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卷上
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 2. 

卷上

立春の朝よみける

年くれぬ春くべしとは思ひねにまさしく見えてかなふ初夢
山のはのかすむけしきにしるきかな今朝よりやさは春の曙
春たつと思ひもあへぬ朝戸出にいつしかかすむ音羽山かな
たちかはる春をしれとも見せがほに年を隔つる霞なりけり
とけそむるはつ若水のけしきにて春立つことのくまれぬる哉

家々に春を翫ぶといふことを

門ごとにたつる小松にかざされて宿てふやどに春は來にけり

元日子日にて侍りけるに

子日してたてたる松に植ゑそへむ千代重ぬべき年のしるしに

山里に春立つといふことを

山里はかすみわたれるけしきにて空にや春のたつを知るらむ

難波わたりに年越に侍りけるに春立つ心をよみける

いつしかも春きにけりと津の國の難波のうらを霞こめたり

春になりけるかたたがへに志賀のさとへまかりける人にぐしてま かりけるに逢坂山のかすみたりけるを見て

わきてけふ逢坂山のかすめるはたちおくれたる春や越ゆらむ

春きて猶雪

かすめども春をばよその空に見てとけむともなき雪のした水

題しらず

春知れとたにの下水もりぞくる岩間のこほりひま絶えにけり
かすまずばなにをか春とおもはましまだ雪消えぬみ吉野の山

海邊の霞といふことを

藻鹽やくうらのあたりは立ちのかでけぶりあらそふ春霞かな

おなじ心を伊勢の二見といふ所にて

波こすとふたみの松の見えつるは梢にかゝるかすみなりけり

子日

春毎に野べの小松を引く人はいくらの千代を經べきなるらむ
子日する人にかすみはさきだちて小松が原をたなびきにけり
子日しに霞たなびく野べに出でて初うぐひすの聲をきくかな

若菜に初子のあひたりければ人の許へ申しつかはしける

わか菜つむ今日に初子のあひぬれば松にや人の心ひくらむ

雪中若菜

今日はたゞ思ひもよらで歸りなむ雪つむ野邊の若菜なりけり

若菜

春日野は年のうちには雪つみて春はわか菜の生ふるなりけり

雨中若菜

春雨のふる野の若菜生ひぬらしぬれ/\摘まむかたみ手ぬきれ

若菜によせてふるきを思ふといふ事を

若菜つむ野べの霞ぞあはれなる昔をとほくへだつとおもへば

老人の若菜といへることを

卯杖つき七草にこそ出でにけれ年をかさねて摘めるわか菜は

寄若菜述懷といふことを

若菜生ふる春の野守にわれなりてうき世を人につみ知らせばや

鶯によせて思を述べけるに

うき身にて聞くもをしきはうぐひすの霞にむせぶあけぼのの聲

閑中鶯といふことを

うぐひすの聲ぞかすみにもれて來る人目ともしきはるの山里

雨中鶯

鶯のはるさめ%\と鳴きゐたる竹のしづくやなみだなるらむ

住みける谷に鶯の聲せずなりにければ

ふる巣うとく谷の鶯なりはてば我やかはりてなかむとすらむ
鶯は谷のふるすをいでぬともわがゆくへをばわすれざらなむ
鶯はわれをすもりにたのみてや谷のほかへはいでてゆくらむ
春のほどはわが住む庵の友になりてふる巣ないでそたにの鶯

きゞすを

もえ出づる若菜あさると聞ゆなり雉子なく野の春のあけぼの
生ひかはる春の若くさまちわびて原のかれ野に雉子鳴くなり
片岡に芝うつりして鳴くきゞす立つ羽音してたかゝらぬかは
春霞いづ地立ち出でてゆきにけむ雉子住む野をやきてけるかな

梅を

香にぞまづ心しめおく梅の花いろはあだにも散りぬべければ

山里の梅といふ事を

香をとめむ人をこそ待て山里の垣ねの梅の散らぬかぎりは
心せむしづが垣ほの梅はあやなよしなく過ぐる人とゞめけり
この春は賤が垣ほにふれわびて梅が香とめむ人したしまむ

嵯峨に住みけるに道をへだてゝ坊の侍りけるより梅の風にちりけ るを

ぬしいかに風わたるとていとふらむよそにうれしき梅の匂を

庵の前なりける梅を見てよめる

梅が香を山ふところに吹きためていり來む人にしめよ春かぜ

伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに庵の梅かぐはしく匂ひけ るを

柴の庵による/\梅の匂ひ來てやさしき方もあるすまひかな

梅に鶯の鳴きけるを

梅が香にたぐへて開けば鶯のこゑなつかしきはるのやまざと
つくり置きし梅のふすまに鶯は身にしむ梅の香やうつすらむ

旅のとまりの梅

ひとりぬる草の枕のうつり香はかきねの梅のにほひなりけり

ふるき砌の梅

何となく軒なつかしき梅ゆゑに住みけむ人のこゝろをぞ知る

山里の春雨といふ事を大原にて人々よみけるに

春雨ののきたれこむるつれ%\に人に知られぬ人のすみかか

霞中歸雁といふことを

なにとなくおぼつかなきは天のはら霞に消えてかへる雁がね
かりがねはかへるみちにやまどふらむこしの中山霞へだてゝ

歸雁

玉づさのはしがきかとも見ゆるかなとびおくれつゝ歸る雁がね

山家呼子鳥

山里に誰をまたこはよぶこ鳥ひとりのみこそすまむと思ふに

苗代

苗代のみづを霞はたなびきてうちひのうへにかくるなりけり

霞に月のくもれるを見て

雲なくておぼろなりとも見ゆるかな霞かゝれるはるの夜の月

山里の柳

山がつのかたをかかけてしむる庵のさかひにたてる玉の小柳

柳風にみだる

見わたせばさほの川原にくりかけて風によらるゝ青柳のいと

雨中柳

なか/\に風のおすにぞみだれける雨にぬれたる青柳のいと

水邊柳

みなそこにふかきみどりの色見えてかぜになみよる川柳かな

待花忘他といふ事を

待つにより散らぬこゝろを山櫻さきなば花のおもひ知らなむ

獨山の花を尋ぬといふ事を

たれかまた花をたづねて吉野山こけふみわくる岩つたふらむ

花を待つ心を

今更に春を忘るゝ花もあらじやすく待ちつゝ今日もくらさむ
おぼつかないづれの山の嶺よりか待たるゝ花の咲きはじむらむ

花の歌あまた詠みけるに

空に出でていづくともなく尋ぬれば雲とは花の見ゆるなりけり
雪とぢし谷のふる巣を思ひ出でて花にむつるゝうぐひすの聲
吉野山雲をはかりに尋ね入りてこゝろにかけし花を見るかな
おもひやるこゝろや花にゆかざらむ霞こめたるみよし野の山
おしなべて花の盛になりにけり山の端ごとにかゝるしらくも
まがふ色に花咲きぬれば吉野山春は晴れせぬ嶺のしら雲
吉野山こずゑのはなを見し日より心は身にもそはずなりにき
あくがるゝ心はさてもやまざくら散りなむ後や身に歸るべき
花見ればそのいはれとは無けれども心のうちぞ苦しかりける
白川のこずゑを見てぞなぐさむる吉野の山にかよふこゝろを
引きかへて花見る春は夜はなく月見る秋はひるなからなむ
花ちらで月はくもらぬ世なりせば物を思はぬわが身ならまし
たぐひなき花をし枝に咲かすれば櫻にならぬ木ぞなかりける
身を分けて見ぬ梢なくつくさばやよろづの山の花のさかりを
櫻さく四方の山邊をかぬるまにのどかに花を見ぬこゝちする
花にそむ心はいかで殘りけむすて果てゝきと思ふわが身に
白川の春のこずゑのうぐひすは花のことばをきくこゝちする
ねがはくば花の下にて春死なむそのきさらぎのもち月のころ
佛にはさくらの花をたてまつれわがのちの世を人とぶらはゞ
何とかや世にありがたき名をえたる花よ櫻にまさりしもせじ
山ざくら霞のころもあつく著てこのはるだにも風つゝまなむ
思ひやる高嶺の雲の花ならば散らぬ七日は晴れじとぞ思ふ
のどかなる心をさへに過しつゝ花ゆゑにこそはるを待ちしか
かざこしの嶺のつゞきに咲く花はいつ盛ともなくや散るらむ
ならひありて風さそふとも山櫻たづぬる我を待ちつけて散れ
すそ野やくけぶりぞ春は吉野山花をへだつるかすみなりける
今よりは花見む人につたへおかむ世を遁れつゝ山に住まむと

