のねを入相の鐘に吹きまぜて己れ聲なきみねのまつ風

伏見院御歌

田家の心を

遙かなる門田の末は山たえて稻葉にかゝる入日をぞ見る

貫之

瀧をよめる

松の音を琴に志らぶる秋風は瀧の糸をやすげて引くらむ

後京極攝政太政大臣

秋の歌の中に

水青き麓の入江霧晴れてやま路あきなるくものかけはし

權少僧都潤爲

入日さす浦よりをちの松原に霧吹き懸くるあきの潮かぜ

前大納言尊氏

百首の歌奉りし時

秋風にうき立つ雲はまどへども長閑にわたる雁の一つら

藤原頼清朝臣

題志らず

晴れそむる峰の朝霧ひま見えて山の端渡るかりの一つら

藤原宗行

穗に出づる秋の稻葉の雲間より山もと見えて渡る雁がね

中臣祐夏

秋雨を

嵐吹く高嶺の空はくも晴れて麓をめぐるあきのむらさめ

平英時

題志らず

寂しさは軒端の荻の音よりも桐の葉おつるにはの秋かぜ

明通法師

空はまだ殘る日影の薄霧に露見えそめてにはぞくれゆく

藤原宗泰

須磨の浦や波路の末は霧晴れて夕日に殘る淡路しまやま

前大納言尊氏

松風に月の尾上は空晴れて霧のふもとにさをじかのこゑ

權中納言公雄

後宇多院の七夕の七百首の歌に、駒迎を

今もかも絶せぬ物か年ごとの秋のなかばのもちづきのこま

從三位爲親

同じ七百首の歌に、湖月を

さゞ波やにほてるうらの秋風に浮雲晴れて月ぞさやけき

前大納言尊氏

月の歌の中に

初瀬山檜原に月は傾ぶきてとよらの鐘のこゑぞふけゆく

津守國實

いねがてに詠めよとてや秋の月更ては影の冴え増るらむ

賀茂經久

故郷は軒はふ蔦の末たれてさし入る月のかげだにもなし

藤原爲守女

此頃は月にも猶ぞなれ増るねられぬまゝの老のすさびに

藤原懷通朝臣

雲の上になれ見し月ぞ忍ばるゝ我が世更け行く秋の涙に

和氣種成朝臣

思ひ出づる昔に似たる面影ぞふるきをうつす鏡なりける

丹波長典朝臣

身の憂へ慰むかとて見る月や秋をかさねて老となるらむ

法印源全

年毎に逢ひ見る事は命にて老のかず添ふあきのよのつき

光明峰寺入道前攝政左大臣

貞永元年八月十日頃中宮女房いざなひて東山へまかり侍りけるに水に月のうつりてくまなかりければ

せき入るゝ岩間の水の飽かでのみ宿かる月を袖に見る哉

後堀河院民部卿典侍

返し

立ち歸る袖には月の慕ふとも石間の水はあかぬたびかな

二品法親王尊胤

護持に侍りける比、月を見て

祈り來て仕ふる宵の秋もはやなれて三とせの雲の上の月

入道二品親王尊圓

百首の歌奉りし時

斯てこそ見るべかりけれ奥山の室のとぼそにすめる月影

儀子内親王

雜の歌の中に

空清く有明の月はかげすみて木高き杉にましらなくなり

丹波忠守朝臣

秋寒きありあけの空の一時雨くもるもつらき情なりけり

惠助法親王

山家月を

厭ひこし浮世の外の山里に月はいつよりすみなれにけむ

藤原爲守

世を遁て後東に住侍ける頃よめる

住侘びて出でし方とは思へども月に戀しきふるさとの秋

法印隆淵

題志らず

なれて見る月ぞ知るらむ年を經て慰めがたきあきの心は

貫之

承平五年、内裏の御屏風に、月夜に女の家に男いたりてすのこに居て物云はせたる所

山の端に入なむと思ふ月見つゝ我はと乍らあらむとやする

女、返し

久堅の月のたよりに來る人はいたらぬ所あらじとぞ思ふ

寂然法師

思ふ事有りける比

つく%\と事ぞともなき詠して今宵の月も傾ぶきにけり

太宰大貳重家

籠り居て侍りける比、月を見て

月影のくまなしとても侘人の心の暗の晴ればこそあらめ

俊惠法師

月前述懷を

詠むれば身の憂き事の覺ゆるをうれへ顏にや月も見る覽

土御門院御歌

月の御歌の中に

歎くとて袖の露をば誰れかとふ思へばうれし秋の夜の月

從二位家隆

昔には有りしにも非ぬ袖の上に誰れとて月の泪とふらむ

伏見院御歌

月の十五首の歌、人々によませさせ給ひけるに、雜月を

哀さても何のすさびの詠めして我世の月の影更けぬらむ

院御歌

寄月雜と云ふことをよませ給ひける

雲深きみどりの洞にすむ月のうき世の中に影はたえにき

四條太皇太后宮主殿

題志らず

殘りなく思ひ捨てゝし世の中に又をしまるゝ山の端の月

賀茂雅久

遠近の砧の音にいく里もおなじ夜さむのあはれをぞ知る

前大僧正慈勝

雜の歌の中に

荒れにける庭のかきほの苔の上に蔦はひかゝる故郷の秋

祝部成國

紅葉を

一しほは手折りて後に染めて鳬時雨に翳す山のもみぢ葉

