University of Virginia Library

花の歌あまた詠みけるに

空に出でていづくともなく尋ぬれば雲とは花の見ゆるなりけり
雪とぢし谷のふる巣を思ひ出でて花にむつるゝうぐひすの聲
吉野山雲をはかりに尋ね入りてこゝろにかけし花を見るかな
おもひやるこゝろや花にゆかざらむ霞こめたるみよし野の山
おしなべて花の盛になりにけり山の端ごとにかゝるしらくも
まがふ色に花咲きぬれば吉野山春は晴れせぬ嶺のしら雲
吉野山こずゑのはなを見し日より心は身にもそはずなりにき
あくがるゝ心はさてもやまざくら散りなむ後や身に歸るべき
花見ればそのいはれとは無けれども心のうちぞ苦しかりける
白川のこずゑを見てぞなぐさむる吉野の山にかよふこゝろを
引きかへて花見る春は夜はなく月見る秋はひるなからなむ
花ちらで月はくもらぬ世なりせば物を思はぬわが身ならまし
たぐひなき花をし枝に咲かすれば櫻にならぬ木ぞなかりける
身を分けて見ぬ梢なくつくさばやよろづの山の花のさかりを
櫻さく四方の山邊をかぬるまにのどかに花を見ぬこゝちする
花にそむ心はいかで殘りけむすて果てゝきと思ふわが身に
白川の春のこずゑのうぐひすは花のことばをきくこゝちする
ねがはくば花の下にて春死なむそのきさらぎのもち月のころ
佛にはさくらの花をたてまつれわがのちの世を人とぶらはゞ
何とかや世にありがたき名をえたる花よ櫻にまさりしもせじ
山ざくら霞のころもあつく著てこのはるだにも風つゝまなむ
思ひやる高嶺の雲の花ならば散らぬ七日は晴れじとぞ思ふ
のどかなる心をさへに過しつゝ花ゆゑにこそはるを待ちしか
かざこしの嶺のつゞきに咲く花はいつ盛ともなくや散るらむ
ならひありて風さそふとも山櫻たづぬる我を待ちつけて散れ
すそ野やくけぶりぞ春は吉野山花をへだつるかすみなりける
今よりは花見む人につたへおかむ世を遁れつゝ山に住まむと