University of Virginia Library

9. 後拾遺和歌集第九
覊旅

堀川太政大臣

石山より

[_]
[1]かへり侍しりる
道にはしり井にて清水をよみ侍りける

逢坂の關とはきけど走井の水をばえこそとゞめざりけれ
[_]
[1] Shinpen kokka taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1) reads かへりはべりける.

前大納言公任

十月ばかりに初瀬にまゐりて侍りけるに曉に霧のたちけるをよみ侍りける

行く道の紅葉の色も見るべきを霧と共にや急ぎたつべき

中納言定頼

かへし

霧分けて急ぎたちなむ紅葉の色しみえなば道もゆかれじ

花山院御製

くまのゝ道にて御心地例ならずおぼされけるに海士の志ほやきけるを御覽じて

旅の空夜はの煙とのぼりなば蜑の藻汐火たくかとやみむ

懷圓法師

熊野へまゐり侍りける道にて吹上の濱を見て

都にて吹上の濱を人とはゞけふ見る計りいかゞかたらむ

少輔

熊野へ參る道にて月を見てよめる

山のはゝ障るかとこそ思ひしか峯にても猶月ぞまたるゝ

藤原國行

舟にのりてほり江といふ所をすぎ侍るとて

すぎがてに覺ゆる物は芦間かな堀江の程は綱手ゆるべよ

能因法師

津の國へまかる道にて

芦のやのこやの渡りに日は暮ぬいづち行らむ駒に任せて

増基法師

東へまかりける道にて

都のみかへり見られて東路をこまの心にまかぜてぞゆく

和泉式部

和泉へくだり侍りけるによる都鳥のほのかに鳴きければよみ侍りける

こととはゞありのまに/\都どり都の事を我にきかせよ

惠慶法師

正月ばかり近江へまかり侍るに鏡山にて雨にあひてよみ侍りける

鏡山こゆる今日しも春雨のかき曇りやはふるべかりける

赤染衛門

七月ついたち頃に尾張に下りけるに夕すゞみに關山をこゆとて志ばし車をとゞめて休み侍りてよみ侍りける

こえはてば都も遠くなりぬべし關のゆふ風志ばし凉まむ

増基法師

題志らず

けふ計霞まざらなむあかで行く都の山はそれとだに見む

良暹法師

津の國にくだりて侍りけるに旅宿遠望の心をよみ侍りける

わたのべや大江の岸に宿りして雲居にみゆる伊駒山かな

能因法師

爲善の朝臣三河守にて下り侍りけるにすのまたといふわたりにおりゐて信濃のみ坂を見やりてよみ侍りける

白雲の上よりみゆる足引のやまの高嶺やみさかなるらむ

源重之

東の方へまかりけるにうるまといふ所にて

東路にこゝをうるまといふことは行きかふ人のあれば也鳬

大江廣經朝臣

父のともに遠江國にくだりて年經て後下野守にてくだり侍りけるに濱名の橋のもとにてよみ侍りける

東路の濱名の橋をきて見れば昔こひしきわたりなりけり

能因法師

志かすがの渡りにてよみ侍りける

思ふ人ありとなけれど故郷は志かすがに社戀しかりけれ

みちのくにゝまかり下りけるに白川の關にてよみ侍りける

都をば霞とともにたちしかど秋かぜぞふく志ら川のせき

出羽の國にまかりて象潟といふ所にてよめる

世中はかくてもへけりきさ潟の天の外山を我が宿にして

大中臣能宣朝臣

筑紫へ下りける道にて須磨の浦にてよみ侍りける

すまの浦をけふ過行けどこし方へ歸る波にやことをつてまし

大貳高遠

筑紫にまかりくだりけるに汐やくを見てよめる

風ふけばもしほの煙うち靡き我も思はぬかたにこそゆけ

花山院御勢

書寫のひじりにあひに播磨國におはしまして明石といふ所の月を御覽じて

月影はたびの空とて變らねどなほ都のみこひしきやなぞ

中納言資綱

播磨の明石といふ所に汐あみにまかりて月のあかゝりける夜中宮の臺盤所に奉り侍りける

覺つかな都の空やいかならむ今夜あかしの月を見るにも

繪式部

かへし

眺むらむ明石の浦のけしきにて都の月をそらに志らなむ

康資王母

常陸にくだりける道にて月のあかく侍りけるをよめる

月はかく雲居なれ共見るものを哀れ都のかゝらましかば

橘爲義朝臣

宇佐の使にてつくしへまかりける道に海の上に月をまつといふ心をよみ侍りける

都にて山のはに見し月かげをこよひは浪の上にこそまて

藤原國行

筑紫にまかりて月のあかゝりける夜よめる

都いでゝ雲居遙かにきたれども猶西にこそ月は入りけれ

西宮前左大臣

つくしへまかりける道にてよみ侍りける

七日にもあまりにけりな便あらば數へきかせよ沖の島守

帥前内大臣

筑紫に下り侍りけるに明石といふ所にてよみ侍りける

物思ふ心の闇しくらければあかしの浦もかひなかりけり

中納言隆家

出雲の國に流され侍りける道にてよみ侍りける

さもこそは都のほかに宿りせめうたて露けき草まくら哉

式部大輔資業

伊豫の國より十二月の十日頃にふねにのりていそぎまかりのぼりけるに

急ぎつゝ船出ぞしつる年の内に花の都のはるにあふべく

右大辨通俊

筑紫よりのぼりける道にさやかた山といふ所をすぐとてよみ侍りける

あなし吹くせとの汐合に船出して早くぞ過ぐる佐屋形山を

橘爲仲朝臣

越後よりのぼりけるに姨捨山の麓に月あかゝりければ

是やこの月見るたびに思ひやる姨捨山のふもとなりけり

源道濟

春の頃田舍よりのぼり侍りける道にてよめる

見わたせば都は近く成りぬらむすぎぬる山は霞へだてつ

同じ道にて

さよふけて峯の嵐やいかならむ汀の波のこゑまさるなり