University of Virginia Library

正月元日の夜の丑刻より始りて、打つゞき八日目/\に、天に音樂あると云ふこと、 誰といふともなく云觸らして、いつ/\の夜そんぜうそこにてしかときゝしと人もあ り、又吹風の迹なし事とけなすものもあり。其噂東西南北にはつと弘りぬ。つら/\ 思ふに、全く有りと信じがたく、又ひたすらなしとかたつけがたし、天地ふしぎのな せるわざにて、いにしへ甘露を降らせ、乙女の天下りて舞しためしなきにしもあらず、 今此天下泰平に感じて、天上の人も腹鼓うち、俳優してたのしむならめ、それを聞得 ざるは其身の罪の程によるべし。何にまれあしからぬとりさたなりと、三月十九日夕 過より、誰かれ我菴につどひつゝ、おの/\息をこらして今や/\と待うち、夜はし らしら明て、窓の梅の木に一聲有り、

今の世も鳥はほけ經鳴にけり ゝ一茶
鶯の馳走に掃しかきねかな
馬までもはたご泊や春の雨
雀の子そこのけ/\御馬が通る
かすむ日やしんかんとして大座敷
横乘の馬のつゞくや夕雲雀

京島原

入口のあいそになびく柳かな
藪村やまぐれあたりも梅の花
正月や夜はよる迚うめの月
茶屋むらの一夜にわきし櫻かな
翌/\と待たるゝうちが櫻かな 白飛
なぐさみにわらを打也夏の月 一茶

卯月八日

長の日をかはく間もなし誕生佛
五月雨も中休みかよ今日は

病後

ちりの身とともにふは/\紙帳哉
五月雨も仕廻のはらり/\かな
小座頭の天窓にかぶる扇かな
竹の子と品よく遊べ雀の子
入梅晴や二軒並んで煤拂ひ

谷藤橋

這わたる橋の下よりほとゝぎす
はつ瓜を引とらまへて寐た子哉

人形町

人形に茶を運ばせて門凉み
今迄は罰もあたらず晝寐蚊屋
蚊がちらりほらり是から老が世ぞ
世がよくばも一ツ泊れ飯の蠅
卯の花に一人きりの社かな

幽栖

蟲にまで尺とられけり此はしら

身一つすぐす迚山家のやもめの哀さは

おの(が)里仕舞てどこへ田植笠
あつぱれの大わか竹ぞ見ぬうちに
花つむや扇をちよいとぼんのくぼ
としよりと見るや鳴蚊の耳のそば

戸隱山

居風呂へ流し込たる清水かな
此入りはどなたの菴ぞ苔清水 一茶
一つ蚊のだまつてしくり/\かな
その門に天窓用心ころもがえ
かくれ家の柱で麥を打れけり

越後女旅かけて商ひする哀さを

麥秋や子を負ひながらいはし賣
笋や人の子なくば花咲ん
芝でした休み所や夏木立
山苔も花さく世話はもちにけり
孑孑の天上したり三ケの月

獨樂坊

寐所見る程は卯の花明りかな
法の山や蛇もうき世を捨衣