良寛歌集 (Kashu) | ||
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いく秋の霜やおきけん麻衣朽ちこそまされとふ人なしに
我が袖はしとどにぬれぬうつせみのうき世の中のことを思ふに
我が袖は涙にくちぬ小夜更けてうき世の中のことを思ふに
世の中のうさを思へばうつせみの我が身の上のうさはものかは
かにかくにかはかぬものは涙なり人の見る目をしのぶばかりに
うつせみの人の憂けくを聞けば憂し我れもさすがに岩木ならねば
あだし名はなくてもがもな花がたみとてもうき世の數ならぬ身は
長崎の森の烏の鳴かぬ日はあれども袖のぬれぬ日ぞなき
あしびきの山田のかがしなれさへも穗ひろふ鳥をもるてふものを
墨染の我が衣手のゆたならばうき世の民をおほはましものを
何故に家を出でしと折りふしは心に愧ぢよ墨染の袖
捨てし身をいかにと問はばひさがたの雨ふらばふれ風吹かば吹け
世をいとふ墨の衣のせばければつつみかねたり賤が身をさへ
くれたけの世はうき節の多きかな(某)我が身ばかりの上ならなくに
(良寛)
世の中はすべなきものと今ぞ知るそむけばなどしそむかねばうし
春は花秋は千草にたはれなんよしや里人こちたかりとも
草むらのたみちに何かまよふらん月は清くも山の峰にかかる
身すてて世をすくふ人もますものを草の庵にひまもとむとは
やみ路よりやみ路に通ふ我れなれば月の名をさへ聞きわかぬなり
百草の花の盛はあるらめど下くたちゆく我れぞともしき
とこしへにたづねに立たばけだしくもうまさびせんと人のいふら
ん
か
おほにおもふ心を今ゆうちすててをろがみませす月に日にけに
かくあらんとかねて知りせばなほざりに人に心は許すまじものを
うちつけにうらやましくぞなりにける峰の松風岩間の瀧津
越の海人をみるめはつきなくに又かへり來んと言ひし君はも
夕顏も絲瓜も知らぬ世の中は只世の中にまかせたらなん
なには江のよしあし知らぬ身にぞあれば阿[kuun] の二字はありと聞
けども
いづみなる信太が森の葛の葉の岩のはざまにくち果てぬべし
おく山の草木のむたにくちぬともすてしこのみをまたやくたさん
古にありけん人も我がごとやものの悲しき世を思ふとて
同じくはあらぬ世までもともにせん日は限りありことは盡きせじ
知る知らぬ行くもかへるももろともに我が古里へ行くといはまし
夕かげの花より君が色ふかき言ばを神もうれしとや見ん
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