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後撰和歌集卷第三 春歌下
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
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3. 後撰和歌集卷第三
春歌下

藤原顯忠朝臣母

贈太政大臣相わかれて後ある所にてその聲を聞きてつかはしける

鶯の鳴くなる聲は昔にてわが身一つのあらずもあるかな

貫之

櫻の花の瓶にさせりけるがちりけるを見て中務に遣はしける

久しかれあだにちるなと櫻花かめにさせれど移ろひに鳬

かへし

千代ふべき瓶にさせれど櫻花とまらむ事は常にやはあらぬ

讀人しらず

題しらず

散りぬべき花の限はおしなべて何れともなく惜しき春哉

伊勢

朝光の朝臣隣に侍りけるに櫻のいたうちりければいひ遣はしける

垣越に散來る花を見るよりは根ごめに風の吹きもこさなむ

讀人しらず

女につかはしける

春の日のながきおもひは忘れじを人の心に秋やたつらむ

題しらず

よそにても花見る毎に音をぞなく我身に疎き春のつらさに

貫之

風をだにまちてぞ花の散りなまし心づからに移ろふがうさ

讀人しらず

荒れたる所に住み侍りける女徒然に思ほえ侍りければ庭にある菫の花をつみていひつかはしける

我が宿に菫の花の多かれば來宿るひとやあると待つかな

題しらず

山たかみ霞をわけて散る花を雪とやよその人はみるらむ

吹く風の誘ふ物とは知り乍らちりぬる花のしひて戀しき

清原深養父

打ちはへて春はさばかりのどけきを花の心や何急ぐらむ

こわかぎみ

常にせをそこ遣はしける女ともだちの許より櫻の花のいと面白かりける枝を折りてこれそこの花に見くらべよとありければ

我が宿の歎きは春もしらなくに何にか花を比べてもみむ

父のみこの心ざせるやうにもあらで常に物思ひける人にてなむありける。

讀人しらず

春の池のほとりにて

はるの日の影そふ池の鏡には柳のまゆぞまづはみえける

春の暮にかれこれ花惜みける所にて

斯乍ちらでよをやは盡してぬ花の常盤も有りとみるべく

凡河内躬恒

延喜の御時殿上のをのこどものなかにめしあげられておの/\かざしさしける序に

釵せども老も隱れぬ此春ぞ花のおもてはふせつべらなる

讀人しらず

題しらず

一歳にかさなる春のあらばこそふた度花をみむと頼まめ

貫之

花のもとにてかれこれ程もなくちることなど申しけるついでに

春くれば咲くてふ事を濡衣にきするばかりの花にぞ有りける

讀人しらず

春花見に出でたりけるを見つけて文を遣したりける其返事もなかりければあくるあした昨日の返事とこひにまうできたりければいひ遣したりける

春霞立ちながら見し花故にふみとめてける跡の悔やしさ

男のもとよりたのめおこせて侍りければ

春日さす藤の裏葉のうらとけて君し思はゞ我れも頼まむ

伊勢

題しらず

鶯に身をあひかへば散る迄もわが物にして花は見てまし

元良のみこ

元良のみこ兼茂朝臣のむすめにすみ侍りけるを法皇のめしてかの院にさぶらひければえあふ事も侍らざりければあくる年の春櫻の枝にさして彼のざうしにさしおかせける

花の色は昔ながらに見し人の心のみこそうつろひにけれ

源信明

月の面白かりける夜花を見て

あたら夜の月と花とを同じくば心しれらむ人に見せばや

橘公平女

あがたの井戸といふ家より藤原治方につかはしける

都人きてもをらなむ蛙なくあがたのゐどの山ぶきのはな

讀人しらず

助信が母みまかりて後も時々かの家に敦忠朝臣のまかり通ひけるに櫻の花のちりけるをりにまかりて木のもとに侍りければ家の人のいひいだしける

今よりは風に任せむ櫻ばなちる木のもとに君とまりけり

敦忠朝臣

かへし

風にしも何か任せむ櫻花にほひあかぬにちるはうかりき

貫之

櫻川といふ所ありときゝて

常よりも春べになれば櫻川波のはなこそまなくよすらめ

兼輔朝臣

前栽に山吹あるところにて

わがきたる一重衣は山ぶきの八重の色にも劣らざりけり

在原元方

題しらず

一年に二度さかぬはななればむべちる事を人はいひけり

藤原敏行朝臣

