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10. 菟玖波集卷第十
戀連歌中
廣幡御息所
内へまゐらせ給ひたりけるに、遲く渡らせたまひたりければ
天暦御製
と侍りけるに
前左兵衞督爲教
建長四年九月常盤井太政大臣有馬の温泉にて人人連歌しけるに
たのめともとひ來ぬ人の僞りに
前大納言爲家
うつろふ人はとふ暮もなし
寂忍法師
とはれし時を思ひいでつつ
順覺法師
今宵また灯けさでまつものを
前大納言尊氏
待宵の更くればやがて別れにて
入相はまたぬ夕も同じ聲
救濟法師
又も來ん後のゆふべはいさ知らず
前參議彦良
月待つも契に似たるゆふべにて
導譽法師
まつのみかつれなきはなほ人こころ
木鎭法師
とはるべき暮をいつとかしらま弓
善阿法師
まれに訪ふにも宵過ぐるほど
道生法師
浦の濱松まつと知らずや
藤原宗篤
いつはりと思ひ定めばよもまたじ
頓阿法師
人も來ず我が身もとはで更けにけり
五節の頃内よりまかり出でんといひけるに
實方朝臣
と女房申し侍りければ
伏見院御製
正和四年五月伏見殿の百韻の連歌に
くべきほどけふさへ又や過ぎぬらん
後鳥羽院御製
今來んといひし有明の月草の
前大納言爲家
住吉の松とたのめしほどに又
後深草院辨内侍
と侍るに
藤原高秀
うき人を待つとせしまに月ふけて
藤原氏秀
同じ世は別れながらもなほまちて
信照法師
岩代の松とばかりは音信れて
女のかたより出せる盃の底にかきつけて侍りけるを見れば
業平朝臣
とありて末はなし。盃のうちに繼松の炭して末をかきつく
前大納言爲家
みしよの夢に思ひあはせて
伏見院御製
正和四年五月伏見院百韻連歌に
へだてなき心もさすが知りぬらん
關白左大臣
文和四年十二月前大僧正賢俊清閑寺にて
我がたもと人の枕にせしものを
稱阿上人
たまたま逢ふぞ契すくなき
救濟法師
逢ふまでは夜の更くるをも憚りき
源氏頼
關守も心のゆくをゆるせかし
藤原親秀
逢ひ見るは心ばかりの夢路にて
神爲清
むば玉のよるの夢には見えながら
善阿法師
逢ひ見てのちもなほおもへとや
南佛法師
逢ひ見てや時もうつらず明けぬらん
十佛法師
神の鳴る雨のよにたる人の來て
關白左大臣
一夜なりとも思ひ出の夢
源宗氏
戀ひしきややがて寢覺めになりぬらん
菅原長綱朝臣
心のうちの夢のうきはし
盛宣法師
ねぬるよの夢ばかりこそ契なれ
藤原助成
うき中やうつつも夢になりぬらん
導譽法師
誰とかはふかき思ひの床のうへ
二品法親王
近づくは遠ざかるべき始にて
救濟法師
ねて泣かば上なる袖はよもぬれじ
寂意法師
名殘ある夢のまよひに夜は更けて
藤原冬隆朝臣
人の來で更くるを月にかこたばや
尊雄法師
夜ごとにや袖の泪をかさぬらん
權律師道圓
いつとなく我がなきぬらすさよ衣
昌信法師
有明の月の頃にと契りしに
源信詮
又ひとりねの夢の手枕
周阿法師
夢までも關ある人の心にて
藤原長泰
涙の雨のくらきともし火
惟宗親孝
夢の契ようつつともなれ
前大納言氏忠
夢に返してみる人もがな
良心法師
夢にだに逢ひ見るまじき契にて
道生法師
涙にかへる夢のうきはし
法眼良證
うつつにあふも夢にかはらず
法印定清
我が思ふ心や夢をみせつらん
前中納言定家
たのめこし夢のたよりをうつつにて
後嵯峨院御製
やみのうつつは寢んかたもなし
天暦の御時、宵に久しくおほどのごもらざりけるに
滋野内侍
と仰せられければ
關白前左大臣
知らずとよ我がかよひ路の人の夢
導譽法師
あふよさへ覺めてや夢になりぬらん
救濟法師
身にしればうき人とても夢やみし
順覺法師
物思へば春の夜だにも明けやらで
前大納言爲氏
見し俤のおもひ出でもがな
信實朝臣
はかなくも思ひいづやと思ふかな
後光明照院前關白左大臣
夢をいくたびまた重ぬらん
關白前左大臣
袖にうき涙や月をぬらすらん
二品法親王
月見ては人のうきをも忘れめや
大江成種
我が行くも人の歸るも夢路にて
素阿法師
月にこそともに見しよは殘りけれ
平忠時
月のよをあかさで人や歸るらん
大中臣經有
うきことを思はで月を見るべきに
村譽法師
手枕に人のなごりの月を見て
よみ人知らず
うちに侍らひける人を契りて侍りけるに、夜遲くまうできけるに、丑三つと時申しけるを聞きて云ひ遣しける
良岑宗貞
關白前左大臣
文和四年五月家の千句連歌に
露ならず夢の枕に人を見て
相阿法師
なみだの袖に露な加へそ
左近中將義詮
曉の鐘こそ夢のわかれなれ
源高朝
夕暮の夢あかつきの鳥
救濟法師
夢さむる枕のあたりおきて見よ
源氏頼
別れにぞ待つにも心身にそはで
權少僧都都永運
なみだある袖の別れにかきくれて
關白前左大臣
わかれをかへす夢や見ゆらん
二品法親王
時知りがほに告ぐる鳥の音
藤原光遠
面かげにかへりし人をなほとめて
隆祐朝臣
きぬぎぬの涙をだにも形見とや
中納言忠嗣
別れつる人の枕にまたねして
源尊宣朝臣
我ひとり夢の名殘に又寢して
藤原家尹朝臣
鳥の音も我がなくうへはよもきかじ
權僧正良瑜
曉の人の別れにわれなきて
高階重成
鳥の音を涙の中にききそへて
寂意法師
ともになく人の名殘の鳥がねに
高階重成
夢の別れはうつり香もなし
平宣時
鳥のねを別れになして恨みばや
丹波政職
一言もいはぬ別れに明け過ぎて
藤原忠頼朝臣
鐘をきき鳥はなけども殘る夜に
妙智法師
その別れまで夢になりぬる
權律師定暹
別れの道は關守もなし
寂意法師
ふかき夜を明け安くなす別れにて
救濟法師
別れにも死なれぬものは命にて
前大納言尊氏
人こそいそぐ別れなりけれ
二品法親王
まつよりも別れはうしといひながら
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