University of Virginia Library

八 橋本より今の浦

 なごり多くおぼえながら、この宿をも打出でて行きすぐるほどに、舞澤の原といふ所に來にけり。北南は渺々と遙かにして、西は海の渚ちかし。錦花繍草のたぐひは、いとも見えず、白き眞砂のみありて雪の積れるに似たり。その間に、松たえだえ生ひ渡りて、潮風、梢に音づれ、又あやしの草の庵、所々見ゆる、漁人釣客などのすみかにやあるらん、末とほき野原なれば、つくづくと眺めゆくほどに、うちつれたる旅人の語るを聞けば、いつの頃よりとは知らず、この原に木像の觀音おはします。御堂など朽ち荒れにけるにや、かりそめなる草の庵のうちに、雨露もたまらず、年月を送るほどに、一とせ望むことありて鎌倉へくだる筑紫人ありけり。この觀音の御前に參りたりけるが、もしこの本意をとげて故郷へ向はば、御堂を造るべきよし、心のうちに申しおきて侍りけり。鎌倉にて望むことかなひけるによりて、御堂を造りけるより、人多く參るなんどぞいふなる。聞きあへずその御堂へ參りたれば、不斷香の煙、風に誘はれ打ちかほり、あかの花も露あざやかなり。願書とおぼしきもの、斗張の紐に結びつけたれば、「弘誓の深きこと海の如し」といへるも頼もしくおぼえて、

頼もしな入江にたつるみをつくし
深きしるしのありと聞くにも

 天龍と名づけたるわたりあり。川深く、流れ烈しく見ゆ。秋の水みなぎり來て舟のさること速かなれば、往還の旅人、たやすく向ひの岸につきがたし。この川、水まされる時、舟などもおのづからくつがへりて、底のみくづとなるたぐひ多かりと聞くこそ、かの巫峽の水の流れ、思ひよせられて、いと危きここちすれ。しかはあれども、人の心にくらぶれば、靜かなる流れぞかしと思ふにも、たとふべきかたなきは、世にふる道のけはしき習ひなり。

この川の早き流れも世の中の
人のこころのたぐひとは見ず

 遠江の國府、今の浦につきぬ。ここに宿かりて一日二日とどまりたるほど、あまの小舟に棹さしつつ、浦の有樣見めぐれば、潮海、湖の間に、洲崎とほく隔たりて、南には、極浦の波、袖をうるほし、北には、長松の風、心をいたましむ。なごり多かりし橋本の宿にぞ相似たる。昨日の目うつりなからずば、これも心とまらずしもあらざらましなどはおぼえて、

浪の音も松のあらしも今の浦に
きのふの里のなごりをぞ聞く