閑ならむと思ひける頃花見に人々のまうで來ければ

花見にとむれつゝ人の來るのみぞあたら櫻の咎には有りける
花もちり人も來ざらむをりはまた山のかひにて長閑なるべし

かき絶えこととはずなりにける人の花見に山里へ詣で來たりと聞 きて詠みける

年をへておなじ梢とにほへども花こそひとにあかれざりけれ

花の下にて月を見て詠みける

雲にまがふ花の下にてながむれば朧に月は見ゆるなりけり

春のあけぼの花見けるに鶯の鳴きければ

花の色やこゑにそむらむ鶯のなく音ことなるはるのあけぼの

春は花を友といふ事をせか院のさい院にて人々詠みけるに

おのづから花なき年の春もあらば何につけてか日をくらさまし

老見花といふことを

老苞に何をかせましこの春の花まちつけぬ我身なりせば

老木の櫻のところ%\に咲きたるを見て

わきて見む老木は花もあはれなりいま幾度か春にあふべき

屏風の繪を人々よみけるに春の宮人むれて花見ける所によそなる 人の見やりてたてけるを

木のもとは見る人しげし櫻花よそにながめて我はをしまむ

山寺の花さかりなりけるに昔を思ひ出でて

よし野山ほき路づたひに尋ね入りて花見し春は一むかしかも

修行し侍るに花おもしろかりける所にて

ながむるに花の名だての身ならずば木の下にてや春をくらさむ

熊野へまゐりけるにやがみの王子の花おもしろかりければ社にか きつけける

待ち來つるやがみの櫻咲きにけり荒くおろすなみすの山かぜ

せか院の花盛なりける頃としたゞがいひ送りける

おのづから來る人あらばもろともにながめまほしき山櫻かな

かへし

ながむてふ數に入るべき身なりせば君が宿にて春はへなまし

上西門院女房法勝寺の花見られけるに雨のふりて暮れにければ歸 られにけり又の日兵衞の局のもとへ花の御幸思ひ出でさせ給ふらんと覺えてかくなむ 申さまほしかりしとてつかはしける

見る人に花も昔をおもひ出でてこひしかるべき雨にしをるゝ

かへし

いにしへを忍ぶる雨とたれか見む花もそのよの友しなければ

若き人々ばかりなむ老いにける身は風の煩しさにいとはるゝ事に てと有りけるなむやさしくきこえける雨のふりけるに花の下に車を立てゝながめける 人に

ぬるともと蔭を頼みて思ひけむ人の跡ふむ今日にもあるかな

世をのがれて東山に侍る頃白川の花盛に人さそひければまかり歸 りけるに昔思ひ出でて

ちるを見て歸るこゝろや櫻花むかしにかはるしるしなるらむ

山路落花

ちり初むる花の初雪ふりぬればふみわけまうき志賀の山ごえ

落花の歌あまた詠みけるに

勅とかやくだす御門のいませかしさらば恐れて花やちらぬと
浪もなく風ををさめし白川のきみのをりもやはなは散りけむ
いかでわれこの世の外の思ひ出に風をいとはで花をながめむ
年をへてまちもをらむと山櫻こゝろを春はつくすなりけり
よし野山たにへたなびく白雲はみねの櫻のちるにやあるらむ
山おろしの木のもと埋む花の雪は岩井にうくも氷とぞ見る
春風の花のふゞきにうづもれて行きもやられぬ志賀のやま道
立ちまがふ嶺の雲をば拂ふとも花をちらさぬあらしなりせば
よし野山花ふきぐして峯こゆるあらしは雲とよそに見ゆらむ
惜まれぬ身だにも世にはあるものをあなあやにくの花の心や
うき世には留めおかじと春風の散らすは花ををしむなりけり
諸共に我をもぐしてちりね花うき世をいとふこゝろある身ぞ
思へたゞ花のなからむ木の下に何をかげにて我が身住みなむ
ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別こそ悲しかりけれ
をしめばと思ひげもなくあだにちる花は心ぞかしこかりける
こずゑふく風の心はいかゞせむしたがふ花のうらめしきかな
いかでかはちらであれとも思ふべきしばしとしたふ情しれ花
木のもとの花に今宵はうづもれてあかぬ梢をおもひあかさむ
木のもとに旅ねをすれば吉野山花のふすまをきするはるかぜ
雪と見てかげに櫻のみだるれば花のかさきる春の夜のつき
ちる花ををしむ心やとゞまりてまた來む春のたれになるべき
春ふかみ枝もうごかで散る花は風のとがにはあらぬなるべし
あながちに庭をさへ吹く嵐かなさこそこゝろに花をまかせめ
あだに散るさこそ梢の花ならめすこしはのこせ春のやま風
心得つたゞひとすぢに今よりは花ををしまで風をいとはむ
よし野山櫻にまがふ白雲のちりなむのちは晴れずもあらなむ
花と見ばさすが情をかけましを雲とてかぜのはらふなるべし
風さそふ花のゆくへは知らねどもをしむ心は身にとまりけり
花ざかり梢をさそふ風ならでのどかに散らむ春はあらばや

庭の花波に似たりといふ事を詠みけるに

風あらみこずゑの花のながれ來て庭になみたつ白川のさと

白川の花庭面白かりけるを見て

あだに散る梢の花をながむればにはには消えぬ雪ぞつもれる

高野に籠りたりける頃草の庵に花のちりつみければ

散る花の庵のうへをふくならば風いるまじくめぐりかこはむ

夢中落花といふことを前齋院にて人々よみけるに

春風の花をちらすと見る夢はさめてもむねのさわぐなりけり

風の前の落花といふ事を

山櫻枝きるかぜのなごりなく花をさながらわがものにする

雨中落花

梢うつ雨にしをれて散る花のをしきこゝろをなににたとへむ

遠山殘花

よし野山一むら見ゆる白雲は咲きおくれたるさくらなるべし

花の歌十五首よみけるに

吉野山人にこゝろをつけがほに花よりさきにかゝるしらくも
山さむみ花咲くべくもなかりけりあまりかねても尋ね來にけり
かたばかりつぼむと花を思ふよりそらまた心ものになるらむ
おぼつかな谷は櫻のいかならむみねにはいまだかけぬしら雲
花と聞くは誰もさこそはうれしけれ思ひしづめぬ我が心かな
初花のひらけはじむる梢よりそばえて風のわたるなるかな
おぼつかな春の心の花にのみいづれのとしかうかれそめけむ
いざ今年ちれと櫻をかたらはむなか/\さらば風やをしむと
風ふくとえだをはなれて落つまじく花とぢつけよ青柳のいと
吹く風のなべて梢にあたるかなかばかり人のをしむさくらを
なにとかくあだなる花の色をしも心にふかくそめはじめけむ
おなじ身の珍しからず惜めばや花もかはらず咲けば散るらむ
嶺にちる花はたになる木にぞ咲くいたくいとはじ春の山かぜ
山おろしに亂れて花のちりけるを岩はなれたる瀧と見たれば
花もちりひとも都にかへりなば山さびしくもならむとすらむ

散りて後花を思ふといふ事を

青葉さへ見れば心のとまるかな散りにし花のなごりと思へば

跡たえてあさぢしげれる庭の面にたれ分けいりて菫摘みけむ
たれならむあら田のくろに菫つむひとは心のわりなかりけり

さわらび

なほざりに燒き捨てし野の早蕨は折る人なくてほどろとやなる

かきつばた

沼水に茂る眞菰のわかれぬを咲きへだてたるかきつばたかな

山路のつゝじ

はひつたひ折らで躑躅を手にぞとるさかしき山のとり所には

つゝじ山のひかりたりといふことを

躑躅さく山の岩陰ゆふばえてをぐらはよその名のみなりけり

やまぶき

岸ちかみうゑけむ人ぞうらめしき波にをらるゝやまぶきの花
山吹の花さく里になりぬればこゝにも井手とおもほゆるかな

眞菅生ふる山田に水をまかすればうれしがほにも啼く蛙かな
みさびゐて月もやどらぬにごり江に我すまむとて蛙なくなり

春のうちに郭公をきくといふ事を

うれしともおもひぞわかぬ郭公春きくことのならひなければ

伊勢にまかりたりけるにみつと申す所にて海邊の春の暮といふこ とを神主ども詠みけるに

過ぐる春潮のみつより舟出して波の花をやさきにたつらむ

三月一日たらで暮れけるに詠みける

春故にせめても物を思へとやみそかにだにもたらで暮れぬる

三月の晦日に

今日のみとおもへば長き春の日も程なく暮るゝ心地こそすれ
行く春をとゞめかねぬる夕暮はあけぼのよりも哀れなりけり

かぎりあれば衣ばかりをぬぎかへて心は花をしたふなりけり

夏の歌よみけるに

草しげり道かりあけて山里にはな見し人のこゝろをぞ見る

水邊卯花

たつた川岸の籬を見わたせばゐぜきのなみにまがふ卯のはな
山川の波にまがへる卯の花をたちかへりてや人は折るらむ

夜卯花

まがふべき月なきころの卯の花はよるさへさらす布るらむ

社頭卯花

神垣のあたりに咲くも便あれや木綿かけたりと見ゆる卯の花

無言なりける頃郭公の初聲を聞きて

時鳥ひとにかたらぬをりにしも初音きくこそかひなかりけれ

不尋聞子規といふ事を賀茂社にて人々よみけるに

時鳥卯月のいみのゐこもろを思ひ知りても來鳴くなるかな

夕暮郭公といふことを

さとなるゝたそがれ時の郭公きかずがほにもまた名のらせむ

郭公

我が宿に花たちばなを植ゑてこそ山ほとゝぎす待つべかりけれ
尋ぬれば聞きがたきかと時鳥こよひばかりは待ちこゝろみむ
時鳥まつこゝろのみつくさせて聲をばをしむさつきなりけり

