University of Virginia Library

樂しみ極りて愁ひ起るはうき世のならひなれど、いまだたのしびも半ばならざる、千 代の小松の二葉ばかりの笑ひ盛なる緑り子を、ね耳に水のおし來るごときあら/\し き痘の神に見込れつゝ、いま水膿のさなかなれば、やをら咲ける初花の泥雨にしほれ たるに等しく、側に見る目さへくるしげにぞありける。是も二三日經たれば痘はかせ ぐちにて、雪解の峽土のほろ/\落るやうに瘡蓋といふもの取れば、祝ひはやして、 さん俵法師といふを作りて、笹湯浴せる眞似かたして、神は送り出したれど、益々よ はりて、きのふよりけふは頼みすくなく、終に六月二十一日の蕣の花と共に、此世を しぼみぬ。母は死顏にすがりてよゝ/\と泣もむべなるかな。この期に及んでは、行 水のふたゝび歸らず、散る花の梢にもどらぬくひ事などゝ、あきらめ顏しても、思ひ 切がたきは恩愛のきづななりけり。

露の世はつゆの世ながらさりながら 一茶

去四月十六日、みちのくにまからんと、善光寺まで歩みけるを、さはる事ありて止み ぬるも、かゝる不幸あらんとて道祖神のとゞめ給ふならん

其引
子におくれたるころ

似た顏もあらば出て見ん一踊 落梧

母におくれたる子の哀さに

おさな子やひとり飯くふ秋の暮 尚白

娘を葬りける夜

夜の鶴土に蒲團も着せられず 其角

孫娘におくれて三月三日野外に遊ぶ

宿を出て雛忘れば桃の花 猿雖

娘身まかりけるに

十六夜や我身にしれと月の欠 杉風

猶子母に放れしころ

柄をなめて母尋るやぬり團扇 來山

愛子をうしなひて

春の夢氣の違はぬがうらめしい

子をうしなひて

蜻蛉釣りけふはどこまで行た事か かゞ千代

やんごとなき人々の歌も心に浮ぶまゝにふとしるし侍りぬ

讀人知らず
哀なり夜半に捨子の泣聲は
母に添寢の夢や見つらん
爲家卿
捨て行く親したふ子の片いざり
世に立かねて音こそなかるれ
兼輔卿
人の親の心は闇にあらねども
子を思ふ道に迷ひぬるかな

頌曰
未擧歩時先己到未動舌時先説了
直饒著々在機先更須知有向‐上竅

貰ふよりはやくうしなふ扇かな 一茶
俄川とんで見せけり鹿の親
大寺や扇でしれし小僧の名

曲者隱れてうかゞふ圖

あはれ蚊のついと古井に忍びけり

大山詣

四五間の木太刀をかつぐ袷かな
太郎冠者まがひに通る扇かな