良寛歌集 (Kashu) | ||
短歌
春
睦月の初めつ方、渡部の祝部が許に宿りて、つとめて 宮に詣でたりけるに雪のおもしろう林にふりかかりたるを見てよめる。
この宮の宮のみ坂に出で立てばみ雪降りけりいつ樫が上に
昨日は草庵へ年賀のみきたまはり恭受納仕候。(阿部 定珍宛手紙)
あめが下のどけき御代のはじめとて今日を祝はぬ人はあらじな
春の歌とて定珍と同じくよめる
春がすみ立ちにし日より山川に心は遠くなりにけるかな
春の歌とて
いづくより春は來ぬらん柴の戸にいざ立ち出でてあくるまで見ん
古里に花を見て
何ごとも移りのみ行く世の中に花は昔の春にかはらず
きさらぎの十日ばかりに飯乞ふとて眞木山てふ所に行 きて有則が家のあたりを尋ぬれば今は野らとなりぬ、一と本の梅の散りかかりたるを 見て古を思ひ出でてよめる。
そのかみは酒に受けつる梅の花つちに落ちけりいたづらにして
有則ぬし(鵲齋のもと住める家にいたれりける、頃は 如月のはじめつ方梅の花の盛になんありければ
いろもかも昔の春に咲きつれどあひ見し人は今宵あらなくに
鵲齋の「我が宿の梅も咲かねば鶯もいまだ鳴かぬに君 は來にけり」のかへし
鶯もいまだ鳴かねばみ園生の梅も咲かぬに我れは來にけ
由之の訪ね來し時に
手を折りてかき數ふれば梓弓春は半ばになりにけるかな
由之の尋ねし時折しもしきりに北面の窗にはら/\と 音せしをわびしさに
きさらぎに雪の隙なく降ることはたま/\來ます君やらじとか
正月十六夜贈維馨老
月雪はいつはあれどもぬばだまの今日の今宵になほしかずけり
西行法師の墓に詣でて花を手向けてよめる
手折り來し花の色香はうすくともあはれみたまへ心ばかり
きさらぎの末つ方なほ雪のふりければ
ひさがたの雲井を渡る雁がねも羽白たへに雪や降るらん
梅の梢に雪のかゝれるを見て
春されば梅の梢に降る雪を花と見ながらかつ過ぎにけり
鶯春を知る
いざ我れも浮世の中に交りなんこぞの古巣を今日立ち出でて
うぐひすの來ざりければ
鶯のこの春ばかり來ぬことは去年のさわぎにみまかりぬらし
うぐひすのたえてこの世になかりせば春の心はいかにあらまし
かご鳥を見て
ひさがたの雲井の上に鳴く雲雀今を春べとかごぬちに鳴く
本覺院に集ひてよめる
山吹の花を手折りて思ふどちかざす春日は暮れずともがな
う月三日の夜友がきのもとにまかりて
わりなくも思ふものから三日の夜の月とともにや出でてぞ我が來
し
出雲崎にて
春の野に若菜つみつつ雉子の聲きけばむかしの思ほゆらくに
友がきのもとより歸る道にて雉子の鳴くを聞きてよめ る
はふつたの別れし暮はさのつ鳥同じ思ひの音をや鳴くらん
やよひのつごもりの夜はらからつどひてよめる
まろゐしていざ明かしてんあづさ弓春は今宵を限と思へば
あすは春といふ夜(定珍宛手紙)
なにとなく心さやぎていねられずあしたは春のはじめと思へば
ふる里人の山吹の花見に來んと言ひおこせたりけるに 盛はまてども來ず散り方になりてつかはしける
山吹の花のさかりは過ぎにけり古里人を待つとせしまに
○
春風に岩間の雪はとけぬれど岩間にどよむ谷川の水
あらたまの年はきえゆき年はへぬ花ぬす人は昔となりぬ
降る雪に年をまがひて梅咲きぬ香さへ散らずば人知るらめや
うちなびき春は來にけむ我が園の梅の林に鶯ぞ鳴く
春風に軒ばの梅はやや咲かん今宵の月よ君と共にせん
ひめもすにまてど來ずけり鶯も赤き白きの梅は咲けども