人にかはりて

待つ人のこゝろを知らば郭公たのもしくてや夜をあかさまし

時鳥を待ちて明けぬといふ事を

郭公なかで明けぬとつげがほにまたれぬ鳥の音ぞきこゆなる
郭公きかであけぬる夏の夜のうらしまの子はまことなりけり

時鳥の歌五首よみけるに

郭公きかぬものゆゑまよはまし花をたづぬるやま路なりせば
待つことは初音までかと思ひしにきゝふるされぬ時鳥かな
きゝおくるこゝろをぐして郭公たかまのやまの嶺こえぬなり
大井川をぐらの山のほとゝぎすゐぜきに聲のとまらましかば
郭公そののち越えむ山路にもかたらぬこゑはかはらざらなむ

時鳥を

郭公きく折にこそなつ山のあを葉は花におとらさりけれ
時鳥おもひもわかぬひとこゑを聞きつといかゞ人にかたらむ
時鳥いかばかりなるちぎりにて心つくさで人のきくらむ
かたらひしその夜の聲は時鳥いかなるよにもわすれむものか
時鳥はなたちばなはにほふとも身をうの花のかきねわするな

雨の中に郭公を待つといふことを詠みけるに

時鳥しのぶ卯月もすぎにしをなほ聲をしむさみだれのそら

雨中郭公

さみだれのはれまも見えぬくもぢより山郭公なきて過ぐなり

山寺の郭公といふことを人々よみけるに

郭公きゝにとてしもこもらねど初瀬のやまはたよりありけり

五月の晦日に山里にまかりて立ち歸りにけるを時鳥もすげなく聞き捨てゝ歸りし事など人の申し遣しける返事に

郭公なごりあらせて歸りしが聞すつるにもなりにけるかな

題しらず

空晴れてぬまのみかさを落さずば菖蒲もふかぬ五月なるべし

さることありて人の申し遣しける返事に五日

折に生ひて人に我が身や引かれまし筑摩の沼の菖蒲なりせば

高野に中院と申す所に菖蒲ふきたる坊の侍りけるに櫻の散りけるがめづらしくおぼえて詠みける

櫻ちる宿にかさなるあやめをば花あやめとやいふべかるらむ
ちる花を今日の菖蒲のねにかけて藥玉ともやいふべかるらむ

五月五日山寺へ人の今日いる物なればとて菖蒲をつかはしける返事に

西にのみ心ぞかゝるあやめ草この世ばかりのやどとおもへば
みな人の心のうきはあやめ草にしにおもひのひかぬなりけり
五月雨ののきのしづくに玉かけてやどをかざれる菖蒲草かな

五月雨

水たゝふ入江の眞菰かりかねてむなでにすつる五月雨のころ
五月雨に水まさるらし字治橋やくもでにかゝるなみのしら絲
ござさしく古里小野の道のあとをまた澤になすさみだれの頃
つく%\と軒の雫をながめつゝ日をのみくらす五月雨のころ
五月雨は岩せくぬまな水ふかみわけし岩間のかよひ路もなし
東屋のをがやが軒のいと水に玉ぬきかくるさみだれのころ
五月雨に小田のさなへやいかならむあぜの泥土洗ひこされて
五月雨のころにしなれば荒小田に人にまかせぬ水たゝひけり

ある所にて五月雨の歌十五首よみ侍りし人にかはりて

五月雨にほすひまもなくもしほ草煙もたてぬうらの海士びと
五月雨はいさゝ小川の橋もなしいづくともなく澪に流れて
水無瀬川をちのかよひぢ水みちて舟わたりするさみだれの頃
ひろ瀬川渡の沖のみをつくし水嵩ぞふらしさみだれのころ
早瀬川つなでの岸を沖に見てのぼりわづらふさみだれのころ
水分くる難波堀江のなかりせばいかにかせましさみだれの頃
舟とめしみなとの芦間さをたえて心行きみむさみだれのころ
水底にしかれにけりなさみだれて水の眞菰を刈りに來たれば
五月雨のをやむ晴れまのなからめや水のかさほせ眞菰かり舟
五月雨にさのの舟橋うきぬれば乗りてぞ人はさしわたるらむ
五月雨の晴れぬ日數のふるまゝに沼の眞菰は水隱れにけり
水なしときゝてふりにし勝間田の池あらたむる五月雨のころ
五月雨は行くべき道のあてもなしをざさが原もうきぎ流れて
河わだのよどみにとまる流木のうきはしわたす五月雨のころ
思はずもあなづりにくき小川かな五月のあめに水まさりつゝ

隣の泉

風をのみ花なき宿はまち/\ていづみの末をまたむすぶかな

水邊納涼とい事を北白川にて詠みける

水の音に暑さ忘るゝまとゐかなこずゑの蝉のこゑもまぎれて

深山水[keiRyokan]

杣人の暮にやどかるこゝちしていほりをたゝく水[keiRyokan] なりけり

題しらず

夏山のゆふした風のすゞしさに楢の木かげのたゝまうきかな

撫子

かき分けて折れば露こそこぼれけれ淺茅にまじる撫子のはな

雨中撫子といふことを

露おもみ園の撫子いかならむあらく見えつるゆふだちのそら

夏野の草をよみける

みまくさに原の小薄しがふとてふしどあせぬと鹿おもふらむ

旅行草深といふ事を

旅人のわくる夏野のくさしげみ葉ずゑにすげの小笠はづれて

行路夏といふことを

雲雀あがる大野の茅原來ればすゞむ木蔭をねがひてぞ行く

ともし

照射する火串の松もかへなくにしかめあはせで明す夏の夜

題しらず

夏の夜はしのの小竹のふし近みそよや程なく明くるなりけり
夏の夜の月見ることやなかるらむ蚊遣火たつるしづが伏屋は

海邊夏月

露のぼる芦のわか葉に月さえてあきをあらそふ難波江のうら

泉にむかひて月を見るといふ事を

むすびあぐる泉にすめる月かげは手にもとられぬ鏡なりけり
むすぶ手に涼しき影を添ふるかな清水にやどるなつの夜の月

夏の月の歌よみけるに

夏の夜も小笹が原にしもぞおく月のひかりのさえしわたれば
山河のいはにせかれてちる波をあられとぞ見る夏の夜のつき

池上夏月といふことを

影さえて月しもことにすみぬれば夏の池にもつらゝゐにけり

蓮池に滿てりといふ事を

おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮のはな咲きにけり

雨中夏月

夕立のはるればつきぞやどりける玉ゆりすうる蓮のうき葉に

涼風如秋

まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみ山べの里

松風如秋といふ事を北白川なる所にて人々よみしに又水聲秋ありといふ事をかさねけるに

まつ風の音のみなにかいはばしる水にも秋はありけるものを

山家待秋といふことを

山里は外面のまくず葉をしげみうら咲きかへす秋を待つかな

六月祓

御祓してぬさとりながす川の瀬にやがて秋めく風ぞすゞしき

山里のはじめの秋といふ事を

さま%\のあはれをこめて梢ふくかぜに秋知るみやまべの里

山居のはじめの秋といふ事を

秋たつと人はつげねど知られけりみ山のすその風のけしきに

常磐の里にて初秋月といふ事をよみけるに

秋たつとおもふに空もたゞならでわれて光をわけむ三日月

初秋の頃鳴尾と申す所にて松風の音を聞きて

常よりも秋になるをの松風はわきて身にしむこゝちこそすれ

七夕

いそぎ起きて庭の小草の露ふまむやさしきかずに人や思ふと
暮れぬめり今日待ちつけて棚機は嬉しきにもや露こぼるらむ
天河けふの七日はながきよのためしにもひくいみもしつべし
舟よする天の川べのゆふぐれはすゞしき風やふきわたるらむ
待ちつけてうれしかるらむ棚機の心のうちぞそらに知らるゝ

