University of Virginia Library

三 武佐より柏原

 この宿を出でて、笠原の野原うちとほるほどに、おいその森といふ杉むらあり。下草ふかき朝露の、霜に變らんゆくすゑも、はかなく移る月日なれば、遠からずおぼゆ。

變らじなわがもとゆひにおく霜も
名にしおいその森のした草

 音にききし醒が井を見れば、陰くらき木の下の岩根より流れ出づる清水、あまりすずしきまで澄みわたりて、まことに身にしむばかりなり。餘熱いまだ盡きざるほどなれば、往還の旅人多くたちよりて凉みあへり。班せふよが團雪の扇、秋風にかくて暫らく忘れぬれば、末遠き道なれども、たち去らんことは物うくて、さらに急がれず。かの西行が、「道のべに清水ながるる柳かげしばしとてこそたちとまりつれ」とよめるも、かやうの所にや。

道のべの木陰の清水むすぶとて
しばし凉まぬ旅人ぞなき