University of Virginia Library

5. 後撰和歌集卷第五
秋歌上

讀人しらず

惟貞の親王の家の歌合に

俄にも風の凉しく成ぬるか秋立つ日とはむべもいひけり

題しらず

打ちつけに物ぞ悲しき木葉ちる秋の始をけふぞと思へば

物思ひける頃秋立つ日人につかはしける

頼めこし君はつれなし秋風はけふよりふきぬ我身悲しも

思ふ事侍りける頃

いとゞしく物思ふ宿の荻の葉に秋とつげつる風の侘しき

題しらず

秋風のうちふきそむる夕ぐれは空に心ぞわびしかりける

大江千里

露かけし袂ほすまもなきものをなど秋風のまだき吹く覽

讀人しらず

女のもとより文月ばかりにいひおこせて侍りける

秋萩をいろどる風の吹きぬれば人の心もうたがはれけり

在原業平朝臣

かへし

秋萩をいろどる風はふきぬとも心はかれじ草葉ならねば

閑院

源昇朝臣時々罷り通ひける時にふむ月の四五日ばかりに七日の日 の料に裝束てうじてといひつかはして侍りければ

逢ふことは棚機つ女に齊しくて裁縫ふ業はあえずぞ有ける

讀人しらず

題しらず

天の川渡らむ空もおもほえずたえぬ別れと思ふものから

源中正

七月七日に夕方までこむといひて侍りけるに雨ふり侍りければま でこで

雨ふりて水まさり鳬天の川今宵はよそに戀ひむとやみし

讀人しらず

かへし

水まさり淺き瀬しらずなりぬとも天のと渡る舟はなしやは

藤原兼三

七日の日に女の許に遣はしける

棚機も逢ふ夜ありけり天の川此わたりには渉る瀬もなし

讀人志らず―是ナカリシイカン

かれにける男の七日の夜まできたりければ女のよみて侍りける

ひこ星の稀にあふ夜の床夏は打ち拂へども露けかりけり

七日人のもとより返事にこよひあはむといひおこせて侍りければ

こひ/\てあはむと思ふ夕暮は棚機つ女も斯やあるらし

かへし

比ひなき物とは我ぞなりぬべき棚機つめは人めやはもる

題しらず

天の川流れて戀ひばうくもぞある哀と思ふせに早くみむ

玉蔓たえぬ物からあら玉の年のわたりはたゞひと夜のみ

秋の夜の心も著く棚機のあへる今夜はあけずもあらなむ

契りけむ言の葉今はかへしてむ年の渡りによりぬる物を

藤原敦忠朝臣

七日の日に越後の藏人につかはしける

逢ふことのこよひ過ぎなば棚機に劣りや志なむ戀は増りて

讀人しらず

七日の日

棚機の天の戸わたる今宵さへをち方人のつれなかるらむ

七夕をよめる

天の川遠きわたりはなけれども君が船出は年にこそまて

天の川岩こす浪の立ち居つゝ秋の七日の今日をしぞまつ

紀友則

今日よりや天の河原はあせなゝむ底ひ共なく唯渡りなむ

讀人志らず

天の川流れてこふるたなばたのなみだなるらし秋の白露

天の川せゞの白浪高けれどたゞわたりきぬまつに苦しみ

秋くれば川霧渡る天の川かはかみ見つゝこふる日の多き

天の川戀しきせにぞ渡りぬるたぎつ涙に袖はぬれつゝ

棚機の年とはいはじ天の川雲立ちわたりいざ亂れなむ

凡河内躬恒

秋の夜の長き別れを棚機はたてぬきにこそ思ふべらなれ

兼輔朝臣

七月八日のあしたに

たなばたの歸るあしたの天の川船も通はぬ浪もたゝなむ

貫之

おなじ心を

朝戸あけて眺めやすらむ棚機はあかぬ別の空をこひつゝ

讀人しらず

思ふこと侍りて

秋風のふけば流石に侘しきはよのことわりと思ふ物から

題志らず

松虫のはつこゑさそふ秋風は音羽山よりふきそめにけり

業平朝臣

行く螢雲の上までいぬべくは秋風ふくとかりにつげこせ

讀人志らず

秋風に草葉そよぎて吹くなべにほのかにしつる蜩の聲

貫之

蜩のこゑきく山の近けれや鳴きつるなべに夕日さすらむ

讀人しらず

日ぐらしの聲きくからに松虫の名にのみ人を思ふ頃かな

心ありて鳴きもしつるか蜩の何れも物のあきてうければ

秋風の吹きくる宵はきりぎりす草の根ごとに聲亂れけり

我ごとく物や悲しききりぎりす草の宿りに聲たえずなく

こむといひし程や過ぎぬる秋の野に誰松虫の聲の悲しき

秋の野にき宿る人もおもほえず誰を松虫こゝらなくらむ

秋風のやゝふきしけば野を寒みわびしき聲に松虫ぞなく

藤原元善朝臣

秋くれば野もせに虫のおり亂る聲の綾をば誰かきるらむ

讀人しらず

風寒みなくまつ虫の涙こそくさ葉色どる露とおくらめ

秋風のふきしく松は山ながら浪立ちかへる音ぞきこゆる

壬生忠岑

是貞のみこの家の歌合に

松のねに風のしらべを任せては立田姫こそ秋はひくらし

左大臣

秋、大輔がうづまさの傍なる家に侍りけるに荻の葉に文をさして つかはしける

山里の物さびしきは荻の葉の靡くごとにぞ思ひやらるゝ

小野道風朝臣

題志らず

ほには出ぬいかにかせまし花薄身を秋風に捨やはてゝむ

讀人志らず

二人の男に物いひける女のひとりにつきにければ今一人がいひつ かはしける

明暮し守るたのみをからせつゝ袂そほづの身とぞ成ぬる

かへし

心もておふる山田のひつぢ穗は君守らねどかる人もなし

藤原守文

題しらず

草の絲にぬく白玉とみえつるは秋の結べる露にぞありける