University of Virginia Library

8. 新拾遺和歌集卷第八
離別歌

衣笠前内大臣

遠きさかひに赴きける人に

立ち歸り何と名殘ををしむらむ心は人にわかれやはする

中務卿宗尊親王

藤原光俊朝書吾妻よりのぼりける時

三年迄なれしさへこそうかりけれせめて別の惜しき餘に

藤原隆信朝臣

吾妻へ行く人に申し遣はしける

東路の野原篠原分け行かば戀ひむなみだを思ひおこせよ

藤原仲實朝臣

堀河院の御時、百首の歌に、別を

とまるべき道にも非ぬ別路は慕ふこゝろや關となるらむ

京極前關白太政大臣家肥後

別れ路はせきも留めぬ涙かな行き逢ふ坂の名をば頼めど

大納言成通

題志らず

暮るゝ間も定なき世と知り乍歸來む日を待つぞはかなき

聖武天皇御製

大原櫻井、遠江の任に侍りける時、其の初雁のたよりにもと奏し侍りける御返しに

おほの浦のそのなか濱に寄る波のゆたにぞ君を思ふ此頃

中納言家持

越中守にて侍りけるが少納言になりて上り侍りける時國の司餞し待りけるに詠める

いはせ野の秋萩しのぎ駒なべて小鷹狩をもせでや別れむ

權中納言兼輔

藤原治方遠江になりて下り侍りけるに餞し侍らむとて待ち侍りけれど詣でこざりければ詠みて遣しける

來ぬ人を待つ秋風の寐覺には我れさへあやな旅心地する

成尋法師母

成尋法師唐土に渡りける時詠み侍りける

唐土へ行く人よりもとゞまりてからき思は我れぞ勝れる

權僧正道我

遠き國へ罷る人秋は必歸るべき由申しければ

限ある命なりせば廻りあはむ秋ともせめて契り置かまし

前大納言爲世

人々を誘ひて難波に月見に罷りて曉上りけるに前中納言實任など潮湯浴みて彼の所に侍りけるが名殘を慕ひける時頓阿、波の上の月を殘して難波江の芦分小舟漕ぎや別れむと申しければ返しに

漕ぎ出づる芦分小舟などか又名殘をとめて障りだにせぬ

前大納言實教

波の上の月殘らずば難波江の芦わけ小舟なほやさはらむ

大僧正行尊

大峰のふきこしと云ふ宿にとまりあひたりける山伏先だちて立ちければ

又いつと逢見む事を定めてか露のうき身を置きて行く覽

土御門院御製

與君後會知何日といふ事を

頼め置く明日の命も知らなくにはかなき物は契なりけり

前大僧正實伊

別の心を

頼まずよこれはある世の別とも又逢ふまでの命知らねば

前大納言爲家

目に見えぬ心ばかりは後れねど獨や山を今日は越ゆらむ

俊惠法師

道因法師みちの國にまかりくだりける時別惜みて人々歌詠み侍りけるに

是を見よ戀しかるべき行く末をかねて思ふにぬるゝ袂ぞ

藤原經尹

都うつりの比、後徳大寺左大臣、太皇太后宮に參りて女房の中にて夜もすがら月を見て物語などして曉歸りける時小侍從送りて出で侍りけるにともにありて申しける

物かはと君が言ひけむ鳥の音の今朝しもなどか悲しかる覽

源頼康

參議爲忠美濃國より都に上り侍りし時詠める

故里に立ち歸るとも行く人のこゝろはとめよ不破の關守

藤原基世

題志らず

哀れ又今年も暮れぬ老が身のおとろへ増る鄙のわかれに

前大納言爲世

藤原景綱吾妻に下り侍りし時鏡の宿へ遣はし侍りける

言の葉になげくとは見よ鏡山慕ふこゝろに影は無くとも