蜘のいかきたるを見て

さゝがにのくもでにかけて引く絲や今日棚機にかさゝぎの橋

草花道を遮るといふ事を

夕露をはらへばそでに玉消えて道わけかぬる小野の萩はら

野徑秋風

末葉ふく風は野もせにわたるともあらくはわけじ萩のした露

草花時を得たりといふことを

絲すゝきぬはれてしかのふす野べにほころびやすき藤袴かな

行路草花

折らで行くそでにも露ぞこぼれける萩の葉しげき野邊の細道

露中草花

ほに出づるみ山がすそのむら薄まがきにこめてかこふ秋ぎり

終日野の花を見るといふことを

みだれさく野べの萩原わけくれて露にも袖を染めてけるかな

萩野に滿てり

咲きそはむ所の野べにあらばやは萩よりほかの花も見るべく

萩野の家にみてりといふことを

分けて出づる庭しもやがて野べなれば萩の盛を我が物に見る

野萩似錦といふことを

けふぞ知るその江にあらふ唐錦萩さく野べにありけるものを

草花を詠みける

しげりゆくしばの下草おはれ出でて招くや誰を慕ふなるらむ

薄道にあたりてしげしといふことを

花薄こゝろあてにぞわけて行くほの見し道にあとしなければ

古籬苅萱

籬あれて薄ならねどかるかやも繁き野べとは成りけるものを

女郎花

女郎花わけつる袖とおもはばやおなじ露にもぬると知れゝば
女郎花いろめく野べにふれはらふ袂に露やこぼれかゝると

草花露重

今朝見れば露のすがるに折れふして起きもあがらぬ女郎花かな
大方の野邊の露には萎るれどわがなみだなきをみなへしかな

女郎花帶露といふことを

花の枝に露の白玉ぬきかけて折るそで濡らすをみなへしかな
折らぬより袖ぞぬれける女郎花露むすぼれてたてるけしきに

水邊女郎花といふことを

池の面にかげをさやかにうつしもて水鏡見るをみなへしかな
たぐひなき花のすがたを女郎花池のかゞみにうつしてぞ見る

女郎花水に近しといふことを

女郎花池のさ波にえだひぢてものおもふ袖のぬるゝがほなる

おもふにもすぎて哀にきこゆるは荻の葉みだる秋のゆふかぜ

題しらず

おしなべて木草の末の原までもなびきて秋のあはれ見えける

荻の風露を拂ふ

をじかふす荻さへ野べの夕露をしばしもためぬ荻のうはかぜ

隣の夕の荻の風

あたりまで哀しれともいひがほに荻のおとする秋のゆふかぜ

秋の歌よみける中に

吹きわたる風も哀をひとしめていづこもすごき秋のゆふぐれ
おぼつかな秋はいかなる故のあればすゞろに物の悲しかるらむ
何ごとをいかに思ふとなけれどもたもとかわかぬ秋の夕ぐれ
何となくもの悲しくぞ見えわたる鳥羽田の面のあきの夕ぐれ

野の家の秋の夜

ねざめつゝ長き夜かなと磐余野に幾秋までも我が身へぬらむ

秋の歌に露をよむとて

おほかたの露には何のなるならむ袂におくはなみだなりけり

山里に人々まかりて秋の歌よみけるに

山里の外面のをかのたかき木にそゞろがましき秋のせみかな

人々秋の歌十首よみけるに

玉にぬく露はこぼれて武藏野のくさの葉むすぶあきのはつ風
穗に出でてしのの小薄まねく野にたはれてたてる女郎花かな
花をこそ野べの物とは見に來つれ暮るれば蟲の音をも聞きけり
荻の葉をふき過ぎて行く風のおとに心みだるゝ秋のゆふぐれ
晴れやらぬみ山の霧のたえ%\にほのかに鹿の聲きこゆなり
かねてより梢のいろを思ふかなしぐれはじむるみやまべの里
鹿の音を垣根にこめて聞くのみか月もすみけりあきの山ざと
庵もる月の影こそさびしけれ山田のひたのおとばかりして
わづかなる庭の小草のしらつゆをもとめてやどる秋の夜の月
何とかく心をさへはつくすらむわがなげきにて暮るゝ秋かな

秋の夜のそらにいづてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな
あまの原月たけのぼる雲路をばわけても風のふきはらはなむ
うれしとや待つ人ごとに思ふらむ山の端いづる秋の夜のつき
なか/\に心つくすもくるしきにくもらばいりね秋の夜の月
いかばかり嬉しからまし秋の夜の月すむそらに雲なかりせば
はりま潟なだのみ沖にこぎ出でてあたり思はぬ月をながめむ
月すみてなぎたる海のおもてかな雲の波さへ立ちもかゝらで
いざよはで出づるは月の嬉しくて入る山の端はつらきなりけり
水の面にやどる月さへいりぬるは波のそこにも山やあるらむ
したはるゝ心や行くと山の端にしばしな入りそ秋の夜のつき
明くるまで宵より空に雲なくてまだこそかゝる月見ざりけれ
あさぢ原葉ずゑのつゆの玉ごとにひかりつらぬく秋の夜の月
秋の夜の月を雪かとながむれば露もあられのこゝちこそすれ

閑に月を待つといふことを

月ならでさし入るかげもなきまゝに暮るゝうれしき秋の山里

海邊月

清見潟月すむよはのうきくもは不二の高嶺のけぶりなりけり

池上月といふことを

みさびゐぬ池の面のきよければやどれる月もめやすかりけり

同じ心を遍照寺にて人々よみけるに

やどしもつ月の光のおほさははいかにいづともひろさはの池
池にすむ月にかゝれる浮雲ははらひのこせる水さびなりけり

月池の水に似たりといふことを

水なくてこほりぞしたる勝間田のいけあらたむる秋の夜の月

名所の月といふことを

清見がたおきの岩こすしら波にひかりをかはす秋の夜のつき
なべてなき所の名をやをしむらむ明石は分きて月のさやけき

海邊明月

難波潟月のひかりにうらさえて波のおもてにこほりをぞしく

月前に遠く望むといふ事を

くまもなき月の光にさそはれていく雲井まで行くこゝろぞも

終夜月を見る

誰來なむ月の光にさそはれてと思ふに夜はの明けにけるかな

八月十五夜

山の端を出づる宵よりしるきかなこよひ知らする秋の夜の月
かぞへねどこよひの月のけしきにて秋の半をそらに知るかな
天の川名にながれたるかひありて今宵の月はことにすみけり
さやかなる影にてしるし秋の月十夜にあまれる五日なりけり
うちつけに又來む秋のこよひまで月故をしくなるいのちかな
秋はたゞこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月はすめども
おもひせぬ十五のとしもある物を今宵の月のかゝらましかば

