University of Virginia Library

1. 後撰和歌集卷第一
春歌上

藤原敏行朝臣

元日に二條のきさいの宮にて白き大袿を給はりて

ふる雪のみのしろ衣うちきつゝ春きにけりと驚かれぬる

凡河内躬恒

春たつ日よめる

春たつと聞きつるからに春日山消敢へぬ雪の花と見ゆ覽

兼盛王

今日よりは荻の燒原掻き分けて若菜つみにと誰を誘はむ

讀人しらず

ある人の許に新參りの女の侍りけるが月日久しく經て正月の朔頃にまへ許されたりけるに雨のふるを見て

白雲の上しる今日ぞ春雨のふるにかひある身とは知りぬる

左大臣小野宮

朱雀院の子日におはしましけるにさはる事侍りてえつかうまつらずして延光朝臣につかはしける

松もひき若菜もつまずなりぬるを早晩櫻はやもさかなむ

院御かへし

まつにくる人しなければ春の野の若菜も何もかひなかり鳬

讀人しらず

子の日にをとこのもとより今日は小松引きになむまかり出づるといへりければ

君のみや野べに小松を引きにゆく我もかたみにつまむ若菜を

題しらず

霞立つ春日の野べの若菜にもなり見てしがな人もつむやと

躬恒

子日しにまかりける人のもとにおくれ侍りてつかはしける

春の野に心をだにもやらぬ身は若菜はつまで年を社つめ

行明親王

宇多院に子日せむとありければ式部卿のみこをさそふとて

故郷の野べ見にゆくといふめるをいざ諸共に若菜摘てむ

紀友則

はつ春の歌とて

水の面にあや吹き亂るはる風や池の氷を今日はとくらむ

讀人しらず

寛平の御時きさいの宮の歌合の歌

ふく風や春立ちきぬとつげつ覽枝に籠れる花さきにけり

躬恒

しはすばかりに大和へ事につきてまかりける程に宿りて侍りける人の家のむすめを思ひかけて侍りけれどもやむことなき事によりてまかりのぼりにけり。あくる春親の許に遣しける

春日野におふる若菜を見てしより心を常に思ひやるかな

兼覽王母

かれにける男のもとにその住みけるかたの庭の木の枯たりける枝を折りて遣しける

萌出る木芽を見てもねをぞなく枯れにし枝の春を知らねば

讀人しらず

女の宮仕にまかり出て侍りけるに珍らしき程はこれかれ物いひなどし侍りけるを程もなく一人にあひ侍りにければむ月のついたちばかりにいひつかはし侍りける

いつのまに霞たつらむ春日野の雪だにとけぬ冬と見しまに

閑院左大臣冬嗣

題しらず

なほざりに折りつる物を梅の花こき香に我や衣そめてむ

中納言兼輔朝臣

前栽に紅梅を植ゑて又の春遲くさきければ

宿近く移して植ゑしかひもなく待ち遠にのみ匂ふ花かな

紀貫之

延喜の御時歌めしけるに奉りける

春がすみたなびきにけり久かたの月の桂も花やさくらむ

躬恒

おなじ御時みづし所にさぶらひけるころしづめる由を歎きて御覽ぜさせよとおぼしくてある藏人におくりて侍りける十二首がうち

いづことも春の光はわかなくにまだみ吉野の山は雪ふる

伊勢

人のもとに遣はしける

白たまを包む袖のみなかるゝは春は涙もさえぬなりけり

讀人しらず

人にわすられて侍りけるころ雨のやまずふりければ

春たちてわが身ふりぬる詠めには人の心の花もちりけり

題しらず

我背子に見せむと思ひし梅の花其とも見えず雪のふれゝば

きて見べき人もあらじなわが宿の梅の初花折り盡してむ

ことならば折盡してむ梅の花我がまつ人のきても見なくに

吹く風にちらずもあらなむ梅のはなわが狩衣一夜宿さむ

わが宿の梅のはつ花晝は雪よるは月かと見えまがふかな

梅の花よそながら見む吾妹子がとがむ許の香にも社しめ

素性法師

梅の花折ればこぼれぬ我が袖に匂ひか移せ家づとにせむ

讀人しらず

をとこにつきて外にうつりて

心もてをるかはあやな梅の花香をとめてだにとふ人のなき

年を經て心かけたる女の今年ばかりをだに待ちくらせといひけるが又の年もつれなかりければ

人心うさこそ増れ春たてば止まらず消ゆるゆき隱れなむ

題しらず

梅の花香をふきかくる春風にこゝろをそめば人や咎めむ

春雨のふらば野山に交りなむ梅の花がさありといふなり

かき暮し雪はふりつゝしかすがにわぎへの園に鶯ぞなく

谷寒みいまだすだゝぬ鶯のなく聲わかみひとのすさめぬ

鶯のなきつる聲に誘はれて花のもとにぞわれは來にける

花だにもまださかなくに鶯のなくひと聲を春とおもはむ

君がため山田の澤にゑぐつむとぬれにし袖は今も乾かず

朱雀院の兵部卿のみこ

あひしりて侍りける人の家にまかれりけるに梅の木侍りけり。此花さきなむ時は必せをそこせむといひけるを音なく侍りければ

梅の花今は盛りになりぬらむたのめし人の音づれもせぬ

中納言長谷雄朝臣

一本かへし

春雨にいかにぞ梅や匂ふらむわが見る枝は色もかはらず

讀人しらず

春の日事のついでありてよめる

うめの花ちるてふなべに春雨のふりでつゝなく鶯のこゑ

躬恒

かよひすみ侍りける人の家の前なる柳をおもひやりて

妹が家のはひ入りにたてる青柳に今やなくらむ鶯のこゑ

坂上是則

松のもとにこれかれ侍りて花を見やりて

深みどり常磐の松の陰にゐて移ろふ花をよそにこそ見れ

藤原雅正

花の色はちらぬまばかり故郷に常にはまつの緑なりけり

躬恒

紅梅の花を見て

紅に色をばかへて梅の花香ぞこと/\ににほはざりける

貫之

これかれまどゐして酒たうべけるまへに梅の花に雪のふりかゝりけるを

降る雪は且もけなゝむ梅の花ちるに惑はず折てかざさむ

兼輔朝臣のねやの前に紅梅を植ゑて侍りけるを三とせばかりの後花さきなどしけるを女どもその枝を折りてみすのうちよりこれはいかゞといだして侍れば

春毎に咲増るべき花なれば今年をもまだあかずとぞ見る

はじめて宰相になりて侍りける年になむ。