10. 巻第十
羇旅哥
896
元明天皇御哥
和銅三年三月、ふぢはらの宮よりならの宮にうつりたまひける時
とぶとりのあすかのさとをゝきていなば君があたりはみえずかも
あらん
897
聖武天皇御哥
天平十二年十月、伊勢国にみゆきしたまひける時
いもにこひわかの松ばらみわたせばしほひのかたにたづなきわた
る
898
山上憶良
もろこしにてよみ侍ける
いざこどもはや日のもとへおほとものみつのはま松まちこひぬら
ん
899
人麿
題しらず
あまざかるひなのながぢをこぎくればあかしのとより山としま
み
ゆ
900
さゝの葉はみ山もそよにみだるなりわれはいもおもふわかれきぬ
れば
901
大納言旅人
帥の任はてゝ、つくしよりのぼり侍けるに
こゝにありてつくしやいづこ白雲のたなびく山のにしにあるらし
\
902
よみ人しらず
題しらず
あさぎりにぬれにし衣ほさずしてひとりや君が山ぢこゆらん\
903
業平朝臣
あづまのかたにまかりけるに、あさまのたけにけぶりのたつを見
てよめる
しなのなるあさまのたけに立けぶりをちこち人のみやはとがめね
904
するがのくにうつの山にあへる人につけて、京につかはしける
するがなるうつの山辺のうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり
1989
躬恒
延喜御時、屏風哥
[被出之]
なみのうへにほのにみえつゝゆくふねはうらふく風のしるべなり
けり
905
貫之
草まくらゆふ風さむくなりにけり衣うつなるやどやからまし
906
題しらず
白雲のたなびきわたるあしびきの山のかけはしけふやこえなん
907
壬生忠峯
あづまぢのさやのなか山さやかにも見えぬ雲ゐによをやつくさん
908
女御徽子女王
伊勢より人につかはしける
人をなをうらみつべしや宮こ鳥ありやとだにもとふをきかねば
909
菅原輔昭
題しらず
まだしらぬふるさと人はけふまでにこんとたのめしわれをまつら
ん
910
よみ人しらず
しながどりゐな野をゆけばありま山ゆふぎりたちぬやどはなくし
て
911
神風のいせのはまおぎおりふせてたびねやすらんあらきはまべに
912
橘良利
亭子院、御ぐしおろして、山々寺々修行したまひけるころ、御と
もに侍りて、和泉国ひねといふ所にて、人々うたよみ侍けるによめる
ふるさとのたびねの夢にみえつるはうらみやすらんまたとゝはね
ば
913
藤原輔尹朝臣
しなのゝみさかのかたかきたるゑに、そのはらといふ所にたびゞ
とやどりてたちあかしたる所を
たちながらこよひはあけぬそのはらやふせやといふもかひなかり
けり
914
御形宣旨
題しらず
宮こにてこしぢのそらをながめつゝ雲井といひしほどにきにけり
\
915
法橋?然
入唐し侍ける時、いつほどにかゝへるべきと、人のとひければ
たび衣たちゆくなみぢとをければいさしら雲のほどもしられず
916
実方朝臣
しきつのうらにまかりてあそびけるに、ふねにとまりてよみ侍け
る
ふねながらこよひばかりはたびねせんしきつの浪に夢はさむとも
917
大僧正行尊
いそのへちのかたに修行し侍けるに、ひとりぐしたりける同行を
たづねうしなひて、もとのいはやのかたへかへるとて、あまびとの見えけるに、修行
者見えばこれをとらせよとて、よみ侍ける
わがごとくわれをたづねばあまを舟人もなぎさのあとゝこたへよ
918
紫式部
みづうみのふねにて、ゆふだちのしぬべきよしを申けるをきゝて、
よみ侍りける
かきくもりゆふだつ浪のあらければうきたる舟ぞしづ心なき
919
肥後
天王寺にまいりけるに、なにはのうらにとまりて、よみ侍りける
さよふけてあしのすゑこす浦風にあはれうちそふ浪のをとかな
920
大納言経信
旅哥とてよみ侍ける
たびねして暁がたの鹿のねにいな葉をしなみ秋風ぞふく
921
恵慶法師
わぎもこがたびねの衣うすきほどよきてふかなんよはの山風
922
左近中将隆綱
御冷泉院御時、うへのをのこどもたびのうたよみ侍けるに
あしの葉をかりふくしづの山ざとに衣かたしきたびねをぞする
923
赤染衛門