こと更にこじくもしるしこの園の梅のさかりに逢ひにけるかも
この宿にこじくもしるし梅の花今日はあひ見てちらば散るとも
なには津のよしや世の中梅の花昔を今にうつし見るかな
おしなべて緑にかすむ木の間よりほのかに見るは梅の花かも
あしびきの此の山里の夕月夜ほのかに見るは梅の花かも
霞立つ長き春日をこの宿に梅の花見てくらしつるかも
梅の花散るかとばかり見るまでに降るはたまらぬ春の淡雪
梅の花老が心を慰めよ昔の友は今あらなくに
うぐひすのはつ音は今日と我が言へば君は昨日といふぞくやしき
梅の花今宵の月にかざしては春は過ぐとも何か思はん
梅の花折りてかざしていそのかみ古りにしことを忍びつるかも
鶯はいかに契れる年のはに來居て鳴きつる宿の梅が枝
梅が枝に花ふみ散らす鶯の鳴く聲きけば春かたまけぬ
梅の花散らば惜しけん鶯の聲のかぎりはこの園に鳴け
この園の梅のさかりとなりにけり我が老らくの時に當りて
心あらば尋ねて來ませ鶯の木づたひ散らす梅の花見に
風吹けばいかにせんとか鶯の梅のほつえを木傳ひてなく
我が園の梅のひとふさ殘りけり春の名殘をあはれめよ君
この頃のひと日ふた日に 我が宿の軒ばの梅も色づきにけり
梅の花今さかりなりぬばたまの今宵の夜半のすぐらくもをし
うちつてに折らばをりてん梅の花わが待つ君は今宵來なくに
月かげの清き夕べに梅の花折りてかざさんきよき夕べに
この里の桃のさかりに來て見れば流にうつる花のくれなゐ
霞立つ永き春日に鶯の鳴く聲きけば心はなぎぬ
世の中をうしと思ひて鶯は常世の國につれて往ぬらん
眞垣越し庭にはふりて[keyRyokan] はなく我れ鶯に劣らましやと
鶯の聲を聞きつるあしたより春の心になりにけるかな
薪こりこの山かげに斧とりていく度かきく鶯の聲
我れはもよ祝ひて居らん平らけく小山田櫻見て歸りませ
小山田の山田の花を見ん日には一枝おくれ風の便りに
命あらばまたの春べにたづね來ん山の櫻をながめがてらに
いのちあらば又の春べに來ゐて見んながめもあかぬ山の櫻を
いざ子供山べにゆかん櫻見に明日ともいはゞ散りもこそせめ
櫻花はなのさかりはすぐれどもつぎて聞かなん山時鳥
さきくてよ鹽法坂を越えて來ん山の櫻の花のさかりに
さきくてよしほのりの坂こえて來ん木々の梢に花咲く頃は
ひさがたののどけき空にゑひふせば夢もたへなり花の木の下
おほけなく法の衣を身にまとひすはりて見たり山櫻かな
ひさがたのあまきる雪と見るまでに降るは櫻の花にぞありける
春はまたうき世の外や山櫻もののあはれは秋にこそあれ
あしびきの山の櫻はうつろひぬ次ぎて咲きこせ山吹の花
霞立つ永き春日は色くはし櫻の花の空にちりつつ
かぐはしき櫻の花の空に散る春の夕べは暮れずもあらなん
山里に櫻かざして思ふどち遊ぶ春日はくれずともよし
我が宿の軒ばの峰を見わたせば霞に散れる山ざくらかな
下よりも上の高ねをながむればかすみのうちにやどる小櫻
契りてしあふぎが岡の櫻花我が來んまでは散りこすなゆめ
見ても知れいづれこの世は常ならぬおそくとく散る花の梢を
見ても知れいづれこの世は常ならぬ後れ先だつ花も殘らじ
かりそめに我が來しかどもこの園の花に心をうつしつるかも
あだ人の心はしらずおほよその花におくれて散りやしぬると
たまきはる命しなねばこの園の花咲く春に逢ひにけらしも
あづさ弓春さり來ればみ空より降り來る雪も花とこそ見め
花は散る訪ふ人はなし今よりは八重葎のみはえしげるらん
