University of Virginia Library

9. 九
羈旅哥

安倍仲麿

もろこしにて月を見てよみける

あまの原ふりさけ見ればかすがなるみかさの山にいでし月かも

この哥は、むかしなかまろをもろこしにものならは しにつかはしたりけるに、あまたのとしをへてえかへりまうでこざりけるを、このくに より又つかひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとていでたちけるに、めいし うといふ所のうみべにてかのくにの人むまのはなむけしけり、よるになりて月のいとお もしろくさしいでたりけるを見てよめるとなむかたりつたふる

小野たかむらの朝臣

おきのくににながされける時に、舟にのりていでた つとて、京なる人のもとにつかはしける

わたのはらやそしまかけてこぎいでぬと人にはつげよあまのつり舟

よみ人しらず

題しらず

都いでて今日みかの原いづみ河かは風さむし衣かせ山

ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く舟をしぞ思ふ

このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が哥也

在原業平朝臣

あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひてい きけり、みかはのくにやつはしといふ所にいたりけるに、その河のほとりにかきつばた いとおもしろくさけりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふいつもじを くのかしらにすゑてたびの心をよまむとてよめる

唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ

むさしのくにとしもつふさのくにとの中にあるすみ だ河のほとりにいたりて、みやこのいとこひしうおぼえければ、しばし河のほとりにお りゐて思ひやれば、かぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わた しもりはや舟にのれ、日くれぬといひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人も のわびしくて京におもふ人なくしもあらず、さるをりにしろきとりのはしとあしとあか き、河のほとりにあそびけり、京には見えぬとりなりければみな人見しらず、わたしも りにこれはなにとりぞととひければ、これなむみやこどりといひけるをききてよめる

名にしおはばいざ事とはむ宮こどりわが思ふ人はありやなしやと

よみ人しらず

題しらず

北へ行くかりぞなくなるつれてこしかずはたらでぞかへるべらなる

このうたは、ある人、をとこ女もろともに人のくに へまかりけり、をとこまかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へかへり けるみちに、かへるかりのなきけるをききてよめるとなむいふ

おと

あづまの方より京へまうでくとて、みちにてよめる

山かくす春の霞ぞうらめしきいづれみやこのさかひなるらむ

みつね

こしのくにへまかりける時しら山を見てよめる

きえはつる時しなければこしぢなる白山の名は雪にぞありける

つらゆき

あづまへまかりける時みちにてよめる

いとによる物ならなくにわかれぢの心ぼそくもおもほゆるかな

みつね

かひのくにへまかりける時みちにてよめる

夜をさむみおくはつ霜をはらひつつ草の枕にあまたたびねぬ

ふぢはらのかねすけ

たじまのくにのゆへまかりける時に、ふたみのうら といふ所にとまりて、ゆふさりのかれいひたうべけるに、ともにありける人人のうたよ みけるついでによめる

ゆふづくよおぼつかなきを玉匣ふたみの浦は曙てこそ見め

在原なりひらの朝臣

これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あ まの河といふ所の河のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでに、みこのいひけら く、かりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみて、さかづきはさせといひければよ める

かりくらしたなばたづめにやどからむあまのかはらに我はきにけり

きのありつね

みここのうたを返す返すよみつつ返しえせずなりに ければ、ともに侍りてよめる

ひととせにひとたびきます君まてばやどかす人もあらじとぞ思ふ

すがはらの朝臣

朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山に てよみける

このたびはぬさもとりあへずたむけ山紅葉の錦神のまにまに

素性法師

たむけにはつづりの袖もきるべきにもみぢにあける神やかへさむ