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新勅撰和歌集卷第十七 雜歌二
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17. 新勅撰和歌集卷第十七
雜歌二

題志らず

業平朝臣

我袖は草の庵にあらねども暮るれば露のやどりなりけり

思ふこと爭で唯にぞやみぬべき我とひとしき人しなければ

讀人志らず

朝なげによの憂き事を忍ぶとて歎せしまに年ぞへにける

和泉式部

更に又物をぞ思ふさならでも歎かぬ時のある身ともがな

いかにせむ天の下社住憂けれふれば袖のみまなく濡つゝ

相模

淺茅原野分にあへる露よりも猶あり難き身をいかにせむ

戀ふれども行きも歸らぬ古に今は爭でかあはむとすらむ

俊頼朝臣

戀しともいはでとぞ思ふ玉きはる立歸るべき昔ならねば

基俊

堀河院に百首の歌奉りける時

古を思ひいづるのかなしきはなけども空にしる人ぞなき

成尋法師母

成尋宋朝に渡り侍りにけるを歎きてよみ侍りける

歎きつゝ我身はなきになりはてぬ今は此世を忘にし

鎌倉右大臣

述懷の心をよみ侍りける

思出でゝ夜はすがらに音をぞなく有し昔の世々の
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ふるごと

世にふればうき言のはの數毎にたえず涙の露ぞ置きける

惟明親王

百首の歌の中に、述懷

なべて世の習と人や思ふらむうしといひてもあまる涙を

前大納言忠良

題志らず

かすが山今ひとたびと尋ねきて道みえぬまでふる涙かな

皇太后宮大夫俊成

春日山いかにながれし谷水のすゑを氷のとぢはてつらむ

四方の海を硯の水につくすとも我思ふこと書きもやられじ

源師光

行末に斯らむ身共志らずして我垂乳根のおほしたてけむ

前大僧正慈圓

年わかく侍りける時始めて百首の歌よみ侍りける述懷の歌

さし離れ三笠の山を出しより身をしる雨に濡ぬ日ぞなき

大僧正行尊

題志らず

かばかりと思ひ出でにし世中に何ゆゑとまる心なるらむ

僧正行意

徒に四十のさかを越えにけり昔もしらぬながめせしまに

如願法師

涙もてたれかおりけむ唐衣たちてもゐてもぬるゝ袖かな

藤原光俊朝臣

しのぶるも我が理といひながらさても昔をとふ人ぞなき

後徳大寺左大臣

壽永の頃ほひ思ふゆゑや侍りけむ、人に遣しける

荒き風ふきやをやむと待つ程にもとのこゝろの滯りぬる

後法性寺入道前關白太政大臣

右大臣に侍りける時百首の歌よみ侍りける、述懷

古の戀しきたびにおもふかなさらぬ別はげにうかりけり

左近中將公衡

述懷の心をよみ侍りける

身の果よいかにかならむ人しれぬ心にはづる心ならずば

後京極攝政前太政大臣

題志らず

さてもさはすまば住むべき世中に人の心の濁りはてぬる

寂蓮法師

さても又いくよかはへむ世中にうき身一つのおき所なき

藤原行能

文集、天可渡の心をよみ侍りける

わたつうみの鹽干にたてる澪標人の心ぞしるしだになき

法印聖覺

しばし世を遁れて大原山いな室の谷などにすみわたり侍りける頃熊野御幸の御經供養の導師のがれかたちもよほし侍りて都に出で侍りけるに時雨のし侍りければよ河の木蔭に立ちよりてよみ侍りける