えにしあれば又此の館につどひける花の紐とくきさらぎの宵
花をのみ惜しみなれにしみよし野の木の間におつる有明の月
うつそみの人もすさめぬみ山木も春には花の咲くてふものを
春の野に行きてし來れば草枕誰れかかさなん我れ睦ましみ
鳥はなく木々の梢に花は咲く我れもうき世にいざ交りなん
いざ子供山べに行かむ菫見に明日さへ散らば如何にとかせん
いそのかみ去年の古野の菫草今は春べと咲きにけるかな
春の野に咲けるすみれを手につみて我が古里を思ほゆるかな
つぼ菫咲くなる野邊に鳴く雲雀聞けどもあかず永き春日に
道のべにすみれつみつゝ鉢の子を我がわするれど取る人もなし
道のべに菫つみつつ鉢の子を忘れてぞ來しあはれ鉢の子
菫草咲きたる野べに宿りせん我が衣手にしまばしむとも
鉢の子に菫たんぽぽこきまぜて三世の佛にたてまつりてん
飯乞ふと我が來しかども春の野に菫つみつつ時をへにけり
子供らよいざいでゆかん伊夜日子の岡の菫の花にほひ見に
我が宿に一と本植ゑし菫草今は春べと咲き初めぬらん
しき妙の袖ふりはへて春の野に菫をつみしこともありしか
あさ菜つむ賤が門田の田の畔にちきり鳴くなり春にはなりぬ
しづか家の垣ねに春のたちしより若菜つまんとしめぬ日ぞなき
春の野に若菜つむとてさす竹の君がいひにしことはわすれず
今日もかも子等がありせばたづさへて野べの若菜をつまましもの
を
ゆくりなく我れ來にけらし春の野の若菜つみつつ君が家べに
わが命さきくてあらば春の野の若菜つみつみ行きてあひ見ん
子供らと手たづさはりて春の野に若菜をつめばたぬしくあるかな
月よめばすでにやよひとなりにけり野べの若菜もつまずありしに
春の野に若菜つめどもさす竹の君とつまねば籠にみたなくに
去年の秋蟲の音聞きに來し野べに若菜つみつつ歸る今日かも
ひさがたの雪げの水にぬれにつつ春のものとてつみて來にけり
春の野の若菜つむとて鹽法の坂のこなたにこの日暮らしつ
わがためと君がつみてし初若菜見れば雪間に春ぞ知らるる
風さそふ柳のもとにまとゐして遊ぶ春日は心のどけし
春風の柳のもとにまとゐして遊ぶ今日しも心のどけき
この園の柳のもとにまろゐして遊ぶこの日は樂しきをづめ
山すげのねもころ/\に今日の日を引きとどめなん青柳のいと
さやぎあるはかた柳の緑さへ色うれはしく見え渡るかも
山吹の千重を八千重にかさぬとも此の一と花の一重にしかず
右のうた「一と花は心花なり」と自註あり
山吹の花のさかりはすぎにけり親しき人をまつとせしまに
蛙鳴く野べの山吹た折りつつ酒にうかべて樂しきをづめ
山吹の花のさかりに我が來れば蛙なくなり此の川のべに
あしびきの國上の山の山吹の花のさかりに訪ひし君はも
小山田の門田の田居になくかはづ聲なつかしき此の夕べかも
草の庵に足さしのべて小山田の山田のかはづ聞くが樂しさ
草の庵に足さしのべて小山田のかはづの聲を聞かくしよしも
あしびきの山田の田居に鳴くかはづ聲のはるけき此の夕べかも
春と秋何れ戀ひぬとあらねどもかはづ鳴く頃山吹の花
あしびきの山田の原にかはづ鳴くひとりぬる夜のいねられなくに
春雨の降りし夕べは小山田に蛙鳴くなり聲めづらしも
百鳥の鳴く我が里はいつしかも蛙の聲となりにけるかな
松の尾の葉ひろの□つき椿見にいつか行かなんその椿見に
あしびきの片山影の夕月夜ほのかに見ゆる山梨の花
あしびきの山の樒や戀ひくらし我れも昔の思ほゆるらん
