University of Virginia Library

18. 後撰和歌集卷第十八
雜歌四

讀人志らず

蛙を聞きて

我が宿にあひ宿りしてすむ蛙よるになればや物は悲しき

人々あまた志りて侍りける女のもとに友達のもとより此頃は思ひ定めたるなめり。頼もしき事なりとたはぶれおこせて侍りければ

玉江こぐ芦かりを舟さし分けて誰を誰とか我れは定めむ

男のはじめいかに思へる樣にか有りけむ、女のけしきも心解けぬを見てあやしく思はぬ樣なる事といひ侍りければ

陸奧のをぶちの駒も野がふには荒れこそ増れ懷く物かは

源善朝臣

中將にて内にさぶらひける時にあひ志りける女くら人のざうしにつぼやなぐひおいかけを宿し置きて侍りけるをにはかに事ありて遠き所にまかりけり。この女の許より此おいかけをおこせて哀れなる事などいひて侍りける返事に

いづくとて尋ねきつらむ玉蔓我れは昔のわれならなくに

讀人志らず

たよりにつきて人の國のかたはらに侍りて京に久しうまかりのぼらざりける時に友だちに遣しける

朝毎にみし都路の絶ぬればことのあやまりにとふ人もなし

遠き國に侍りける人を京に上りたりと聞きてあひまつにまうできながらとはざりければ

いつしかと待乳の山の櫻花まちてもよそにきくが悲しさ

伊勢

題志らず

いせ渡る川は袖より流るればとふにとはれぬ身は浮きぬめり

北邊左大臣

人めだに見えぬ山路にたつ雲を誰炭竈の煙りといふらむ

伊勢

をとこの人にもあまた問へわれやあだなる心あるといへりければ

あすか川淵瀬に變はる心とは皆かみしもの人もいふめり

女の母

人のむこの今まうでこむといひてまかりにけるが文おこする人ありと聞きて久しうまうでこざりければあとうがたりの心をとりてかくなむ申しけるといひつかはしける

今こむといひし計を命にてまつにけぬべしさくさめの年

むこ

かへし

數ならぬ身のみ物うく思ほえて待たるゝ迄も成にける哉

讀人志らず

常にまうでくとてうるさがりて隱れければ遣はしける

ありときくおとはの山の郭公なに隱るらむなく聲はして

ものにこもりたるに志りたる人のつぼねならべて正月おこなひていづる曉にいときたなげなる志たうづを落したりけるを取りて遣すとて

芦の浦のいと汚くも見ゆる哉浪は寄りても洗はざりけり

題志らず

人心たとへてみれば白露のきゆるまもなほ久しかりけり

世中といひつる物は陽炎のあるかなきかの程にぞ有ける

友達に侍りける女の年久しく頼みて侍りけるをとこにとはれず侍りければもろともに歎きて

かくばかり別れの易きよの中に常と頼める我ぞはかなき

伊勢

つねになき名立ち侍りければ

ちりにたつ我が名清めむ百敷の人の心をまくらともがな

小町がうまご

あだ名立ちていひ騒がれける頃ある男ほのかに聞きて哀いかにぞととひ侍りければ

うき事を忍ぶるあめの下にして我が濡衣はほせど乾かず

讀人志らず

隣なりける琴をかりて返す序でに

逢ふことの形見の聲の高ければ我がなくね共人はきかなむ

題志らず

涙のみ志る身のうさも語るべく歎く心をまくらともがな

伊勢

物思ひける頃

あひにあひて物思ふ頃の我袖に宿る月さへぬるゝ顏なる

貫之

ある所にてすのまへに彼これ物語し侍りけるを聞きてうちより女の聲にて怪しく物のあはれ志りがほなる翁かなといふをきゝて

哀てふことに驗はなけれどもいはではえこそあらぬ物なれ

讀人志らず

女友だちの常にいひかはしけるを久しく音づれざりければ十月計りに、あだ人の思ふといひし言の葉はといふ古ことをいひ遣はしたりければ竹の葉にかきつけてつかはしける

