まえがき
やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける、世中にあ
る人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを見るものきくものにつけていひい
だせるなり、花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの
いづれかうたをよまざりける、ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬ
おに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心
をもなぐさむるは、うたなり
このうた、あめつちのひらけはじまりける時よりいできにけり、あまのうきはしのした
にて、め神を神となりたまへる事をいへるうたなり、しかあれども、世につたはること
は、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり、したてるひめとは、あめわか
みこのめなり、せうとの神のかたち、をか、たににうつりてかかやくをよめるえびす哥
なるべし、これらはもじのかずもさだまらず、うたのやうにもあらぬことども也、あら
かねのつちにしては、すさのをのみことよりぞおこりける、ちはやぶる神世には
うたのもじもさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし、ひとの世となり
て、すさのをのみことよりぞみそもじあまりひともじはよみける、すさのをのみこと
は、あまてるおほむ神のこのかみ也、女とすみたまはむとて、いづものくにに宮づくり
したまふ時に、その所にやいろのくものたつを見てよみたまへる也、<やくもたついづ
もやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを>、かくてぞ花をめで、とりをう
らやみ、かすみをあはれび、つゆをかなしぶ心ことば、おほくさまざまになりにける、
とほき所もいでたつあしもとよりはじまりて、
年月をわたり、たかき山もふもとのちりひぢよりなりて、あまぐもたなびくまでおひの
ぼれるごとくに、このうたもかくのごとくなるべし、なにはづのうたは、みかどの
おほむはじめなり、おほさざきのみかどの、なにはづにてみこときこえける時、東宮を
たがひにゆづりて、くらゐにつきたまはで、三とせになりにければ、王仁といふ人のい
ぶかり思ひて、よみてたてまつりけるうた也、この花は梅のはなをいふなるべし、あさ
か山のことばは、うねめのたはぶれよりよみて、かづらきのおほきみをみちのおくへつ
かはしたりけるに、くにのつかさ、事おろそかなりとて、
まうけなどしたりけれど、すさまじかりければ、うねめなりける女の、かはらけとりて
よめるなり、これにぞおほきみの心とけにける、<あさか山かげさへ見ゆる山の井のあ
さくは人をおもふのもかは>、このふたうたはうたのちちははのやうにてぞ、手ならふ
人のはじめにもしける、そもそもうたのさまむつなり、からのうたにもかくぞあるべ
き、そのむくさのひとつには、そへうた、おほさざきのみかどをそへたてまつれるう
た、<なにはづにさくやこの花ふゆごもり
いまははるべとさくやこのはな>といへるなるべし、ふたつには、かぞへうた、<さく
花におもひつくみのあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて>といへるなるべし、こ
れはただ事にいひて、ものにたとへなどもせぬものなり、このうたいかにいへるにかあ
らむ、その心えがたし、いつつにただことうたといへるなむこれにはかなふべき、みつ
にはなずらへうた、<きみにけさあしたのしものおきていなばこひしきごとにきえやわ
たらむ>といへるなるべし
これはものにもなずらへて、それがやうになむあるとやうにいふ也、この哥よくかなへ
りとも見えず、<たらちめのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるかいもにあはず
て>、かやうなるやこれにはかなふべからむ、よつにはたとへうた、<わがこひはよむ
ともつきじありそうみのはまのまさごはよみつくすとも>といへるなるべし、これはよ
ろづのくさ木とりけだものにつけて心を見するなり、このうたはかくれたる所なむな
き、されどはじめのそへうたとおなじやうなれば、すこしさまをかへたるなるべし、
<すまのあまのしほやくけぶり風をいたみおもはぬ方にたなびきにけり>、この哥など
やかなふべからむ、
いつつにはただことうた、<いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれし
からまし>といへるなるべし、これはことのととのほりただしきをいふ也、この哥の心
さらにかなはず、とめうたとやいふべからむ、<山ざくらあくまでいろを見つるかな花
ちるべくも風ふかぬよに>、むつにはいはひうた、<このとのはむべもとみけりさき草
のみつばよつばにとのづくりせり>といへるなるべし、
これは世をほめて神につぐる也、このうたいはひうたとは見えずなむある、<かすがの
にわかなつみつつよろづ世をいはふ心は神ぞしるらむ>、これらやすこしかなふべから
む、おほよそむくさにわかれむ事はえあるまじき事になむ、今の世中いろにつき人の心
花になりにけるより、あだなるうた、はかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへ
に、むもれ木の人しれぬこととなりて、まめなるところには花すすきほにいだすべきこ
とにもあらずなりにたり、そのはじめを
おもへばかかるべくなむあらぬ、いにしへの世世のみかど、春の花のあした、秋の月の
夜ごとに、さぶらふ人人をめして、ことにつけつつうたをたてまつらしめたまふ、ある
は花をそふとてたよりなき所にまどひ、あるは月をおもふとてしるべなきやみにたどれ
る心心を見給ひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ、しかあるのみにあらず、さざ
れいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ、よろこび
身にすぎ、たのしび心にあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ、松虫のねにともを
しのび、たかさごすみの江のまつもあひおひのやうにおぼえ、おとこ山のむかしをおも
ひいでてをみなへしのひとときをくねるにも、うたをいひてぞなぐさめける、又春のあ
したに花のちるを見、秋のゆふぐれにこのはのおつるをきき、あるはとしごとにかがみ
のかげに見ゆる雪と浪とをなげき、草のつゆ水あわを見て
わが身をおどろき、あるはきのふはさかえおごりて時をうしなひ世にわび、したしかり
しもうとくなり、あるは松山の浪をかけ、野なかの水をくみ、秋はぎのしたばをなが
め、あかつきのしぎのはねがきをかぞへ、あるはくれ竹のうきふしを人にいひよしの河
をひきて世中をうらみきつるに、今はふじの山も煙たたずなり、ながらのはしもつくる
なりときく人は
うたにのみぞ心をなぐさめける、いにしへよりかくつたはるうちにも、ならの御時より
ぞひろまりにける、かのおほむ世やうたの心をしろしめしたりけむ、かのおほむ時に、
おほきみつのくらゐかきのもとの人まろなむうたのひじりなりける、これはきみもひと
