後拾遺和歌集 (Goshui wakashu [Introduction]) | ||
13. 後拾遺和歌集第十三
戀三
後朱雀院御製
陽明門院皇后宮と申しける時久しく内に參らせ給はざりければ五月五日うちよりたてまつらせ給ひける
清原元輔
ぶくに侍りけるころ忍びたる人につかはしける
伊勢大輔
高階成順石山にこもりて久しうおとし侍らざりければよめる
叡覺法師
あひそめて又も逢ひ侍らざりける女につかはしける
大江匡衡朝臣
津の國にあからさまにまかりて京なる女につかはしける
祭主輔親
源遠古が娘に物いひわたり侍りけるに彼が許にありける女を又つかへ人あひすみ侍りけり。伊勢の國に下りて都こひしうおぼえけるにつかへ人もおなじ心にや思ふらむとおしはかりてよめる
光朝法師母
橘則光の朝臣陸奥守にて侍りけるにおくのこほりにまかりいるとて春なむ歸るべきといひおこせて侍りければ女のよめる
藤原國房
遠き所なる女につかはしける
大中臣能宣朝臣
人の語らふ女を忍びて物いひ侍りけるに物にまかりて歸りける道に此女を男田舎へゐて下り侍りけり。逢坂の關にゆきあひてせむ方なく思ひ侘びて人をかへしていひつかはしける
讀人志らず
かへし
民部卿經信
あづまに侍りける人に遣しける
康資王母
かへし
左近中將隆綱
おなじ人につかはしける
康資王母
かへし
藤原惟規
題志らず
増基法師
ものへまかりけるになるみの渡りといふ所にて人を思ひ出でゝよみ侍りける
右大辨通俊
遠き所に侍りける女に遣しける
讀人志らず
清家が父の許にあはの國に下りて侍りける時彼國の女に物いひわたり侍りけり。父津の國になり移りて罷り上りければ女便りにつけて遣しける
律師慶意
たのめたるわらはの久しう見え侍らざりければよみ侍りける
讀人志らず
源頼綱の朝臣父のともに美濃國に下り侍りける時彼の國の女にあひて又おともし侍らざりければ女のよめる
大和宣旨
中納言定頼が許に遣はしける
大納言忠家
題志らず
讀人志らず
男有りける女を忍びて物いふ人侍りけり。ひまなきさまを見てかれ%\に成り侍りければ女のいひつかはしける
皇太后宮陸奥
成資の朝臣大和守にて侍りける時物いひわたり侍りけり。たえて年へにける後、宮にまゐりて侍りける車にいれさせて侍りける
讀人志らず
五せちに出で侍りける人をかならずたづねむといふ男侍りけれど
つかはしける相模
題志らず
僧都遍救
思ひけるわらはの三井寺にまかりて久しう音もし侍らざりければよみ侍りける
左京大夫道雅
題志らず
前律師慶暹
語らひ侍りけるわらはのこと人に思ひつきければ久しう音もせで侍りけるにさすがにおぼえければよみて遣はしける
大中臣輔弘
忘れじとちぎりたる女の久しうあひ侍らざりければつかはしける
和泉式部
久しうとはぬ人の音づれて又音もせずなり侍りにければいひつかはしける
題志らず
源政成
物いひわたり侍りける女おやなどにつゝむ事ありて心にもかなはざりければよめる
左京大夫道雅
伊勢の齋宮わたりよりまかり上りて侍りける人に忍びて通ひける事をおほやけもきこしめしてまもりめなどつけさせ給ひて忍びにも通はずなりにければよみ侍りける
又おなじ所にむすびつけさせ侍りける
前大納言經輔
心ざし侍りける女のことざまに成りて後石山に籠りあひて侍りければよみ侍りける
相模
中納言定頼いまは更にこじなどいひて歸りて音もし侍らざりければつかはしける
題志らず
和泉式部
清原元輔
ある女に
和泉式部
男に忘られてさうぞくなどつゝみておくり侍りけるにかはの帶に結びつけ侍りける
相模
題志らず
大貳良基
二條院に侍りける人のもとにつかはしける
高橋良成
題志らず
大納言忠家母
權僧正靜圓
和泉式部
心地れいならず侍りけるころ人のもとにつかはしける
藤原惟規
父の許に越の國に侍りける時重くわづらひて京に侍りける齋院の中將が許に遣しける
周防内侍
心變りける人の許に遣はしける
西宮前左大臣
題志らず
藤原道信朝臣
七月七日女の許に遣はしける
増基法師
馬内侍
題志らず
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