University of Virginia Library

高井郡六川郷六かはの里山の神の森にて、栗三ツ拾ひ來りて庭の小隅に埋め置たりし に、つや/\と芽を出して嬉しげなりけるを、東隣にて家に家をつくり足しぬるから に、月日の惠みとゞかず、雨露の潤ひうとければ、其としやをら一尺ばかり伸びけり、 しかるを此國のならひ、冬に成れば東より西より南より北より、家の大雪をひたおと しに落しこむからに、恰も越の白山一夜に兀と涌出たるにひとしく、其山に薪水を運 ぶ道を作るに、愛宕山の石壇のぼるがごとし、漸く二三月ごろ、おしなべて長閑なる に、隣々の脊戸畠は草木青みわたりて、花もまれ/\咲けるに、彼山はいまだ眞白妙 に風冴えて、嚴寒を欺くけしきにて、やゝ卯月八日髪さけ蟲の歌を厠に張るころ、山 鶯の折しり顏になけば、雪の消え口より見るに、哀なるかな、栗の木末は根際よりほ きりと折れて仕まひぬ、人ならば直に無常の烟と立昇るべきを、古根よりそろ/\青 葉吹て、かろうして一尺ばかり伸びけるを、又前のごとく、家の雪を落し込れて、ほ きりと折れ、年々折れ/\て、ことし七年の星霜を累ぬれど、花咲き實入るちからな く、されど此世の縁盡ざれば、枯も果ずして、生涯一尺程にて生て居るといふばかり なるべし。我又さの通り、梅の魁に生れながら、茨の遲生へに地をせばめられつゝ、 鬼ばゝ山の山おろしに吹折れ/\て、晴れ/\しき世界に芽を出す日は一日もなく、 ことし五十七年、露の玉の緒の今まで切れざるもふしぎなり。しかるにおのれが不運 を科なき草木に及すことの不便なりけり。

なでしこやまゝはゝ木々の日陰花 一茶

さるべき因縁ならんと思へば苦しみも平生とは成りぬ

朝夕に覆かぶさりし目の上の
辛夷も花の盛りなりけり 一茶

其引

子ばかりの布團に蘆の穗綿かな 山崎宗鑑
竹の雪はらふは風のまゝ子哉 正勝
うつくしきまゝ子の顏の蠅打ん 江雪
なげゝとて蚊さへ寐させぬまゝ子哉 未達

貞享四年卯歌仙
葛の繩目をゆるされし文

まゝ子をもいたはる嫁の名をとけて 芭蕉

祇園拾遺
下部ひそかに首理めける

繼母の又口はしる夜の雨 未達

おく五歌仙

山木かくれて草に血をぬる 芭蕉
わづかなる世をまゝ母に僞られ 風流