University of Virginia Library

月歌あまた詠みるけに

入りぬとや東に人はをしむらむ都にいづるやまの端のつき
待ち出でてくまなき宵の月見ればくもぞ心にまづかゝりける
秋風や天つくもゐにはらふらむ更けゆくまゝに月のさやけき
いづくとて哀ならずはなけれどもあれたる宿ぞ月はさびしき
よもぎ分けて荒れたる宿の月見れば昔すみけむ人ぞこひしき
身にしみて哀しらする風よりもつきにぞ秋のいろは見えける
蟲の音もかれゆく野べの草のはらに哀をそへてすめる月かげ
人も見ぬよしなき山の末までもすむらむ月の影をこそおもへ
木の間もる有明の月をながむればさびしさ添ふるみねの松風
いかにせむ影をばそでにやどせども心のすめば月のくもるを
くやしくも賤が伏屋とおとしめて月のもるをも知らで過ぎける
あれわたる草の庵にもる月をそでにうつしてながめつるかな
月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐりあひぬる
何事もかはりのみゆく世のなかにおなじ影にてすめる月かな
よもすがら月こそそでにやどりけれ昔の秋をおもひいづれば
ながむれば外の影こそゆかしけれかはらじものを秋の夜の月
行方なく月に心のすみ/\てはてはいかにかならむとすらむ
月影のかたぶく山をながめつゝをしむしるしやありあけの空
ながむるもまことしからぬ心地してよに餘りたる月の影かな
行く末の月をば知らず過ぎきつる秋まだかゝる影はなかりき
まことゝも誰か思はむひとり見て後にこよひの月をかたらば
月のため晝と思ふがかひなきにしばしくもりて夜を知らせよ
あまの原朝日山より出づればや月のひかりのひるにまがへる
有明の月のころにしなりぬれば秋はよるなきこゝちこそすれ
なか/\に時々雲のかゝるこそ月をもてなすかざりなりけれ
空晴るゝあらしのおとは松にあれや月も緑のいろにはえつゝ
さだめなく鳥やなくらむあきの夜は月の光をおもひまがへて
たれもみなことわりとこそ定むらめ晝をあらそふ秋の夜の月
影さえてまことに月のあかき夜は心もそらにうかびてぞすむ
隈もなき月のおもてに飛ぶ雁のかげを雲かと思ひけるかな
ながむればいなや心のくるしきにいたくなすみそ秋の夜の月
雲も見ゆかぜも吹くればあらくなるのどかなりつる月の光を
もろともにかげをならぶる人もあれや月のもりくる笹の庵に
なか/\にくもると見えて晴るゝ夜の月は光の添ふ心地する
浮雲の月のおもてにかゝれどもはやく過ぐるは嬉しかりけり
過ぎやらで月近くゆく浮雲のたゞよふ見ればわびしかりけり
厭へどもさすがに雲のうちちりて月のあたりを離れざりけり
雲はらふ嵐に月のみがかれてひかりえてすむあきのそらかな
くまもなき月の光をながむればまづをばすての山ぞこひしき
月さゆるあかしの瀬戸に風ふけば氷のうへにたゝむしらなみ
天の原おなじ岩戸をいづれどもひかりことなる秋の夜のつき
限りなくなごりをしきは秋の夜の月にともなふあけぼのゝ空