も身をあはせたりといふなるべし、秋のゆふべ竜田河にながるるもみぢをば、みかどの
おほむめににしきと
見たまひ、春のあしたよしのの山のさくらは人まろが心にはくもかとのみなむおぼえけ
る、又山の辺のあかひとといふ人ありけり、うたにあやしくたへなりけり、人まろはあ
かひとがかみにたたむことかたく、あか人は人まろがしもにたたむことかたくなむあり
ける、ならのみかどの御うた、<たつた河もみぢみだれてながるめりわたらばにしきな
かやたえなむ>、人まろ、<梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれ
ば>、<ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ>、
赤人、<春ののにすみれつみにとこし我ぞのをなつかしみひと夜ねにける>、<わかの
浦にしほみちくれば方をなみあしべをさしてたづなきわたる>、この人人をおきて又す
ぐれたる人もくれ竹の世世にきこえ、かたいとのよりよりにたえずぞありける、これよ
りさきのうたをあつめてなむ方えふしふとなづけられたりける、ここにいにしへのこと
をもうたの心をもしれる人
わづかにひとりふたりなりき、しかあれどこれかれえたるところ、えぬところたがひに
なむある、かの御時よりこのかた、年はももとせあまり、世はとつぎになむなりにけ
る、いにしへの事をもうたをも、しれる人よむ人おほからず、いまこのことをいふに、
つかさくらゐたかき人をば、たやすきやうなればいれず、そのほかにちかき世に、その
名きこえたる人は、すなはち
僧正遍昭は、うたのさまはえたれどもまことすくなし、たとへばゑにかけるをうなを見
ていたづらに心をうごかすがごとし、<あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにも
ぬけるはるの柳か>、<はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむ
く>、さがのにてむまよりおちてよめる、<名にめでてをれるばかりぞをみなへしわれ
おちにきと人にかたるな>、ありはらのなりひらはその心あまりてことばたらず、しぼ
める花のいろなくてにほひ
のこれるがごとし、<月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にし
て>、<おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの>、<ねぬる
よのゆめをはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな>、ふんやのやすひでは
ことばはたくみにて、そのさま身におはず、いはばあき人のよききぬきたらむがごと
し、<吹からによもの草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ>、深草のみか
どの御国忌に、<草ふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれしけふにやはあら
ぬ>、宇治山のそうきせんは、ことば
かすかにしてはじめをはりたしかならず、いはば秋の月を見るにあかつきのくもにあへ
るがごとし、<わがいほはみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり>、よ
めるうたおほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず、をののこまちは、いに
しへのそとほりひめの流なり、あはれなるやうにてつよからず、いはばよきをうなのな
やめる所あるににたり、つよからぬはをう
なのうたなればなるべし、<思ひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざら
ましを>、<いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける>、<わびぬれ
ば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ>、そとほりひめのうた、
<わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも>、おほともの
くろぬしは、そのさまいやし、いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごと
し、<思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや>、<かがみ山
いざたちよりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると>、
このほかの人人その名きこゆる、野辺におふるかづらのはひひろごり、はやしにしげき
このはのごとくにおほかれど、うたとのみ思ひてそのさましらぬなるべし、かかるにい
ますべらぎのあめのしたしろしめすこと、よつの時ここのかへりになむなりぬる、あま
ねきおほむうつくしみのなみ、やしまのほかまでながれ、ひろきおほむめぐみのかげ、
つ
くば山のふもとよりもしげくおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとま、
もろもろのことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをもわすれじ、ふりにしこと
をもおこしたまふとて、いまもみそなはし、のちの世にもつたはれとて、延喜五年四月
十八日に大内記きのとものり、御書のところのあづかりきのつらゆき、さきのかひのさ
う官おほし
かふちのみつね、右衛門の府生みぶのただみねらにおほせられて、万えふしふにいらぬ
ふるきうたみづからのをもたてまつらしめたまひてなむ、それがなかにむめをかざすよ
りはじめて、ほととぎすをきき、もみぢををり、雪を見るにいたるまで、又つるかめに
つけてきみをおもひ人をもいはひ、秋はぎ夏草を見てつまをこひ、あふさか山にいたり
て
たむけをいのり、あるは春夏秋冬にもいらぬくさぐさのうたをなむえらばせたまひけ
る、すべて千うた、はたまき、名づけてこきむわかしふといふ、かくこのたびあつめえ
らばれて、山した水のたえず、はまのまさごのかずおほくつもりぬれば、いまはあすか
がはのせになるうらみもきこえず、さざれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべ
き、それまくら
ことば、春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば、か
つは人のみみにおそり、かつはうたの心にはぢおもへど、たなびくくものたちゐなくし
かのおきふしは、つらゆきらがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをな
むよろこびぬる、人まろなくなりにたれど、うたのこととどまれるかな、たとひ時うつ
り
ことさり、たのしびかなしびゆきかふとも、このうたのもじあるをや、あをやぎのいと
たえず、まつのはのちりうせずして、まさきのかづらながくつたはり、とりのあとひさ
しくとどまれらば、うたのさまをもしり、ことの心をえたらむ人は、おほぞらの月を見
るがごとくにいにしへをあふぎて、いまをこひざらめかも