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菟玖波集卷第一 春連歌上
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1. 菟玖波集卷第一
春連歌上

寶治元年八月十五夜百韻連歌に

山かげしるき雪のむら消え

後嵯峨院御製

と侍るに

あらたまの年の越えくる道なれや

前大納言爲家

たえぬ煙と立ちのぼるかな
春はまだ淺間の岳のうす霞

二品法親王

山の梶井坊にて百韻連歌侍りけるに

なほもこほるは志賀のうら波
雪間より道ある山となりぬるに

前大納言尊氏

月影さむくよこそふけぬれ
初春は霞ながらも冬に似て

右大臣に侍りし時、家の百韻連歌

花おそげなる山里の春

關白前左大臣

といふ句に

これを見む霞に殘る雪の松

道譽法師

うらの春とや波に花さく
遠山は霞にもなり雪に見え

救濟法師

船路のあとの山はいづくぞ
松原のきのふは見えし朝霞

後深草院少將内侍

立ちそむる霞の袖はなほうすし
浦はかとりの春のあけぼの

夢窓國師

舟路の末のうらは知られず
そことなき汐瀬の波のひと霞み

前大納言爲氏

誰袖かけて風かよふらん
佐保姫の霞の衣たちかさね

從二位家隆

後鳥羽院御時白黒賦物の連歌召されけるに

乙女子がかつらぎ山を春かけて
かすめどいまだ峯の白雪

福光園院入道前關白左大臣

弘長二年八月の庚申百韻連歌のうちに

有明けの月もおぼろに影みえて
春の雪げにさゆる空かな

前大納言公任

正月二十日あまり風寒く雨降りけるに、内に參りてふところ紙に書きて、清少納言の局にさし置き侍りける

すこし春あるここちこそすれ

清少納言

と侍るに

空さえて雪は花にやまがふらん

左近中將義詮

春ながら年は日數ものこりけり
雪の枝にも匂ふ梅が香

源頼章朝臣

常在光院にて百韻連歌侍けるに

身をさりともとたのむばかりぞ
朽ちのこる老木の梅に花咲きて

前大僧正賢俊

野べに消えし煙の跡は霞にて
この山里はなほ春の雪

權少僧都永運

むもれ木ながら春を忘れず
谷川のせぜの白波雪きえて

寂意法師

嵐の音のさえかへる空
月に見る雪は春さへ消えやらで

性遵法師

しほひはるかに見ゆる松原
やまあれば霞の上に雪消えて

詑阿上人

道あらはるる野こそ遠けれ
山本のかすむのきばに夜はあけて

頓阿法師

むかふ中にも隔てこそあれ
住吉の浦よりかすむ淡路島

素阿法師

數ならぬ身は春ぞよそなる
山里は雪消えながら道なくて

源顯氏朝臣

花にさく梢も高き峯の松
春にはおよぶ曙もなし

源頼氏

霞にのこる槇のむら立
深山には消ゆるともなき雪なるに

周阿法師

國國は同じ春にやなりぬらん
伊勢しまかすむ浦の明けぼの

前大納言爲家

谷の小川や水まさるらん
山ふかき春のみ雪は下消えて

後光明照院前關白左大臣

とはばやなほもふるさとの春
誰が植ゑしあるじも知らぬ梅咲きて

後鳥羽院御製

朝霞春や山より立ちぬらん
雪に木つたふ鶯の聲

從二位家隆

建保五年四月院の庚申百韻に

年の内より春を迎へて
鶯のしのぶる聲もいかならん

後二條院御製

春淺く霞まぬ空はなほさえて
梅が香になる雪の下風

岡本前關白左大臣

心なき身も春や知るらん
山がつの梅の垣穗に花咲きて

六條内大臣

今は花咲く春をまつかな
掘りうゑし根こじの梅は枯れもせで

前權大納言尊氏

里あれば浦にも鐘やきこゆらん
なにはの梅の匂ふ夕ぐれ

二品法親王

我をも誘ふ鶯の聲
梅が香を花にもそへぬ風吹きて