移ろはぬ名に流れたる川竹の孰れのよにか秋を志るべき

贈太政大臣

題志らず

深き思染めつといひし言の葉はいつか秋風吹てちりぬる

伊勢

かへし

心なき身は草葉にもあらなくに秋くるかぜに疑はるらむ

題志らず

身の憂きを志ればはしたに成ぬべみ思へば胸の焦れのみする

讀人志らず

雲路をも志らぬ我さへ諸聲にけふ計りとぞなき歸りぬる

まだきから思ひこき色にそめむとや若紫のねを尋ぬらむ

伊勢

見えもせぬ深き心を語りては人にかちぬと思ふものかは

亭子院にさぶらひけるに御ときのおろしたまはせたりければ

伊勢の海に年經て住し蜑なれど斯るみるめは潜かざりしを

兼輔朝臣

粟田の家にて人に遣はしける

足引の山の山どりかひもなし峯の志ら雲立ちしよらねば

藤原忠國

左大臣の家にてかれこれ題をさぐりて歌よみけるに露といふ文字をえ侍りて

われならぬ草葉も物は思ひけり袖よりほかにおける白露

伊勢

人のもとに遣はしける

人心嵐の風のさむければこのめも見えずえだぞ志をるゝ

讀人志らず

こと人をあひ語らふと聞きてつかはしける

うきながら人を忘れむことかたみ我が心こそ變らざりけれ

ある法師の源等朝臣の家にまかりてずゞのすがりをおとしおけるを旦におくるとて

轉寢の床にとまれる白玉は君がおきつる露にや有るらむ

かへし

かひもなき草の枕に置く露の何にきえなでおちとまる覽

題志らず

思ひやる方も志られず苦しきは心惑ひの常にやあるらむ

左大臣

昔を思ひ出でゝむら子の内侍につかはしける

鈴虫に劣らぬ音こそなかれけれ昔の秋をおもひやりつゝ

讀人志らず

獨侍りける頃人の許よりいかにぞととぶらひて侍りければ朝顏の花につけて遣はしける

夕暮の寂しきものは朝顏の花をたのめる宿にぞありける

貫之

左大臣のかゝせ侍りけるさうしのおくにかきつけ侍りける

柞山峯の嵐の風をいたみふることの葉をかきぞあつむる

小町があね

題志らず

世中を厭ひて尼の住む方も憂き目のみこそ見え渡りけれ

伊勢

昔あひ知りて侍りける人のうちに侍らひけるがもとに遣はしける

山川の音にのみきく百敷をみを早ながら見るよしもがな

讀人志らず

人に忘られたりときく女のもとに遣はしける

世中はいかにやいかに風の音をきくにも今は物や悲しき

伊勢

かへし

世中はいさともいさや風の音は秋に秋そふ心地こそすれ

讀人志らず

題志らず

例へくる露と等しき身にしあれば我思にも消むとやする

つらかりける男のはらからのもとに遣はしける

さゝ蟹の空にすがける糸よりも心細しやたえぬと思へば

かへし

風ふけば絶ぬと見ゆる蜘のいも又掻附かでやむとやはきく

伏見といふ處にて

名に立てゝ伏見の里と云ふ事は紅葉を床に志けば也けり

均子内親王

題志らず

我も思ふ人も忘るなありそ海の浦吹く風のやむ時もなく

山田法師

足引の山下とよみ鳴く鳥もわがごとたえず物思ふらめや

讀人志らず

神無月のついたちめのみそか男したりけるを見つけていひなどしてつとめて

今はとて秋果てられし身なれ共霧立つ人をえやは忘るゝ

兼輔朝臣

十月ばかり面白かりし所なればとて北山のほとりにこれかれ遊び侍りける序でに

思出ゝきつるも志るく紅葉ばの色は昔に變らざりけり

坂上是則

おなじ心を

峯高み行きても見べき紅葉ばを我ゐながらもかざしつる哉

讀人志らず

志はすばかりにあづまよりまできける男のもとより京にあひ知りて侍りける女の許に正月ついたちまで音づれず侍りければ

まつ人はきぬときけどもあら玉の年のみこゆる逢坂の關