たのみ侍ける人にをくれてのち、はつせにまうでゝ、よるとまり
たりける所に、くさをむすびて、まくらにせよとて、人のたびて侍ければ、よみ侍け
る
ありしよのたびはたびともあらざりきひとりつゆけき草枕かな\
924
権中納言国信
堀河院の百首哥に
山ぢにてそをちにけりなしらつゆのあか月をきの木々のしづくに
925
大納言師頼
草枕たびねの人は心せよありあけの月もかたぶきにけり
926
源師賢朝臣
水辺旅宿といへるこゝろをよめる
いそなれぬ心ぞたへぬたびねするあしのまろやにかゝる白浪
927
大納言経信
たなかみにてよみ侍ける
たびねするあしのまろやのさむければつま木こりつむ舟いそぐ也
928
題しらず
みやまぢにけさやいでつるたび人のかさしろたへに雪つもりつゝ
929
修理大夫顕季
旅宿雪といへる心をよみ侍ける
松がねにお花かりしきよもすがらかたしく袖に雪はふりつゝ
930
橘為仲朝臣
みちのくにゝ侍りけるころ、八月十五夜に京をおもひいでゝ、大
宮の女房のもとにつかはしける
見し人もとふの浦風をとせぬにつれなくすめる秋のよの月
931
大江嘉言
せきどの院といふところにて、羇中見月といふこゝろを
草枕ほどぞへにける宮こいでゝいくよかたびの月にねぬらん\
932
皇太后宮大夫俊成
守覚法親王家に、五十首哥よませ侍ける、旅哥
なつかりのあしのかりねもあはれなりたまえの月のあけがたの空
933
たちかへり又もきて見ん松島やをじまのとまや浪にあらすな
934
藤原定家朝臣
ことゝへよ思おきつのはまちどりなくなくいでしあとの月かげ
935
藤原家隆朝臣
野辺のつゆ浦わのなみをかこちてもゆくゑもしらぬ袖の月かげ
936
摂政太政大臣
たびのうたとてよめる
もろともにいでしそらこそわすられね宮この山のありあけの月
937
西行法師
題しらず
宮こにて月をあはれとおもひしはかずにもあらぬすさびなりけり
938
月見ばと契をきてしふるさとの人もやこよひ袖ぬらすらん
939
家隆朝臣
五十首の哥たてまつりし時
あけば又こゆべき山のみねなれやそらゆく月のすゑの白雲
940
藤原雅経
ふるさとのけふのおもかげさそひこと月にぞちぎるさよのなか山
\
941
摂政太政大臣
和哥所月十首哥合のついでに、月前旅といへる心を人々つかうま
つりしに
わすれじとちぎりていでしおもかげは見ゆらん物をふるさとの月
942
前大僧正慈円
旅哥とてよみ侍りける
あづまぢのよはのながめをかたらなん宮この山にかゝる月かげ\
943
越前
海浜重夜といへる心をよみ侍し
いくよかは月を哀とながめきてなみにおりしくいせのはまおぎ
944
宜秋門院丹後
百首哥たてまつりし時
しらざりしやそせの浪をわけすぎてかたしく物はいせのはまおぎ
945
前中納言匡房
題しらず
風すさみいせのはまおぎわけゆけば衣かりがね浪になくなり
946
権中納言定頼
いそなれで心もとけぬこもまくらあらくなかけそ水のしら浪
947
式子内親王
百首哥たてまつりしに
ゆくすゑはいまいくよとかいはしろのをかのかやねにまくらむす
ばん
948
松がねのをじまがいそのさよまくらいたくなぬれそあまの袖かは
949
千五百番哥合に
皇太后宮大夫俊成女
かくしてもあかせばいくよすぎぬらん山ぢの苔のつゆのむしろに
950
権僧正永縁
たびにてよみ侍ける
白雲のかゝるたびねもならはぬにふかき山路に日はくれにけり
951
大納言経信
暮望行客といへる心を
ゆふ日さすあさぢがはらのたび人はあはれいづくにやどをとるら
ん
952
定家朝臣
摂政太政大臣家哥合に、羇中晩嵐といふことをよめる
いづくにかこよひはやどをかり衣ひもゆふぐれのみねのあらしに
953
たびの哥とてよめる
たび人の袖ふきかへす秋風にゆふひさびしき山のかけはし
954
家隆朝臣
ふるさとにきゝしあらしの声もにずわすれね人をさやの中山
955
雅経
しら雲のいくへのみねをこえぬらむなれぬ嵐に袖をまかせて
956
源家長
けふは又しらぬのはらにゆきくれぬいづれの山か月はいづらむ
957
皇太后宮大夫俊成女
和哥所の哥合に、羇中暮といふことを
