University of Virginia Library

17. 後撰和歌集卷第十七
雜歌三

小野小町

いそのかみといふ寺に詣でゝ日の暮れにければ夜あけてまかり歸らむとてとゞまりて此寺に遍昭侍ると人の告げ侍りければ物いひ心みむとていひ侍りける

岩の上に旅寢をすればいと寒し苔の衣を我れにかさなむ

遍昭

かへし

世を背く苔のころもは唯一重貸さねば疎しいざ二人ねむ

せが井の君

法皇かへりみ給ひけるを後々は時衰へありしやうにもあらずなりにければ里にのみ侍りて奉らせける

逢ふ事の年切志ぬる歎にはみの數ならぬ物にぞ有りける

左大臣

女の許よりあだにきこゆることなどいひて侍りければ

仇人もなきにはあらずあり乍我身にはまだ聞きぞ習はぬ

讀人も

題志らず

宮人とならまほしきを女郎花野べより霧の立出てぞくる

大輔

かしこまる事侍りてさとに侍りけるを忍びてざうしにまゐれりけるをおほいまうち君のなどか音もせぬなどうらみ侍りければ

我身にもあらぬ我身の悲しきは心もことに成りや志にけむ

讀人志らず

人のむすめに名立ち侍りて

世中を志らず乍もつの國のなには立ちぬる物にぞ有ける

なき名たちける頃

よと共に我がぬれ衣となる物はわぶる涙のきするなりけり

大輔

前坊おはしまさずなりての頃五節の師のもとにつかはしける

うけれども悲しき物をひたぶるに我をや人の思捨つらむ

讀人志らず

かへし

悲しきも憂きもしりにし一つ名を誰をわくとか思捨べき

大輔

大輔がざうしに敦忠の朝臣の許へ遣はしける文をもてたがへたりければ遣はしける

道志らぬ物ならなくに足引の山ふみ惑ふひともありけり

敦忠朝臣

かへし

白樫の雪も消えにし足引の山路をたれかふみまよふべき

讀人志らず

いひちぎりて後こと人につきぬときゝて

いふことの違はぬ物にあらませば後憂きことも聞えざらまし

伊勢

題志らず

面影を逢ひ見し數になす時は心のみこそ志づめられけれ

かしら白かりける女を見て

き止めぬ髮の筋もて怪しくもへにける年の數を志る哉

讀人も

題志らず

なみ數にあらぬ身なれば住吉の岸にもよらず成や果なむ

つきもせず憂き言の葉の多かるを早く嵐の風も吹かなむ

いと忍びて語らひける女の許につかはしける文を心にもあらで落したりけるをみつけて遣はしける

島がくれ荒磯に通ふ芦たづのふみおく跡は浪もけたなむ

伊勢

昔同じ所に宮づかへしける人年ごろいかにぞなどとひおこせて侍りければ遣しける

身は早くなき者のごとなりにしを消えせぬ物は心なりけり

讀人志らず

はらからの中にいかなる事かありけむ常ならぬさまに見えければ

睦まじき妹脊の山の中にさへ隔つる雲のはれずもある哉

女のいとくらべ難く侍りけるを相はなれにけるがこと人に迎へられぬと聞きて男のつかはしける

我爲におきにくかりし箸鷹の人の手にありときくは誠か

梔子ある所に乞ひに遣はしたるに色のいと惡しかりければ

聲にたてゝいはねど志るし口なしの色は我爲薄きなりけり

題しらず

瀧つせの早からぬをぞ恨つるみず共音に聞かむと思へば

人のもとに文遣はしける男人に見せけりときゝてつかはしける

皆人にふみ見せけりなみなせ川其渡りこそまづは淺けれ

檜垣の嫗

つくしの白川といふ所にすみ侍りけるに大貳藤原興範朝臣のまかり渡るついでに水たべむとて打ち寄りてこひ侍りければ水をもて出でゝ詠み侍りける

年ふれば我黒髮も白川のみづはぐむまで老いにけるかな

かしこに名高くことこのむ女になむ侍りける。

貫之

志ぞくに侍りける女の男に名立ちてかゝる事なむある。人にいひさわげといひ侍りければ

簪すとも立ちと立ちなむ無名をば事無草のかひやなか覽

題志らず

歸來る道にぞけさは迷ふらむこれになずらふ花なき物を

讀人志らず

女の許に文遣はしけるを返事もせずして後々は文を見もせで取りなむ置くと人の告げゝれば

大空に行かふ鳥の雲路をぞ人のふみ見ぬものといふなる

紀のすけに侍りける男のまかり通はずなりにければ彼男の姉のもとにうれへおこせて侍りければいと心うきことかなどいひ遣はしたりける返事に

紀の國の名草の濱は君なれやことのいふかひありと聞つる

貫之

すみ侍りける女宮づかへし侍りけるを友達なりける女同じ車にて貫之が家にまうできたりけり。貫之がめまらうどにあるじせむとてまかりおりて侍りける程にかの家を思ひかけて侍りければ忍びて車にいひいれ侍りける