救濟法師

北野社の千句連歌に

我も老木の花の下蔭
松ならぶ梅の匂に風吹きて

導譽法師

枯木と見しに花の咲く春
梅が枝の盛のほどは葉もなくて

寛元四年三月法勝寺花下にて

若菜つみにと急ぐ心に

寂忍法師

といふ句に

梅の花匂ふあたりは過ぎやらで

無生法師

寶治元年三月昆舍門堂花下にて

櫻色に空さへとづる梢かな
花にもりくる鶯の聲

法印禪陽

神垣の春を忘れぬ梅が香に
そのきさらぎも半ば過ぎぬる

源頼康

春はひがしや始めなるらん
三日月は西より見ゆる霞にて

後深草院少將内侍

思ひいづる見し世の春はそれながら
月やむかしに霞みはつらん

後宇多院御製

元亨三年四月龜山殿百韻連歌に

同じ雲井の春ぞ戀ひしき
老が身にかすめる月は隔りて

關白前左大臣

そのしなじなや又かはるらん
月かすむはては雨夜になりにけり

二品法親王

老の春をば誰にかこたん
涙にはかすむも月のとがならず

權大納言良冬

雲も一つにかすむ夕暮
出でそむる月のおぼろに山見えて

藤原俊顯朝臣

春ふる雪はやがて消えぬる
霞めども雲にたまらぬ月みえて

良心法師

法勝寺花下連歌に

たぐひもあらじ梅の初花
おぼろなる月は軒端にうつろひて

信昭法師

春雨のくもりつづくは物うきに
おぼろなるにも月を待たばや

本照法師

春も末なる東路の山
月かすむ小夜のなかばの鐘聞きて

前大納言爲世

時のまの春や昔となりぬらん
面影かすむ有明の月

前大納言尊氏

つれなきものや涙なるらん
ありあけはやがておぼろに成りにけり

救濟法師

なごりは花に限らざりけり
又や見ん有明の月の朝霞

木鎭法師

月あればなほ山影や霞むらん
鐘よりさきにあけし春の夜

前大納言氏忠

有明のかすむ枕に鐘聞きて
別れ程なき春の夜の夢

前中納言宗經

霞だに立ちも及ばぬ不二の根に
たぐひもあらじ曙の春

源尊宣朝臣

思はぬ夢ぞ昔なりける
春の夜はただ一時にあけ過ぎて

蓮智法師

霞より出でてにほてる日の影に
海の春には波風もなし

藤原親秀

山本やかすみて遠くなりぬらん
おぼろ月夜のあけのそほ舟

高階重成

山よりもさきにや人の立ちかへり
春をかさぬるころもかりがね

後深草院辨少將内侍

寶治元年八月十五夜院の百韻連歌に

昔より人になごりを慕はれて
おのが心と歸るかりがね

忠房親王

後光明照院關白左大臣家の百韻連歌に

同じ方にや春もゆくらん
かりがねは越路の方をすみかにて

後宇多院御製

ゆく月も天津空なる道なれや
雲井の雁も春やしるらん

常盤井入道前太政大臣

ふる雪はこしぢになほやのこるらん
あとなく歸る春の雁がね

藤原家尹朝臣

そなたの峯は雪ものこらず
遠山も別れの雁のあとに見て

前大納言尊氏

霞にくるる空は覺えず
春雨のふるとしもなき音はして

六條前内大臣

あらましやただ徒らに成りぬらん
柳が枝に花も匂はず

道生法師

寶治三年昆沙門堂花の下にて

花も咲きぬや葛城の山
うち靡く柳が枝の永き日に

善阿法師

正和元年二月法輪寺千句に

花も老木の姿なりけり
朽ちのこる柳のまゆのうす緑

權少僧都永運

眞柴つむ舟こそ岸につきにけれ
水のけぶりや柳なるらん

救濟法師

命は知らず日こそ永けれ
白露の玉の小柳雨ふりて

西園寺入道前太政大臣

春の日に垣根の雪は消えながら
若葉の草はなほぞみじかき

善阿法師

法輪寺千句連歌に

あは雪は春のしるしに消え初めて
うすき煙は草の下もえ

前大納言實教

音立ててふる夜の雨かな
槇の戸の嵐の春はしづかにて

後鳥羽院御製

