University of Virginia Library

一五 歸京

 かやうの事どもを見聞くにも、心とまらずしもはなけれども、文にも暗く、武にもかけて、つひに住みはつべきよすがもなき、數ならぬ身なれば、日をふるままには、ただ都のみぞ戀しき。かへるべきほどと思ひしも空しく過ぎゆきて、秋より冬にもなりぬ。蘇武が漢を別れし十九年の旅の愁ひ、李陵が胡に入りし三千里の道の思ひ、身に知らるるここちす。聞きなれし蟲の音も、やや弱りはてて、松ふく峯の嵐のみぞ、いとど烈しくなりまされる、懷土の心にもよほされて、つくづくと都のかたを眺めやる折しも、一行の雁がね、空に消えゆくもあはれなり。

かへるべき春をたのむの雁がねも
なきてや旅のそらにいでにし

 かかるほどに、神無月の二十日餘りのころ、はからざるに、とみの事ありて、都へかへるべきになりぬ。その心のうち、水くきのあとにも書き流しがたし。錦を着るさかひは、もとより望むところにあらねども、故郷に歸る喜びは、朱買臣に相似たるここちす。

ふるさとへ歸る山路のこがらしに
思はぬほかのにしきをや着む

 十月二十三日の曉、すでに鎌倉をたちて都へ赴くに、宿の障子に書きつく。

なれぬれば都をいそぐけさなれど
さすが名殘の惜しき宿かな