諸共に山邊をめぐる村時雨さてもうき世にふるぞ悲しき

平泰時

題志らず

世中にあさはあとなくなりにけり心のまゝの蓬のみして

西行法師

高倉院の御時つたへ奏せさする事侍りけるにかきそへて侍りける

跡とめて古きを慕ふ世ならなむ今もありへば昔なるべし

頼もしな君きみにます時にあひて心の色を筆に染めつる

中原師季

醍醐の山にのぼりて延喜の御願寺を見てよみ侍りける

名をとむる世々の昔にたえね共すぐれし跡ぞみるも畏き

前關白

内大臣に侍りける時家の百首の歌に述懷の心を

河浪をいかゞはからむ舟人のとわたる梶の跡はたえねど

御製

をのこども述懷の歌つかうまつりける次でに

くり返し賤のをだまき幾たびも遠き昔を戀ひぬ日ぞなき

内大臣

述懷の心をよみ侍りける

いかさまに契置きてし三笠山かげ靡くまで月を見るらむ

權中納言定家母

定家少將になり侍りて月あかき夜悦申し侍りけるを見侍りてあしたに遣しける

三笠山みちふみそめし月影にいまぞ心のやみは晴れぬる

二條院讃岐

千五百番歌合に

影たけて悔しかるべき秋の月やみ路近くもなりやしぬ覽

後の世の身をしる雨のかき曇り苔の袂にふらぬ日ぞなき

道信朝臣

源爲相一臈藏人にてかうぶりの程ちかくなり侍りけるによみ侍りける

雲のうへの鶴の毛衣ぬぎすてゝ澤に年へむほどぞ久しき

謙徳公

頭中將に侍りける宰相になりて内よりいで侍りて内侍のかみの許に遣しける

おりきつる雲の上のみ戀しくて天つ空なる心地こそすれ

藤原相如

藏人にてかうぶり給はりていかゞ思ふと仰事侍りければ

年へぬる雲ゐ離れて芦鶴のいかなる澤に住まむとすらむ

圓融院御製

聞しめして仰せられ侍りける

葦鶴の雲の上にしなれぬれば澤にすむとも歸らざらめや

内大臣

行幸に參りて大將にて年久しくなりぬることを心のうちに思ひ續け侍りける

忘れめや使のをさをさきだてゝ渡るみはしに匂ふたち花

權中納言定家

老の後年久しくしづみ侍りてはからざるほかに官給はりて外記のまつり事に參りて出で侍りけるに

をさまれる民のつかさの御調物二たびきくも命なりけり

關白左大臣の家の百首の歌よみ侍りける眺望の歌

百敷のとのへを出づる宵々はまたぬにむかふ山のはの月

參議雅經

建保四年百首の歌奉りけるに

嬉しさも包みなれにし袖に又はては餘りの身をぞ恨むる

正三位知家

日吉の社にて述懷の心をよみ侍りける

あふ坂の木綿附島もわが如やこえ行く人の跡に鳴くらむ

前中納言匡房

曉の歌とてよみ侍りける

まどろまで物思ふ宿の長き夜は鳥のね計うれしきはなし

按察使隆衡

鐘のおとをなにとてむかし恨みけむ今は心も明がたの空

參議雅經

身の上にふりゆく霜の鐘の音を聞きおどろかぬ曉ぞなき

藤原宗經朝臣

あかつきの鐘ぞ哀を打ちそふるうき世の夢のさむる枕に

入道二品親王道助

遠鐘幽といへる心を

初瀬山あらしの道の遠ければいたりいたらぬ鐘の音かな

正三位家隆

曉述懷の心をよみ侍りける

思ふことまだつきはてぬ長き夜のね覺にまくる鐘の音かな

法印覺寛

身のうさを思ひつゞけぬ曉に置くらむ露の程を知らばや

俊頼朝臣

題志らず

何となく朽木の杣の山くたしくたす日暮は音ぞ泣れける

寂然法師

つく%\とむなしき空を眺めつゝ入相の鐘にぬるゝ袖哉

法橋行賢

つく%\と暮るゝ空こそ悲けれあすも聞べき鐘の音かは

前參議俊憲

あすもありと思ふ心に謀られて今日を空しく暮しつる哉

源光行

あすもあらば今日をもかくや思出む昨日の暮ぞ昔なりける

入道二品親王道助

家の五十首の歌、閑中燈

これのみと伴なふ影もさ夜ふけてひかりぞうすき窓の灯

從三位範宗

ながき夜の夢路たえゆく窓のうちに猶のこりける秋の灯

侍從具定

述懷の歌の中によみ侍りける

あつめこし螢も雪も年ふれど身をばてらさぬ光なりけり

上西門院武藏

方磬をうち侍りけるが老の後すたれておぼえ侍らざりければよめる

更けにける我世の程の悲しきは鐘の聲さへうち忘れつゝ

相模

題志らず

月影を心のうちに待つほどはうはの空なる眺めをぞする

霜氷る冬の河瀬にゐる鴛鴦のうへした物を思はずもがな

俊頼朝臣

難波潟あしまの氷けぬがうへに雪ふりかさぬ面白の身や

流れ蘆のうきことをのみ三島江に跡留むべき心地こそせね

權大僧都經圓

僧正圓玄病に沈みて久しく侍りける時よみ侍りける

法の道をしへし山は霧こめてふみみし跡に猶やまよはむ

尊圓法師

文治の頃ほひ父の千載集撰び侍りしとき定家がもとに遣すとてよみ侍りける

わが深く苔の下まで思ひおくうづもれぬ名は君や殘さむ

荒木田成長

同じ時よみ侍りける

かきつむる神路の山のことのはの空しく朽ちむ跡ぞ悲しき

平行盛

壽永二年大方の世しづかならず侍りし頃よみ置きて侍りける歌を定家がもとに遣すとてつゝみ紙に書き付けて侍りし

流れての名だにも止れ行く水の哀はかなき身は消えぬ共

法眼宗圓

題志らず

和歌の浦にしられぬ蜑の藻汐草すさび計に朽や果てなむ

行念法師

藻汐草かき置く跡やいかならむ我身によらむ和歌の浦浪

皇太后宮大夫俊成

西行法師自歌を歌合につがひ侍りて判の詞あつらへ侍りけるに書きそへて遣しける

契りおきし契の上にそへおかむわかの浦路の蜑のもしほ木

西行法師

返し

わかの浦に汐木重ぬる契をばかけるたくもの跡にてぞみる

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[16]
從一位麗子

源氏の物語をかきて奥に書き付けられて侍りける

はかもなき鳥の跡とは思ふ共わがすゑ%\は哀とも見よ

和泉式部

題志らず

春やくる花や咲くともしらざりき谷の底なる埋木の身は

貫之

春やいにし秋やはくらむ覺束な陰の朽木と世を過す身は

後京極攝政前太政大臣

歎くこと侍りける時、述懷の歌

數ならば春をしらましみ山木の深くや苔に埋れはてなむ

曇りなき星の光を仰ぎてもあやまたぬ身を猶ぞうたがふ

鎌倉右大臣

ひとり懷を述べ侍りける歌

山はさけ海はあせなむ世なり共君に二心わがあらめやも
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[15] SKT reads ふること.
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[16] SKT assigns number 1201 to this poem.