University of Virginia Library

一三 湯本より鎌倉

 この宿をもたちて鎌倉につく日の夕つかた、雨俄かに降りて、みかさもとりあへぬほどなり。いそぐ心にのみすすめられて、大磯、江の島、もろこしが原など、聞ゆる所々をも、見とどむるひまもなくて打過ぎぬるこそ、いと心ならずおぼゆれ。

 くれかかるほどに下りつきぬれば、何がしのいりとかやいふ所に、あやしの賤が庵をかりてとどまりぬ。前は道にむかひて門なし、行人征馬、すだれのもとに行きちがひ、うしろは山ちかくして窓に望む、鹿の音、蟲の聲、かきの上にいそがはし。旅店の、都にことなる、さま變りて心すごし。