くもれる十五夜を

月見れば影なく雲につゝまれて今夜ならずばやみに見えまし

月歌あまた詠みるけに

入りぬとや東に人はをしむらむ都にいづるやまの端のつき
待ち出でてくまなき宵の月見ればくもぞ心にまづかゝりける
秋風や天つくもゐにはらふらむ更けゆくまゝに月のさやけき
いづくとて哀ならずはなけれどもあれたる宿ぞ月はさびしき
よもぎ分けて荒れたる宿の月見れば昔すみけむ人ぞこひしき
身にしみて哀しらする風よりもつきにぞ秋のいろは見えける
蟲の音もかれゆく野べの草のはらに哀をそへてすめる月かげ
人も見ぬよしなき山の末までもすむらむ月の影をこそおもへ
木の間もる有明の月をながむればさびしさ添ふるみねの松風
いかにせむ影をばそでにやどせども心のすめば月のくもるを
くやしくも賤が伏屋とおとしめて月のもるをも知らで過ぎける
あれわたる草の庵にもる月をそでにうつしてながめつるかな
月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐりあひぬる
何事もかはりのみゆく世のなかにおなじ影にてすめる月かな
よもすがら月こそそでにやどりけれ昔の秋をおもひいづれば
ながむれば外の影こそゆかしけれかはらじものを秋の夜の月
行方なく月に心のすみ/\てはてはいかにかならむとすらむ
月影のかたぶく山をながめつゝをしむしるしやありあけの空
ながむるもまことしからぬ心地してよに餘りたる月の影かな
行く末の月をば知らず過ぎきつる秋まだかゝる影はなかりき
まことゝも誰か思はむひとり見て後にこよひの月をかたらば
月のため晝と思ふがかひなきにしばしくもりて夜を知らせよ
あまの原朝日山より出づればや月のひかりのひるにまがへる
有明の月のころにしなりぬれば秋はよるなきこゝちこそすれ
なか/\に時々雲のかゝるこそ月をもてなすかざりなりけれ
空晴るゝあらしのおとは松にあれや月も緑のいろにはえつゝ
さだめなく鳥やなくらむあきの夜は月の光をおもひまがへて
たれもみなことわりとこそ定むらめ晝をあらそふ秋の夜の月
影さえてまことに月のあかき夜は心もそらにうかびてぞすむ
隈もなき月のおもてに飛ぶ雁のかげを雲かと思ひけるかな
ながむればいなや心のくるしきにいたくなすみそ秋の夜の月
雲も見ゆかぜも吹くればあらくなるのどかなりつる月の光を
もろともにかげをならぶる人もあれや月のもりくる笹の庵に
なか/\にくもると見えて晴るゝ夜の月は光の添ふ心地する
浮雲の月のおもてにかゝれどもはやく過ぐるは嬉しかりけり
過ぎやらで月近くゆく浮雲のたゞよふ見ればわびしかりけり
厭へどもさすがに雲のうちちりて月のあたりを離れざりけり
雲はらふ嵐に月のみがかれてひかりえてすむあきのそらかな
くまもなき月の光をながむればまづをばすての山ぞこひしき
月さゆるあかしの瀬戸に風ふけば氷のうへにたゝむしらなみ
天の原おなじ岩戸をいづれどもひかりことなる秋の夜のつき
限りなくなごりをしきは秋の夜の月にともなふあけぼのゝ空

九月十三夜

こよひはとところえがほにすむ月の光もてなす菊のしらつゆ
雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞ名におへりける

後九月月をもてあそぶといふ事を

月見れば秋くはゝれる年はまたあかぬ心もそふにぞ有りける

月瀧を照すといふことを

雲消ゆる那智の高嶺に月たけてひかりをぬけるたきのしら絲

久しく月を待つといふ事を

出でながら雲にかくるゝ月影をかさねて待つやふたむらの山

雲間に月を待つといふ事を

秋の月いざよふ山の端のみかは雲のたえまもまたれやはせぬ

月前薄

をしむ夜の月にならひて有明のいらぬをまねく花すゝきかな
花すゝき月の光にまがはましふかきますほのいろにそめずば

月前荻

月すむと荻うゑざらむやどならば哀すくなき秋にやあらまし

月照野花といふ事を

月なくば暮るれば宿へ歸らまし野べには花のさかりなりとも

月前野花

花の色をかげにうつせば秋の夜の月ぞ野守のかゞみなりける

月前草花

月のいろを花にかさねて女郎花うはものしたに露をかけたる
よひのまの露にしをれて女郎花有明のつきのかげにたはるゝ

月前女郎花

庭さゆる月なりけりな女郎花しもにあひぬるはなと見たれば

月前蟲

月のすむ淺茅にすだくきり%\す雲のおくにや秋を知るらむ
露ながらこぼさで折らむ月かげに小萩がえだのまつ蟲のこゑ

深夜聞蛬

わが世とや更け行く月を思ふらむ聲も休めぬきり%\すかな

田家月

夕露の玉しく小田のいなむしろかへす穗ずゑに月ぞやどれる

月前鹿

たぐひなき心地こそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲

月前紅葉

木の間もる有明の月のさやけきに紅葉をそへて眺めつるかな

霧月をへだつといふ事を

立田山月すむみねのかひぞなきふもとに霧のはれぬかぎりは

月前にいにしへを懷ふ

古を何につけてかおもひいでむ月さへかはる世ならましかば

月によせて思を述べけるに

世の中にうきをも知らですむ月の影は我が身の心地こそすれ
世の中は曇り果てぬる月なれやさりともと見し影も待たれず
厭ふ世も月すむ秋に成りぬればながらへずばと思ふなるかな
さらぬだにうかれてものを思ふ身の心をさそふあきの夜の月
捨てゝいにし憂世に月のすまであれなさらば心の留らざらまし
あながちに山にのみすむ心かなたれかは月のいるををしまぬ

春日に參りたりけるに常よりも月明く哀なりければ

ふりさけし人のこゝろぞ知られける今宵三笠の山を眺めて

月寺のほとりにあきらかなり

晝と見る月にあくるを知らましや時つく鐘のおとなかりせば

人々住吉にまゐりて月を翫びけるに

片そぎの行き合はぬまよりもる月やさえて御袖の霜におくらむ
波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくるすみよしのきし

旅まかりけるにとまりて

あかずのみ都にて見し影よりもたびこそ月はあはれなりけれ
見しまゝに姿もかげもかはらねばつきぞ都のかたみなりける

旅宿の月をおもふといふ事を

月はなほ夜な/\ごとにやどるべしわがむすびおく草の庵に

月前に友に逢ふといふことを

嬉しきは君にあふべき契ありて月にこゝろのさそはれにけり

心ざすことありて安藝の一の宮へ詣でけるに高富の浦と申す所に風に吹きとめられて程經けり苫ふきたる庵より月のもるを見て

波のおとを心にかけてあかすかなとまもる月のかげを友にて

詣でつきて月いと明くて哀に覺えければ詠ける

もろともに旅なる空に月もいでてすめばやかげの哀なるらむ

旅宿の月といへる心をよめる

あはれ知る人みたらばと思ふかな旅寐のとこにやどる月かげ
月やどるおなじうきねの波にしもそでしぼるべき契ありけり
都にて月をあはれとおもひしは數よりほかのすさびなりけり

船中初雁

沖かけて八重の汐路をゆく舟はほのかにぞきくはつ雁のこゑ

朝に初雁を聞く

横ぐもの風にわかるゝしのゝめに山飛びこゆるはつ雁のこゑ

夜に入りて雁を聞く

鳥羽にかく玉づさのこゝちしてかり鳴きわたるゆふやみの空

雁聲遠きを

白雲をつばさにかけてゆく雁のかど田のおもの友したふなり

霧中雁

玉章のつゞきは見えで雁がねの聲こそきりにけたれざりけれ

霧上雁

空色のこなたをうらに立つ霧のおもてに雁のかくるたまづさ

鶉なく折にしなれば霧こめてあはれさびしき深草のさと

霧行客をへだつ

名殘おほみむつごとつきで歸りゆく人をば霧も立ち隔てけり

山家霧

たちこむる霧のしたにもうづもれて心はれせぬみ山べの里
よをこめて竹の編戸に立つ霧の晴ればやがてや明けむとすらむ

鹿

しだり咲く萩の古枝にかぜかけてすがひ/\にを鹿なくなり
萩がえの露ためず吹くあきかぜにをじか鳴くなり宮城野の原
よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の涙や野べのつゆとなるらむ
さらぬだに秋はもののみ悲しきを涙もよほすさをしかのこゑ
山おろしに鹿のねたぐふ夕暮をもの悲しとはいふにや有るらむ
しかもわぶ空の氣色もしぐるめり悲しかれともなれる秋かな
何となくすまゝほしくぞおもほゆる鹿の音たえぬ秋の山ざと

