University of Virginia Library

こぞの夏、竹植る日のころ、うき節茂きうき世に生れたる娘、おろかにしてものにさ とかれどて名をさとゝよぶ。ことし誕生日祝ふころほひより、てうち/\あはゝ、天 窓てん/\、かぶり/\ふりながら、おなじ子どもの風車といふものをもてるをしき りにほしがりてむづかれば、とみにとらせけるを、やがてむしや/\しやぶつて捨て、 露程の執念なく、直に外の物に心うつりて、そこらにある茶碗を打破りつゝ、それも たゞちに倦て、障子のうす紙をめり/\むしるに、よくした/\とほむれば、誠と思 ひきやら/\と笑ひて、ひたむしりにむしりぬ。心のうち一點の塵もなく、名月のき ら/\しく清く見ゆれば、迹なき俳優見るやうに、なか/\心の皺を伸しぬ。又人の 來りてわん/\はどこにといへば、犬に指し、かあ/\はと問へば、鳥にゆびさすさ ま、口もとより爪先まで、愛敬こぼれてあひらしく、いはゞ春の初草に胡蝶の戲るゝ よりもやさしくなん覺え侍る。このおさな佛の守し給ひけん、[tai] 夜の夕暮に持佛堂 に蝋燭てらして、[rin] 打ならせば、どこに居てもいそがはしく這ひよりて、さわらび のちいさき手を合せて、なんむ/\と唱ふ聲、しほらしくゆかしくなつかしく殊勝な り、それにつけてもおのれかしらにはいくらの霜をいたゞき、額にはしば/\波の寄 せ來る齡にて、彌陀たのむすべもしらで、うか/\月日を費すこそ、二ツ子の手前も はづかしけれと思ふも、其坐を退けばはや地獄の種を蒔て、膝にむらがる蠅をにくみ、 膳を巡る蚊をそしりつゝ、剩へ佛のいましめし酒を呑む。折から門に月さしていと凉 しく、外にわらはべの踊の聲のすれば、たゞちに小椀投げ捨て、片いざりにいざり出 て、聲を上げ手眞似してうれしげなるを見るにつけつゝ、いつしかかれをも振分髪の たけになしておどらせて見たらんには、廿五菩薩の管絃よりもはるかまさりて興ある わざならんと、我身につもる老を忘れてうさをなんはらしける。かく日すがら、をし かの角のつかの間も、手足をうごかさずといふことなくて、遊びつかれる物から、朝 は日のたけるまで眠る、其内ばかり母は正月と思ひ、飯焚、そこら掃きかたづけて、 團扇ひら/\汗をさまして、閨に泣聲のするを目の覺る相圖とさだめ、手かしこく抱 き起して、うらの畠に尿やりて、乳房あてがへば、すは/\吸ひながら、むな板のあ たりをうちたゝきて、にこ/\笑ひ顏をつくるに、母は長々胎内のくるしびも、日々 襁褓の穢らしきもほと/\忘れて、衣のうらの玉を得たるやうになでさすりて、一入 よろこぶありさまなりけらし。

蚤の跡かぞへながらに添乳かな 一茶

より/\思ひ寄せたる小兒をも遊び連にもと爰に集ぬ

柳からももんぐあゝあと出る子哉
蓬莱になんむ/\といふ子哉
年問へば片手出す子や更衣 一茶

小兒の行末を祝して

たのもしやてんつるてんの初袷
名月を取てくれろとなく子哉
子寶がきやら/\笑ふ榾火哉
あこが餅/\とて並べけり
妹が子の脊負ふた形りや配餅
餅花の木陰にてうちあはゝ哉
凉風の吹く木へ縛る我子かな
わんぱくや縛られながらよぶ螢

其引

あゝ立たひとり立たることし哉 貞徳
子にあくと申人には花もなし 芭蕉
袴着や子の草履とる親心 子堂
花といへも一ツいへやちいさい子 羅香
春雨や格子より出す童の手 東來
早乙女や子のなく方へ植てゆく 葉捨
折とても花の木の間のせがれ哉 其角

はしとり初たる日

鵙鳴や赤子の頬をすふ時に