University of Virginia Library

蛙の野邊

爰らの子どもの戯に蛙を生ながら土に埋めて諷ふていはく、ひきどのゝお死なつた、 おんばくもつてとぶらひに/\/\と、口々にはやして[on] 苡の葉を、彼うづめたる 上に打かぶせて歸りぬ。しかるに本草綱目、車前草の異名を蝦蟇衣といふ、此國の俗 がいろつ葉とよぶ、おのづからに和漢心をおなじくすといふべし、むかしはかばかり のざれごとさへいはれあるにや

卯の花もほろり/\や蟇の塚 一茶

此もの、諸越の仙人に飛行自在の術ををしへ、我朝天王寺には大たゝかひにゆゝしき 武名を殘しき。それは昔々のことにして、今此治れる御代に隨ひ、ともに和らぎつゝ、 夏の夕暮せどに莚を廣げて、福よ/\と呼べば、やがて隅の藪よりのさ/\這ひより て、人と同じく凉む、其つら魂ひ一句いひたげにぞありける、さる物から長嘯子の蟲 合に、歌の判者にゑらまれしは汝が生涯のほまれなるべし

ゆうぜんとして山を見る蛙哉 一茶
鶯にまかり出たよ引蟾 其角
思ふことだまつて居るか蟾 曲翠
一雫天窓なでけり引かへる 一茶
そんじよそこ爰と青田のひいき哉
閨の蚊のぶんとばかりに燒れけり
鵜の眞似は鵜より上手な子ども哉
寐竝んで遠夕立の評義かな
留守中も釣り放しなる紙帳かな
山番の爺が祈りし清水かな
蓮の葉に此世の露は曲りけり
狗に爰へ來よとや蝉の聲

五月二十八日

とらが雨など輕んじて濡れにけり