小倉の麓にすみ侍りけるに鹿の鳴きけるを聞きて

を鹿なく小ぐらの山のすそちかみたゞひとりすむわが心かな

曉の鹿

夜をのこすねざめに聞くぞ哀なる夢野の鹿もかくや鳴きけむ

夕暮に鹿を聞く

しの原やきりにまがひてなく鹿のこゑかすかなる秋の夕ぐれ

幽居に鹿を聞く

となりゐぬはたの假屋に明す夜はしか哀なる物にぞ有りける

田庵の鹿

小山田のいほちかく鳴くしかの音におどろかされて驚すかな

人を尋ねて小野にまかりけるに鹿のなきければ

鹿の音を聞くにつけてもすむ人のこゝろ知らるゝ小野の山里

獨聞擣衣

獨寐の夜寒になるにかさねばや誰が爲にうつころもなるらむ

隔里擣衣

さ夜衣いづこの里にうつならむ遠くきこゆるつちのおとかな

年頃申されたる人の伏見に住むと聞きて尋ねまかりたりけるに庭の道も見えずしげりて蟲なきければ

わけて入る袖に哀をかけよとてつゆけきにはに蟲さへぞなく

蟲の歌よみ侍りけるに

夕されや玉うごくつゆの小笹生にこゑまづならす蛬かな
秋風にほずゑ波よるかるかやの下葉にむしのこゑみだるなり
蛬なくなる野邊はよそなるを思はぬそでに露ぞこぼるゝ
秋風の更けゆく野邊の虫の音のはしたなきまでぬるゝ袖かな
蟲の音をよそにおもひてあかさねば袂も露は野べにかはらじ
野べになく蟲もやものは悲しきと答へましかば問ひて聞かまし
秋の夜に聲も惜まずなく蟲をつゆまどろまず聞きあかすかな
あきの夜を獨や鳴きてあかさましともなふ蟲の聲なかりせば
秋の野の尾花がそでにまねかせていかなる人をまつ蟲のこゑ
よもすがら袂に蟲の音をかけてはらひわづらふ袖のしらつゆ
獨寐のねざめのとこのさむしろに涙もよほすきり%\すかな
きり%\す夜寒になるをつげがほに枕のもとにきつゝ鳴くなり
蟲の音をよわりゆくかと聞くからに心に秋の日かずをぞふる
秋ふかみよわるは蟲の聲のみかきく我とてもこの身やはある
虫のねにさのみぬるべきたもとかは怪しや心ものおもふらし
もの思ふ寐覺とぶらふきり%\す人よりもげに露けかるらむ

獨聞蟲

ひとり寐のともにはならで蛬なく音をきけば物おもひぞそふ

故郷蟲

草ふかみ分け入りてとふ人もあれやふりゆく宿のすゞ蟲の聲

雨中蟲

かべに生ふる小草にわぶる蛬しぐるゝにはのつゆいとふらし

田家に蟲をきく

小萩さく山田のくろの蟲の音にいほもる人やそでぬらすらむ

夕の道の蟲といふ事を

うちぐする人なき道の夕さればこゑたておくるくつわ蟲かな

田家秋夕

ながむれば袖にもつゆぞこぼれける外面の小田の秋の夕ぐれ
吹きすぐる風さへことに身にぞしむ山田のいほの秋の夕ぐれ

京極太政大臣中納言と申しける折菊をおびたゞしき程にしたてゝ鳥羽院にまゐらせ給ひたりける鳥羽の南殿の東面のつぼに所なきほどにうゑさせたまひけり公重少將人々をすゝめて菊もてなさせけるにくはゝるべきよしあれば

君が住むやどのつぼには菊ぞかざる仙の宮といふべかるらむ

いく秋にわがあひぬらむ長月のこゝぬかにつむ八重のしら菊
秋ふかみならぶ花なき菊なればところを霜のおけとこそ思へ

月前菊

ませなくば何をしるしにおもはまし月もまかよふしら菊の花

秋ものへまかりける道にて

心なき身にもあはれは知られけり鴫たつさはの秋のゆふぐれ

嵯峨に住みける比隣の坊に申すべき事ありてまかりけるに道もなく葎の茂りければ

立ちよりて隣とふべき垣にそひてひまなくはへる八重葎かな

題しらず

いつよりか紅葉の色はそむべきと時雨にくもる空にとはゞや

紅葉未遍といふことを

いとか山時雨にいろを染めさせてかつ/ \織れる錦なりけり

山家紅葉

そめてけり紅葉のいろのくれなゐをしぐると見えしみ山べの里

秋の末に松蟲のなくを聞きて

さらぬだに聲よわりにし松蟲の秋のすゑにはきゝもわかれず
限あれば枯れゆく野べはいかゞせむ蟲の音のこせあきの山里

寂蓮高野に詣でて深き山の紅葉といふ事を詠みける

さま% \に錦ありけるみ山かな花見しみねをしぐれそめつゝ

紅葉色深しといふ事を

限あればいかゞは色も増るべきをあかずしぐるゝ小倉山かな
もみぢ葉の散らで時雨の日數へばいかばかりなる色かあらまし

霧中紅葉

錦はる秋のこずゑを見せぬかなへだつる霧のやどをつくりて

賤しかりける家に蔦の紅葉面白かりけるを見て

思はずよよしある賤がすみかかな蔦の紅葉をのきに這はせて

寄紅葉戀

我が涙しぐれの雨にたぐへばや紅葉のいろのそでにまがへる

東へまかりけるにしのぶの奧に侍りける社の紅葉を

ときはなる松のみどりも神さびて紅葉ぞ秋はあけのたまがき

草花野路落葉

紅葉ちる野はらをわけて行くひとは花ならぬまで錦きるべし

秋の末に法輪にこもりて詠める

大井川ゐぜきによどむ水の色に秋ふかくなる程ぞ知らるゝ
小倉山ふもとにあきのいろはあれや梢のにしき風にたゝれて
わがものと秋の梢をおもふかなをぐらのさとに家居せしより
山ざとは秋の末にぞおもひ知るかなしかりけりこがらしの風
暮れ果つる秋の形見にしばし見む紅葉ちらすなこがらしの風
あきくるゝ月なみわかぬ山賤のこゝろうらやむけふの夕ぐれ

終夜秋を惜む

をしめども鐘の音さへかはるかな霜にや露のむすびかふらむ

長樂寺にて夜紅葉を思ふといふ事を人々よみけるに

夜もすがらをしげなく吹く嵐かなわざと時雨のそむる紅葉を

題しらず

神無月木の葉のおつるたびごとに心うかるゝみやまべのさと
ねざめする人の心をわびしめてしぐるゝ音はかなしかりけり

十月のはじめつかた山里にまかりたりけるに蛬の聲のわづかにしければ詠みける

霜うづむ葎の下のきり%\すあるかなきかにこゑきこゆなり

山家落葉

道もなしやどは木の葉にうづもれぬまだきせさする冬籠かな
木の葉散れば月に心ぞあくがるゝみ山がくれに住まむと思ふに

曉落葉

時雨かとねざめの床にきこゆるは嵐にたへぬ木の葉なりけり

水上落葉

立田姫そめしこずゑの散るをりはくれなゐあらふ山川のみづ

落葉

嵐ふく庭の落葉のをしきかなまことのちりになりぬと思へば

月前落葉

山おろしの月に木の葉を吹きかけて光にまがふ影を見るかな

瀧上落葉

木枯にみねの紅葉やたぐふらむむらごに見ゆる瀧のしらいと

山家時雨

宿かこふはゝその柴のいろをさへしたひてそむる初時雨かな

閑中時雨といふ事を

おのづから音する人もなかりけり山めぐりする時雨ならでは

時雨の歌よみけるに

あづまやのあまりにもふるしぐれかな誰かは知らぬ神無月とは

落葉網代にとゞまる

紅葉よる網代の布の色そめてひをくるゝとは見ゆるなりけり

山家枯草といふ事を覺雅僧都の坊にて人々よみけるに

かきこめしすそ野の薄霜枯れてさびしさまさるしばの庵かな

野のわたりの枯れさる草といふ事を双林寺にて詠みけるに

さま%\に花さきたりと見し野邊の同じ色にも霜枯れにけり

枯野の草をよめる

分けかねし袖に露をばとめ置きて霜にくちぬる眞野の萩原
霜かつぐ枯野の草はさびしきにいづくは人のこゝろとむらむ
霜がれてもろくくだくる荻の葉をあらく吹くなる風の音かな

冬の歌よみけるに

難波江のいり江のあしに霜さえてうら風さむき朝ぼらけかな
玉かけし花のかづらもおとろへて霜をいたゞく女郎花かな
山櫻初ゆき降れば咲きにけりよし野はさとにふゆごもれども
さびしさにたへたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山ざと