浪にのみぬれつるものを吹く風のたより嬉しき天の釣舟

讀人志らず

男の物にまかりて二年ばかりありてまうできたりけるを程へて後にことなしびにこと人に名たつときゝしは誠なりといへりければ

緑なるまつ程すぎばいかでかは下葉計りも紅葉せざらむ

眞延法師

故女四のみこの後のわざせむとて菩提子のずゞをなむ右大臣もとめ侍るときゝてこのずゞを送るとて加へ侍りける

思ひ出の烟やまさむなき人の佛になれるこのみ見ばきみ

右大臣

かへし

道なれるこのみ尋ねて志ありと見るにぞ音をば増志ける

讀人志らず

定めたるめも侍らずひとりぶしをのみすと女友だちの許よりたはぶれて侍りければ

何處にも身をば離れぬ影しあればふす床毎に獨やはぬる

眞延法師

前栽の中にすろの木おひて侍るときゝてゆきあきらのみこの許よりひと木こひに遣はしたれば加へてつかはしける

風霜に色も心も變らねばあるじに似たる植ゑ木なりけり

行明親王

かへし

山深み主に似たる植木をばみえぬ色とぞいふべかりける

業平朝臣

大井なる所にて人々酒たうべけるついでに

大井川うかべる舟の篝火にをぐらの山も名のみなりけり

讀人志らず

題志らず

あすか川我身一つの淵瀬故なべての世をもうらみつる哉

思ふ事侍りける頃志賀にまうでゝ

世中をいとひがてらにこしか共憂身長柄の山にぞ有ける

父母侍りける人のむすめに忍びて通ひ侍りけるを聞きつけてかう事せられ侍りけるを月日へて隱れ渡りけれど雨降りてえまかり出で侍らで籠りゐ侍りけるを父はゝ聞き付けていかゞはせむずるぞとてゆるす由いひて侍りければ

下にのみはひわたりにし芦の根の嬉しきあめに顯るゝ哉

人の家にまかりたりけるにやり水に瀧いと面白かりければ歸りてつかはしける

瀧つ瀬にたれ白玉を亂りけむ拾ふとせしに袖はひぢにき

源昇朝臣

法皇吉野の瀧御覽じける御供にて

いつのまに降積る蘭み吉野の山のかひより崩れ落つる雪

法皇御製

宮の瀧むべも名におひて聞え鳬落つる白沫の玉と響けば

僧正遍昭

山ぶみしはじめける時

今更に我は歸らじ瀧見つゝよべどきかずと問はゞ答へよ

讀人も

題志らず

瀧つせの渦まき毎にとめくれど猶尋ねくるよのうきめ哉

遍昭

はじめて頭おろし侍りける時物にかきつけ侍りける

垂乳めは斯れとてしもうば玉の我黒髮をなでずや有り劔

藤原元善朝臣

みちのくにの守にまかり下れりけるにたけくまの松の枯れて侍りけるを見て小松を植ゑつがせ侍りて任果てゝ後又同じ國にまかりなりて彼のさきの任に植ゑし松を見侍りて

植ゑし時契りや志けむたけぐまの松を二たび逢見つる哉

讀人志らず

ふしみといふ所にて其心をこれかれよみけるに

菅原やふしみのくれに見渡せば霞にまがふをはつせの山

題志らず

言の葉もなくてへにける年月に此春だにも花はさかなむ

業平朝臣

身のうれへ侍りける時津の國にまかりてすみはじめ侍りけるに

難波津をけふこそみつの浦毎に是や此の世をうみ渡る舟

文屋康秀

時にあはずして身を恨みてこもり侍りける時

白雲のきやどるみねの小松原えだ志げゝれや日の光みぬ

土左

心にもあらぬ事をいふ頃男の扇にかきつけ侍りける

身に寒くあらぬものからわびしきは人の心の嵐なりけり

ながらへば人の心もみるべきを露の命ぞ悲しかりける

閑院大君宗于女

人の許より久しうこゝちわづらひてほと/\志くなむ有りつるといひてはべりければ

諸共にいざとはいはで志での山爭でか獨こえむとはせし

かんつけの峯雄

月夜にかれこれして

おしなべて峯も平に成りなゝむ山のはなくば月も隱れじ