ふるさともあきはゆふべをかたみにてかぜのみをくるをのゝしの
はら
958
雅経朝臣
いたづらにたつやあさまのゆふけぶりさとゝひかぬるをちこちの
山
959
宜秋門院丹後
みやこをばあまつそらともきかざりきなにながむらん雲のはたて
を
960
藤原秀能
くさまくらゆふべのそらを人とはゞなきてもつげよはつかりのこ
ゑ
961
有家朝臣
旅の心を
ふしわびぬしのゝをざゝのかりまくらはかなの露やひと夜ばかり
に
962
石清水哥合に、旅宿嵐といふ心を
岩がねのとこに嵐をかたしきてひとりやねなんさよの中山
963
藤原業清
旅哥とて
たれとなきやどの夕を契にてかはるあるじをいく夜とふらむ
964
鴨長明
羇中夕といふ心を
まくらとていづれの草にちぎるらんゆくをかぎりの野辺の夕暮
965
民部卿成範
あづまのかたにまかりけるみちにてよみ侍ける
道のべの草のあを葉に駒とめてなを故郷をかへりみるかな
966
禅性法師
なが月の比、はつせにまうでけるみちにてよみ侍ける
はつせやまゆふこえくれて宿とへばみわのひばらに秋かぜぞ吹
967
藤原秀能
旅哥とてよめる
さらぬだに秋のたびねはかなしきに松にふくなりとこの山風
968
藤原定家朝臣
摂政太政大臣の家の哥合に、秋旅といふ事を
わすれなむまつとなつげそ中なかにいなばの山のみねのあきかぜ
969
家隆朝臣
百首哥たてまつりし時、旅哥
ちぎらねどひと夜はすぎぬきよみがた浪にわかるゝあかつきのく
も
970
千五百番哥合に
ふるさとにたのめし人もすゑの松まつらむ袖に浪やこすらむ
971
入道前関白太政大臣
哥合し侍ける時、旅の心をよめる
日をへつゝ都しのぶの浦さびて浪よりほかのおとづれもなし
972
藤原顕仲朝臣
堀河院御時百首哥奉りけるに、旅哥
さすらふる我身にしあればきさかたやあまのとま屋にあまたゝび
ねぬ
973
皇太后宮大夫俊成
入道前関白家百首哥に、旅のこゝろを
難波人あし火たく屋に宿かりてすゞろに袖のしほたるゝかな
976
述懐百首哥よみ侍ける中に、旅哥
世中はうきふししげししの原や旅にしあればいも夢にみゆ
974
僧正雅縁
題しらず
又こえむ人もとまらばあはれしれわが折しける峰の椎柴
975
右大将頼朝
道すがら富士の煙もわかざりきはるゝまもなき空のけしきに
977
宜秋門院丹後
千五百番哥合に
おぼつかな都にすまぬみやこ鳥ことゝふ人にいかゞこたへし
978
西行法師
天王寺にまうで侍けるに、俄に雨ふりければ、江口にやどをかり
けるに、かし侍らざりければ、よみ侍ける
世中をいとふまでこそかたからめかりのやどりをおしむ君かな
979
遊女妙
返し
よをいとふ人としきけばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ
980
定家朝臣
和哥所にておのこども、旅哥つかうまつりしに
袖にふけさぞな旅ねの夢も見じ思ふ方よりかよふうら風
981
藤原家隆朝臣
旅ねする夢路はゆるせうつの山関とはきかずもる人もなし
982
定家朝臣
詩を哥にあはせ侍しに、山路秋行といへることを
都にもいまや衣をうつの山夕霜はらふつたのしたみち
983
鴨長明
袖にしも月かゝれとは契をかず涙はしるやうつの山ごえ
984
前大僧正慈円
立田山秋ゆく人の袖を見よ木ゝの梢はしぐれざりけり
985
百首哥奉りしに、旅哥
さとりゆくまことのみちに入ぬれば恋しかるべきふるさともなし
986
素覚法師
泊瀬にまうでゝかへさに、飛鳥川のほとりにやどりて侍ける夜、
よみ侍ける
故郷にかへらむことはあすか川わたらぬさきに淵瀬たがふな
987
西行法師
あづまのかたにまかりけるに、よみ侍ける
年たけて又こゆべしと思きや命なりけりさやの中山
988
旅哥とて
思ひをく人の心にしたはれて露わくる袖のかへりぬるかな
989
太上天皇
くま野にまいり侍しに、旅のこゝろを
見るまゝに山風あらくしぐるめり都もいまや夜さむなるらむ
或人以此両冊伝予 両神之擁衛 随喜而令摂納之了
永正九年壬申八月廿日
三井桑門権律師静秀
一日令書補欠行者也