あしびきのみ山の茂みこひつらしわれも昔の思ほゆらくに
あしびきの山べに住めばすべをなみしきみつみつつこの日暮らし
つ
この宮の森の木下に子供らとあそぶ春日になりにけらしも
この宮の森の木下に子供らと手まりつきつつ暮しぬるかな
この里に手まりつきつつ子供らと遊ぶ春日は暮れずともよし
右の歌「地藏堂(新潟縣西蒲原郡)といふ地にゆきて」 (橘物語)
子供らと手まりつきつつ此の里に遊ぶ春日は暮れずともよし
この宮の森の木下に子供らとあそぶ春日はくれずともよし
霞たつ長き春日に子供らと遊ぶ春日は樂しくあるかな
霞たつながき春日に子供らと手毬つきつつこの日暮しつ
あづさ弓春の山べに子供らとつみしかたこをたべば如何あらん
春のぬのかすめる中をわが來ればをちかた里に駒ぞいななく
おほとのの尾の上に立てる松柏も今は春べとうちかすみけり
佐渡が島山は霞の眉引きて夕日まばゆき春の海原
春の日に海のおもてを見渡せば霞に見ゆる天の釣り舟
ひさがたの空よりわたる春の日はいかにのどけきものにぞありけ
る
春の夜の朧月夜の一と時に誰がさかしらに値つけけん
むらぎもの心樂しも春の日に鳥のむらがり遊ぶを見れば
みつかでは我がとめ行けばあづさ弓春のぬ末にうかぶかげろふ
百千鳥鳴くやみ山も春の來て心そらなる四方の眺や
百鳥の木傳ひて鳴く今日しもぞ更にやのまん一つきの酒
むらぎもの心はなぎぬ永き日にこれのみ園の林を見れば
ながむれば名もおもしろし和歌の浦心なぎさの春にあそばん
伊勢の海浪しづかなる春に來て昔のことを聞かましものを
ひさがたの春日にめ出る藻しほ草かきぞ集むる和歌の浦わは
すめらぎの千代萬代の御代なれや花の都に言の葉もなし
さす竹の君がみためとひさがたのあま間に出でてつみし芹ぞこれ
春ごとに君がたまひし雪海苔を今より後は誰れか給はん
ちんばそに酒に山葵に給はるは春はさびしくあらせじとなり
および折りうち數ふればきさらぎも夢の如くにすぎにけらしも
埋火に手たづさはりてかぞふればむ月もすでに暮れにけるかな
あづさ弓春はそれともわかぬまに野べの若草染め出づるなり
春雨のわけて其れとは降らねどもうくる草木のおのがまに/\
我が宿は竹の柱に菰すだれ強ひて食しませひとつきの酒
夜を寒み朝戸をあけて我が見れば庭白たへに泡雪ぞ降る
この宮のみ坂に見れば藤なみの花のさかりになりにけるかも
ふぢなみの花はさかりとなりなめどしたくたちゆく我がよはひか
も
あしびきの青山こえて我が來ればきぎす鳴くなり其の山もとに
思ほへずおくれ先だつ世の中をなげきや果てん春は經ぬとも
春になりて日數もいまだたたなくに軒の氷のとくる音して
我が宿の軒ばに春のたちしより心は野べにありにけるかな
あづさ弓四方の山べにはた驅せん春の心ぞおき處なき
あづさ弓春になりなば草の庵をとく訪ひてまし逢ひたきものを
歌もよまん手毬もつかん野にも出でん心一つを定めかねつも
きぎすなく燒け野のを野のふるを道もとの心を知る人ぞなき
いかなれば同じ一つに咲く花のこくもうすくも色をわくらん
春の日のはやも暮れなばさすたけの君はいなんといはましものを
山ずみのあはれを誰れに語らまし藜籠に入れかへる夕ぐれ
わが庵は森の下庵いつとても淺茅のみこそおひしげりつつ
ひさがたの雨の晴れ間に出でて見れば青み渡りぬ四方の山々
降り積みしたかねのみ雪それながら天つみ空は霞初めけり
良寛歌集 (Kashu) | ||