寛平の御時櫻の花の宴ありけるに雨のふり侍りければ

春雨のはなの枝より流れこば猶こそぬれめ香もや移ると

讀人しらず

和泉の國にまかりけるに海のつらにて

はる深き色にもある哉住の江の底もみどりに見ゆる濱松

典侍因香朝臣

女ども花みむとて野べに出でゝ

はるくれば花見むと思ふ心こそ野べの霞と共にたちけれ

讀人しらず

あひしれりける人の久しうとはざりければ花盛につかはしける

われをこそとふにうからめ春霞花につけても立寄らぬ哉

源清朝臣

かへし

立寄らぬ春の霞を頼まれよ花のあたりと見ればなるらむ

伊勢

山櫻を折りておくり侍るとて

君みよと尋ねて折れる山櫻ふりにしいろと思はざらなむ

讀人しらず

宮づかへしける女のいそのかみといふ所に住みて京の友だちのもとに遣はしける

神さびてふりにし里に住む人は都ににほふ花をだに見ず

法師にならむの心ありける人大和にまかりて程久しく侍りてのちあひしりて侍りける人のもとより月ごろはいかにぞ花は咲きたりやといひて侍りければ

みよし野の吉野の山の櫻花白雲とのみ見えまがひつゝ

亭子院の歌合の歌

山櫻咲きぬるときはつねよりも峯の白雲立ち増りけり

貫之

山櫻を見て

白雲と見えつる物を櫻花けふはちるとや色ことになる

讀人しらず

題しらず

わが宿の影とも頼む藤の花立ち寄りくとも浪に折らるな

花盛りまだも過ぎぬに吉野川かげにうつろふ岸の山ぶき

人の心たのみがたくなりければ山吹のちりさしたるをこれ見よとてつかはしける

忍びかねなきて蛙の惜むをもしらずうつろふ山吹のはな

僧正遍昭

やよひばかりの花の盛りに道をまかりけるに

をりつればたぶさに汚るたてながら三世の佛にはな奉る

讀人しらず

題しらず

水底の色さへふかき松が枝に千年をかねてさけるふぢ浪

三條右大臣

三月の下の十日計に三條の右大臣兼輔の朝臣の家にまかり渡りて侍りけるに藤の花さける遣水のほとりにてかれこれ大みきたうべけるついでに

限なき名におふ藤の花なればそこひもしらぬ色の深さか

兼輔朝臣

色深くにほひしことは藤浪のたちもかへらで君とまれとか

貫之

棹させど深さもしらぬ藤なれば色をも人もしらじとぞ思ふ

三條右大臣

ことふえなどしてあそび物語などし侍りける程に夜更けにければまかりとまりて又のあしたに

昨日見し花の顏とてけさみればねてこそ更に色増りけれ

兼輔朝臣

ひと夜のみねてし歸らば藤の花心とけたる色みせむやは

貫之

朝ぼらけした行く水は淺けれど深くぞ花の色はみえける

讀人しらず

題しらず

鶯のいとによるてふ玉やなぎふきなみだりそ春のやま風

躬恒

櫻の花のちるを見て

いつのまに散り果てぬらむ櫻花面影にのみ色をみせつゝ

源中宣朝臣

敦實のみこの花見侍りける所にて

ちる事のうきも忘れて哀れてふことを櫻に宿しつるかな

讀人しらず

櫻のちるを見て

櫻色にきたる衣の深ければすぐる月日も惜しけくもなし

貫之

やよひにうるふ月ある年つかさめしのころ申文に添へて左大臣の家につかはしける

餘りさへ有りて行くべき年だにもはるに必逢ふ由もがな

左大臣

かへし

常よりも長閑かるべき春なれば光に人のあはざらめやは

藤原雅正

常にまうでき通ひける所にさはる事侍りて久しくまできあはずして年かへりにけり。あくる春彌生のつごもりに遣はしける

君こずて年はくれにき立ちかへり春さへ今日になりにける哉

共にこそ花をもみめとまつ人のこぬ物故に惜しき春かな

貫之

かへし

君にだに訪はれてふれば藤の花黄昏時もしらずぞ有ける

八重葎心の内に深ければはな見にゆかむいでたちもせず

讀人しらず

題しらず

惜めども春の限りのけふの又夕暮にさへなりにけるかな

躬恒

行く先を惜みし春のあすよりはきにし方にも成ぬべき哉

貫之

やよひのつごもり

行く先に成もやすると頼みしを春の限はけふにぞ有ける

讀人しらず

花しあらば何かは春の惜からむくる共けふは歎かざらまし

躬恒

暮て又あすとだになき春の日を花の蔭にて今日は暮さむ

貫之

三月のつごもりの日久しうまうでこぬ由いひてはんべる文の奧にかきつけ侍りける

又もこむ時ぞと思へど頼まれぬ我身にしあれば惜き春哉

貫之かくて同じ年になむ身まかりにける。