水邊寒草

霜にあひて色あらたむる芦のほのさびしく見ゆる難波江の浦

山里の冬といを事を人々よみけるに

玉まきし垣ねのまくず霜がれてさびしく見ゆる冬のやまざと

寒夜旅宿

旅寐する草のまくらに霜さえてありあけの月の影ぞ待たるゝ

山家冬月

冬がれのすさまじげなるやまざとに月のすむこそ哀なりけれ
月出づる峯の木の葉も散りはてゝふもとの里は嬉しかるらむ

月枯れたる草を照す

花におく露にやどりし影よりもかれ野の月はあはれなりけり
こほりしく沼の芦原かぜさえて月もひかりぞさびしかりける

しづかなる夜の冬月

霜さゆる庭の木の葉をふみ分けて月は見るやと訪ふ人もがな

庭上冬月といふ事を

さゆと見えて冬ふかくなる月かげは水なきにはに氷をぞしく

鷹狩

あはせたる木ゐのはし鷹をぎとゝし犬かひ人の聲しきるなり

雪中鷹狩

かきくらす雪にきゞすは見えねども羽音に鈴をたぐへてぞやる
降る雪に鳥立も見えずうづもれてとりどころなき御狩野の原

夜初雪

月いづるのきにもあらぬ山の端のしらむもしるし夜はの白雪

庭雪似月

木の間もる月の影とも見ゆるかなはだらにふれる庭のしら雪

雪の朝靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに

たけのぼる朝日のかげのさすまゝに都の雪は消えみ消えずみ

枯野に雪の降りたるを

枯れはつる萱がうは葉にふる雪はさらに尾花の心地こそすれ

雪の歌よみけるに

あらち山さかしくくだる谷もなくかじきの道をつくるしら雪
たゆみつゝそりのはやをもつけなくに積りにけりな越の白雪

雪道を埋む

ふる雪にしをりし柴もうづもれておもはぬ山に冬ごもりする

秋の頃高野へまゐるべきよし頼めてまゐらざりける人のもとへ雪ふりて後申しつかはしける

雪ふかくうづみてけりな君來やと紅葉のにしきしきし山路を

雪朝待人といふ事を

わが宿に庭より外の道もがなとひ來むひとのあとつけで見む

雪に庵うづもれてせむかたなく面白かりけり今も來たらばと詠みけむことを思ひ出でて見けるほどに鹿の分けてとほりけるを見て

人來ばと思ひて雪を見るほどにしか跡つくることもありけり

雪朝會友といふ事を

跡留むる駒の行方はさもあらばあれ嬉しく君にゆきも逢ひぬる

雪埋竹といふことを

雪うづむ園の呉竹をれふしてねぐらもとむるむらすゞめかな

賀茂の臨時の祭歸り立の御神樂土御門内裏にて侍りけるに竹のつぼに雪のふりたりけるを見て

うらがへす小忌の衣と見ゆるかな竹のうら葉にふれるしら雪

社頭雪

玉がきはあけもみどりもうづもれて雪おもしろき松の尾の山

雪の歌ども詠みけるに

何となくくるゝ雫のおとまでも山邊はゆきぞあはれなりける
雪ふれば野路も山路もうづもれて遠近しらぬたびのそらかな
あをね山苔のむしろの上にして雪はしとねのこゝちこそすれ
卯の花のこゝちこそすれ山里のかきねの柴をうづむしらゆき
をりならぬめぐりの垣の卯花をうれしく雪のさかせつるかな
とへな君ゆふぐれになる庭の雪をあとなきよりは哀ならまし

船中霰

迫門渡るたななし小舟心せよあられみだるゝしまきよこぎる

深山霰

杣人のまきのかり屋の下ぶしに音するものはあられなりけり

櫻の木に霰のたばしるを見て

たゞは落ちで枝をつたへる霰かなつぼめる花のちる心地して

月前炭竈といへる事を

限あらむ雲こそあらめ炭がまのけぶりに月のすゝけぬるかな

千鳥

淡路がたいそわの千鳥こゑしげし迫門の汐風さえまさる夜は
淡路がた迫門の汐干の夕ぐれに須磨よりかよふ千鳥なくなり
さゆれども心やすくぞきゝあかす川瀬の千鳥ともぐしてけり
霜さえて汀ふけゆくうら風をおもひ知りげに鳴くちどりかな
やせ渡るみなとの風につきふけて汐干るかたに千鳥なくなり

題しらず

千どりなく繪島の浦にすむ月を波にうつして見るこよひかな

氷留山水

岩間せく木の葉わけこし山みづをつゆもらさぬは氷なりけり

瀧上氷

水上にみづや氷をむすぶらむ繰るとも見えぬたきのしらいと

氷筏をとづといふ事を

氷わる筏のさをのたゆければもちやこさまし保津のやまごえ

冬の歌十首よみけるに

花もかれもみぢも散りぬ山里はさびしさをまたとふ人もがな
ひとりすむかた山陰の友なれやあらしに晴るゝふゆの夜の月
津の國の芦のまろ屋の淋しさは冬こそわきてとふべかりけれ
さゆる夜はよその空にぞをしも鳴くこほりにけりな昆陽の池水
よもすがら嵐の山にかぜさえて大井のよどにこほりをぞしく
さえわたるうら風いかにさむからむ千鳥むれゐるゆふ崎の浦
山里はしぐれし頃のさびしきにあられの音はやゝまさりけり
風さえてよすればやがてこほりつゝかへる波なき志賀の唐崎
吉野山ふもとにふらぬ雪ならば花かと見てやたづね入らまし
宿ごとにさびしからじとはげむべし煙こめたる小野の山ざと

題しらず

山櫻おもひよそへてながむれば木ごとの花はゆきまさりけり
仁和寺の御室にて山家閑居見雪といふ事を詠ませ給ひけるに
降りつもる雪をともにて春までは日をおくるべきみ山べの里

山里に冬深しといふ事を

とふ人も初雪をこそわけこしかみちとぢてけりみやまべの里

山居雪といふ事を

年の内はとふ人さらにあらじかし雪も山路もふかきすみかを

世を遁れて鞍馬の奧に侍りけるにかけひのこほりて水までこざりけるに春になるまではかく侍るなりと申しけるを聞きてよめる

わりなしやこほる筧の水ゆゑにおもひ捨てゝし春のまたるゝ

陸奧國にて年の暮によめる

常よりも心ぼそくぞおもほゆるたびのそらにて年の暮れぬる

山家歳暮

新しき柴のあみ戸をたちかへて年のあくるを待ちわたるかな

東山にて人々年の暮に思を述べけるに

年くれしその營はわすられてあらぬさまなるいそぎをぞする

年の暮に縣より都なる人の許へ申し遣しける

おしなべておなじ月日の過ぎゆけば都もかくや年は暮れぬる
山里に家ゐをせずば見ましやはくれなゐふかき秋のこずゑを

歳暮に人のもとへ遣しける

おのづからいはぬを慕ふ人やあると休らふ程に年の暮れぬる

常なき事をよせて

いつか我むかしの人といはるべきかさなる年をおくり迎へて

名を聞きて尋ぬる戀

あはざらん事をば知らず帚木の伏屋と聞きて尋ね行くかな

自門歸戀

たてそめてかへる心はにしき木の千束まつべき心地こそすれ

涙顯戀

おぼつかないかにと人の呉織あやむるまでにぬるゝそでかな

夢會戀

なか/\に夢に嬉しきあふ事はうつゝにものを思ふなりけり
あふことを夢なりけりと思ひわく心の今朝はうらめしきかな
あふと見る事をかぎりの夢路にてさむる別のなからましかば
夢とのみおもひなさるゝ現こそあひ見る事のかひなかりけれ

後朝

今朝よりぞ人の心はつらからで明けはなれ行く空をうらむる
逢ふ事をしのばざりせば道芝の露よりさきにおきてこましや

後朝郭公

さらぬだに歸りやられぬしのゝめに添へてかたらふ郭公かな

後朝花橘

かさねてはこからまほしきうつり香を花橘に今朝たぐへつゝ

後朝霧

やすらはむ大方の夜は明けぬとも闇とかこへる霧にこもりて

歸るあしたの時雨

ことづけて今朝の別はやすらはむ時雨をさへや袖にかくべき

逢ひてあはぬ戀

つらくともあはずば何のならひにか身の程知らず人を恨みむ
さらば唯さらでぞ人の止みなましさて後も又さもやあらじと

もらさじとそでにあまるをつゝままし情をしのぶ涙なりせば

ふたゝび絶ゆる戀

唐衣たちはなれにしまゝならば重ねてものは思はざらまし

寄絲戀

賤の女がすゝぐる絲にゆづりおきて思ふにたがふ戀もするかな

寄梅戀

折らばやと何思はまし梅の花めづらしからぬにほひなりせば
ゆきずりに一枝をりし梅が香のふかくも袖にしみにけるかな

寄花戀

つれもなき人に見せばや櫻花かぜにしたがふこゝろよわさを
花を見る心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ

寄殘花戀

葉がくれに散りとゞまれる花のみぞ忍びし人に逢ふ心地する

寄歸雁戀

つれもなく絶えにし人を雁がねのかへる心とおもはましかば

寄草花戀

朽ちてたゞしをればよしや我が袖も萩の下枝の露によそへて

寄鹿戀

妻戀ひてひとめつゝまぬ鹿の音を羨むそでのみさをなるかな

寄苅萱戀

一方にみだるともなきわがこひやかぜさだまらぬ野べの苅萱

寄霧戀

夕霧のへだてなくこそおもひつれ隱れて君があはぬなりけり

寄紅葉戀

わが涙時雨のあめにたぐへばやもみぢのいろの袖にまがへる

寄落葉戀

朝ごとに聲ををさむる風のおとはよをへてかるゝひとの心か

寄氷戀

春をまつ諏訪のわたりもある物をいつを限にすべきつらゝぞ

寄水鳥戀

わが袖の涙かゝると濡れてあれなうらやましきは池のをし鳥

賀茂の方にさゝきと申す里に冬深く侍りけるに人々まうで來て山里の戀といふことを

筧にもきみがつらゝやむすぶらむ心ぼそくも絶えぬなるかな

商人に文をつくる戀といふことを

思ひかね市の中には人おほみゆかりたづねてつくるたまづさ

海路戀

波のしくことをもなにか煩はむ君があふべきみちとおもはば

九月ふたつありける年閏月を忌む戀といふことを人々よみけるに

長月のあまりにつらき心にて忌むとは人のいふにやあるらむ

みあれの頃賀茂にまゐりたりけるに精進にはゞかる戀といふことを人々よみけるに

ことつくるみあれの程をすぐしてもなほや卯月の心なるべき

同社にて神に祈る戀といふことを神主どもよみけるに

天くだる神のしるしのありなしをつれなき人のゆくへにて見む

月待つといひなされつるよひのまの心の色のそでに見えぬる
知らざりき雲井のよそに見し月のかげを袂にやどすべしとは
あはれとも見る人あらばおもはなむ月のおもてにやどす心を
月見ればいでやとよのみ思ほえてもたりにくゝもなる心かな
弓張の月にはづれて見し影のやさしかりしはいつかわすれむ
おもかげのわすらるまじき別かな名殘を人の月にとゞめて
あきの夜の月や涙をかこつらむ雲なきかげをもてやつすとて
天の原さゆるみそらは晴れながらなみだぞ月の隈になるらむ
もの思ふ心のたけぞ知られぬるよな/\月をながめあかして
月を見る心のふしをとがにしてたよりえ顏にぬるゝそでかな
思ひ出づる事はいつもといひながら月にはたへぬ心なりけり
あしびきの山のあなたに君すまば入るとも月を惜まざらまし
なげけとて月やはものを思はするかこち顏なるわが涙かな
君にいかで月に爭ふほどばかりめぐりあひつゝ影をならべむ
白妙の衣かさぬる月かげのさゆるまそでにかゝるしらつゆ
しのびねの涙たゝふる袖のうらになづまずやどる秋の夜の月
ものおもふ袖にも月はやどりけり濁らですめる水ならねども
戀しさをもよほす月のかげなればこぼれかゝりてかこつ涙か
よしさらば涙のいけに身をなして心のまゝに月をやどさむ
うち絶えてなげく涙にわが袖のくちなばなどか月をやどさむ
よゝふとも忘れがたみのおもひでは袂に月のやどるばかりぞ
涙ゆゑ隈なき月ぞくもりぬるあまのはら/\ねのみながれて
あやにくにしるくも月のやどるかな夜にまぎれてと思ふ袂に
おもかげに君が姿を見つるよりにはかに月のくもりぬるかな
よもすがら月を見顏にもてなして心のやみにまよふころかな
秋の月もの思ふ人のためとてや影にあはれをそへて出づらむ
へだてたる人の心のくまにより月をさやかに見ぬがかなしさ
涙ゆゑつねはくもれる月なればながれぬをりぞ晴間なりける
くまもなきをりしも人を思ひいでて心と月をやつしつるかな
もの思ふ心の隈をのごひすてゝくもらぬ月を見るよしもがな
こひしさや思ひよわるとながむればいとど心をくだく月かな
ともすれば月すむ空にあくがるゝ心のはてをしるよしもがな
ながむるに慰むことはなけれども月を友にてあかすころかな
もの思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなる哀そふらむ
雨雲のわりなきひまをもる月の影ばかりだにあひ見てしがな
秋の月しのだの杜の千枝よりもしげきなげきや隈になるらむ
思ひ知る人ありあけのよなりせばつきせず身をば恨みざらまし

數ならぬ心のとがになしはてじ知らせてこそは身をも恨みめ
うち向ふそのあらましの俤をまことになして見るよしもがな
山賤のあら野をしめて住みそむる片便なる戀もするかな
常磐山しひの下柴かりすてむかくれておもふかひのなきかと
歎くとも知らばや人のおのづから哀とおもふこともあるべき
なにとなくさすがに惜き命かなありへば人やおもひ知るとて
なに故か今日までものを思はまし命にかへてあふせなりせば
あやめつゝ人知るとてもいかゞせむ忍び果つべき袂ならねば
なみだ川深く流るゝ水脈ならばあさき人目につゝまざらまし
うきたびになどなと人を思へどもかなはで年の積りぬるかな
なか/\になれぬ思のまゝならば恨ばかりや身につもらまし
何せむにつれなかりしを恨みけむ逢はずばかゝる思せましや
むかはらば我がなげきのむくいにて誰ゆゑ君がものを思はむ
身のうさの思ひ知らるゝことわりに抑へられぬは涙なりけり
日をふれば袂の雨の足そひて晴るべくもなきわが心かな
かきくらす涙の雨のあし繁みさかりにもののなげかしきかな
もの思へどかゝらぬ人もあるものを哀なりける身の契かな
岩代の松風きけばものをおもふ人もこゝろはむすぼほれけり
なほざりの情は人のあるものをたゆるは常のならひなれども
何とこはかずまへられぬ身のほどに人をうらむる心ありけむ
うきふしをまづおもひしる涙かなさのみこそはと慰むれども
さま%\に思ひみだるゝ心をば君がもとにぞつかねあつむる
もの思へばちゞに心ぞくだけぬる信太の森のえだならねども
かゝる身におふし立てけむたらちねの親さへつらき戀もするかな
おぼつかな何の報のかへり來て心せたむるあだとなるらむ
かきみだる心やすめのことぐさはあはれ/\と歎くばかりぞ
身を知れば人の咎とは思はぬにうらみがほにも濡るゝ袖かな
なか/\になるゝつらさにくらぶればうとき恨は操なりけり
人はうしなげきは露もなぐさまずこはさばいかにすべき心ぞ
日にそへて恨はいとゞおほ海のゆたかなりけるわが涙かな
さる事のあるなりけりと思ひ出でて偲ぶ心をしのべとぞ思ふ
今ぞ知るおもひ出でよと契りしはわすれむとての情なりけり
難波潟なみのみいとど數そひてうらみのひまや袖のかわかむ
心ざしのありてのみやは人をとふ情はなしとおもふばかりぞ
なか/\に思ひ知るてふ言の葉はとはぬに過ぎて恨めしきかな
などかわれ事の外なる歎せでみさをなる身にうまれざりけむ
汲みて知る人もありけむおのづからほりかねの井の底の心を
煙立つ富士のおもひの爭ひてよだけき戀をするがへぞゆく
涙川さかまくみをの底ふかみみなぎりあへぬわがこゝろかな
迫門口に立てるうしほのおほよどみよどむとしひもなき涙かな
いそのまになみあらげなる折々はうらみをかづく里のあま人
東路やあひの中山ほどせばみこゝろの奧の見えばこそあらめ
いつとなく思ひに燃ゆるわが身かな淺間の煙しめるよもなく
播磨路や心のすまに關すゑていかでわが身のこひをとゞめむ
哀てふなさけに戀のなぐさまば問ふ言の葉やうれしからまし
物思はまだ夕ぐれのまゝなるに明けぬとつぐるしば鳥の聲
夢をなど夜頃頼まで過ぎきけむさらで逢ふべき君ならなくに
さはといひて衣かへして打ちふせど目の合はばやは夢も見るべき
戀ひらるゝうき名を人に立てじとて忍ぶわりなきわが袂かな
夏草のしげりのみゆく思ひかな待たるゝ秋のあはれ知られて
紅のいろにたもとのしぐれつゝそでに秋あるこゝちこそすれ
あはれとてなどとふ人のなかるらむ物思ふやどの荻の上風
わりなしやさこそ物思ふ袖ならめ秋にあひてもおける露かな
いかにせむ來む世の蜑となる程にみるめ難くて過ぐる恨を
秋ふかき野べの草葉にくらべばやものおもふころの袖の白露
ものおもふ涙ややがてみつせ川人をしづむるふちとなるらむ
哀々この世はよしやさもあらばあれ來む世もかくや苦しかるべき
たのもしなよひ曉の鐘の音にもの思ふ罪はつきざらめやは