兼空上人

秋の歌に

うら枯るゝ尾花が末の夕附日うつるも弱き秋の暮れがた

大江千里

暮秋の心を

山さむし秋も暮れぬとつぐるかも槇の葉ごとに置ける朝霜

和泉式部

秋の末つかたより雨うちつゞきふるに十月一日によめる

今日は猶隙こそなけれ掻曇る時雨心地はいつもせしかど

藤原冬頼

題志らず

夕附日雲一むらにかげろひて時雨にかすむをかの松ばら

祝部成國

音ばかり板屋の軒の時雨にて曇らぬ月にふる木の葉かな

前大僧正賢俊

落葉交雨と云ふ事を

神無月時雨に交るもみぢ葉は散りかふ程も色や添ふらむ

二品法親王尊胤

冬の歌の中に

落葉にも秋の名殘をとめじとやまた誘ひ行く木枯のかぜ

從二位爲子

閑居冬夕を

寂しさよ桐の落葉は風になりて人はおとせぬやどの夕暮

後伏見院御歌

風前落葉と云ふ事をよませ給ひける

山嵐に脆く落行くもみぢ葉の留らぬ世は斯こそ有りけれ

慶政上人

神無月の頃、岡屋入道關白のもとより、山中何事か侍ると申しつかはして侍りける返事によみてつかはしける

詠遣る正木のかづら散果てゝ目に懸るべき物だにもなし

守子内親王

題志らず

影よわき夕日うつろふ片岡に殘るもすごきむらすゝき哉

藤原高範

風かよふ籬の荻の冬がれも色こそかはれおとはかはらず

安嘉門院四條

百首の歌よみ侍りける中に、野を

武藏野は皆冬草の萎れ葉に霜は置くとも根さへ枯れめや

讀人志らず

江寒蘆

湊江の氷に立てる芦の葉にゆふ霜さやぎうらかぜぞ吹く

前權僧正尊什

冬月をよめる

さえ透る霜夜の空の更くるまゝに氷り靜まる月の色かな

法印宰承

題志らず

掻暮し時雨ると見れば風さえてみぞれになりぬ浮雲の空

贈從三位清子

冬の歌の中に

空にのみ散る計りにて今日幾か日をふる雪の積らざる覽

惟宗忠貞

浦雪を

難波潟みぎはの雪は跡もなし溜ればがてに浪やかくらむ

權中納言公雄

文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に

庵結ぶ山路のゆきも年ふりて埋もるゝ身は問ふ人もなし

今出川入道前右大臣

後伏見院、北山亭に御幸ありて人々歌つかうまつりける時、雪を

數ふれば待ちも待たれも君が爲つかへふりぬる雪の山里

法印覺懷

同じ心を

玉鉾の道ある御代に降る雪は昔のあとぞなほのこりける

藤原爲量朝臣

春きても花を待つべき梢かは雪だに殘れたにのうもれぎ

後照念院前關白太政大臣

降りにける跡をし世々に尋ぬれば道こそたえね關の白雪

太上天皇

冬の歌の中に

降りうづむ雪に日數は杉の庵たるひぞ繁きやまかげの軒

順徳院御歌

千鳥鳴くさほの山風聲冴えてかは霧白くあけぬこの夜は

前權僧正隆勝

冴ゆる夜の入海かけて友千鳥月にとわたるあまの橋だて

前中納言有忠

後宇多院の七夕の七百首の歌に、浦千鳥を

仕へ來し跡に殘りて浦鵆有るかひもなき音をのみぞ鳴く

紀行春

同じ心を

跡つけむ方ぞ知られぬ濱千鳥和歌の浦わの友なしにして

藤原成藤

冬の歌に

氷りても音は殘れる水無瀬川したにや水の有りて行く覽

藤原基雄

山川の岩間に殘るもみぢ葉のしたには透けるうす氷かな

俊頼朝臣

堀川院の百首の歌に、炭竈を

炭がまの烟ならねど世の中を心ぼそくもおもひ立つかな

爐火

いかにせむ灰の下なる埋火の埋れてのみ消えぬべき身を

前權僧正靜伊

歳暮を

老となる數は我身にとゞまりて早くも過ぐる年の暮かな

前權僧正雲雅

同じ心を

身の上に積る月日も徒らに老のかずそふとしのくれかな

兵部卿
[_]
[3]C
明親王

冬の歌の中に

行く末を思ふにつけて老ゆらくの身には今更惜しき年哉

前中納言爲相

歳暮の歌とてよめる

今はたゞ慕ふばかりの年の暮哀れいつまで春を待ちけむ

藤原爲基朝臣

世をそむきて後山里に住み侍りけるに年のくれていほりの前の道を樵夫どものいそがしげに過ぎ侍りければ

山人の軒端の道に急がずば知らでや年のくれを過ぎまし

永福門院内侍

百首の歌奉りし時、冬の歌

去年もさぞ又はかけじの老の浪越ゆべき明日の春も難面し
[_]
[2] A kanji in place of C in our copy-text is unavailable in the JIS code table. The kanji is Morohashi's kanji number 1721.