建保五年四月庚申、百韻の連歌に

いづれの浦と詠めわくらん
淺みどり春の鹽屋のうすけぶり

關白前左大臣

花おちかかるかげの松原
春の日は山に近きも暮れやらで

今上御製

文和三年七月うへのをの子ども連歌仕りけるに

草も木も同じ惠の時を得て
野山の春も我が國の春

同じ連歌に

日影にかすむ夕暮の月
よるひるの境もわかず花を見て

左近中將義詮

我が故郷の春ぞゆかしき
うゑ置きし花の盛のおもはれて

伏見院御製

正和四年五月朔日百韻連歌に

ことかたに移りかねぬる心にて
軒の櫻にめかれこそせね

山階入道左大臣

弘長二年八月院の百韻連歌に

ゆき歸る雲井の雁はそれながら
花ある里にわかれずもがな

花山院御製

春のくる柳の絲をめにかけて
花の陰こそ思ひやらるれ

前中納言定家

ささ竹の大宮人のかり衣
一夜はあけぬ花の下臥し

後嵯峨院御製

またとぞ契るあかぬ名殘を
知る知らぬ春のならひの花の陰

花山院入道前右大臣

心から憂きにぬれたる我が袂
花のしづくや雨とふるらん

前中納言有忠

雲ゐる山に花や散るらん
ぬれぬれも雨にさはらぬ櫻狩

順覺法師

法輪寺千句連歌に

霞のそこは入相の鐘
いそがれぬ花のかへさや暮れぬらん

性遵法師

惜しき春こそ夕暮になれ
山里に月出づるまで花を見て

良阿法師

かたわに見ゆる春の三日月
小車の半ばは花に木がくれて

十佛法師

誰に見よとて涙落つらん
古里は花ひとりこそ昔なりけれ

北山の花を見て歸り侍るとてうつぼに花の枝をさして一條の大路を過ぎ侍りけるに、さじきの内より女の聲にて

やさしく見ゆる花うつぼかな

藤原基政

といひ侍りければ馬より下りて

もののふや櫻狩して歸るらん

藤原隆祐朝臣

僞りのいつはりならず見ゆるかな
櫻にかかる峰の白雲

承胤法親王

歸りかねたる雁の一つら
花のこる里には人のとどまりて

前中納言有光

柴の戸までもうきはのがれず
山はなほ花に嵐のいとはれて

權僧正良瑜

浦の霞に松風ぞ吹く
月のこる花の外山の朝ぼらけ

源高秀

越ゆる關路は霞かすまず
松原や花のこなたに暮れぬらん

稱阿上人

いにしへの春は心にかへり來て
老木は花もまれにこそ咲け

救濟法師

思はぬ方に宿をこそとへ
花にゆく心や我を忘るらん

導譽法師

里まで鐘を送る山風
とふ人の名殘も花の夕にて

關白前左大臣

山路の春やまた殘るらん
けふくればあすもと思ふ花を見て

二品法親王

まちわかれいづれも花の心にて
見るは一時のはるぞ少き

花園院御製

春の日や霞のそこをくぐるらん
花のうつりて水のくれなゐ

伊勢大輔

上東門院中宮と申しける時、うへの局にすませ給ふける前を過ぐとて、藤原道信朝臣山吹を折りて御簾の中へさし入れ侍るとて

くちなしに千しほ八千入染めてけり
こはえもいはぬ花の色かな

太宰權帥俊賢

馴れ來ても共に幾年過ぎぬらん
いまの朽木はうゑおきし花

南佛法師

ひとへふる雪にも跡やつけつらん
匂もをしき花の下風

前參議宗平

山里の夕は月になりにけり
花の陰とやなほかすむらん

權中納言公雄

かすめる山や遠くなるらん
白雲のいくへの花も見えわかず

後醍醐院御製

元亨二年南殿の陰にて人人連歌仕りけるに

今いにしへの春の面影

といへるに

月影にみはしの花の雲のうへ

前中納言爲相

かねて思ふも春はをしきに
散らぬより風にななれそ山櫻

内大臣

雪にいくたび友を待つらん
山里の花は散るまで人とはで

前中納言定家

建保五年四月院の庚申の連歌に

ききおきしこれや生駒の峯ならん
雪と見えたる花の林は